走竜の車に乗って①
ショールは自身の持ち物を役場から返却してもらった。
節のない真っすぐな杖を手に、麻のような生地のベスト、暗い灰色の、フェルトのような生地の外套を羽織る。足首の入れ墨はブーツで隠れている。腰のベルトには円環型の琥珀飾りと短刀、そして、鎖で括り付けた小さな鏡がある。
リディアに連れられ、役場を出ると、ひとりの若い男が進み出てきた。
彼はショールに向けて直立し、中折れ帽子を脱いで敬礼した。
リディアが彼を紹介した。
「従士どの、わが従者、テオドロスです。テオとお呼びください。私とともにあなたに同行します」
「よろしくお願いいたします、従士さま」
目鼻立ちが非常に整った青年だった。美貌という点では、リディアより勝るかもしれない。
長身で、丈の短いコートの上からでも分かるくらいしっかりした体つきだが、まとめ上げた長い黒髪と合わせて、女と間違われてもおかしくない中性的な顔立ちをしていた。
一方で、その顔には険が張り付いて見えた。武人のような厳しさから来るものとは違う。何かにすねた思春期の少年のような、幼さや危うさを感じさせるものだった。それゆえに、青年というよりは少年という言葉の方が彼には似合っているようにも思えた。
「どうぞこちらへ」
テオはショールの荷物を預かり、彼を案内する。仕草や声に投げやりなそっけなさを感じないではないが、使用人としての礼は外していない。
役所の横で、一頭立て二輪、一人乗りの馬車があった。
特筆すべきはそれを引く生物で、馬車と言ったが馬ではない。
「走竜か。久しぶりに見るな」
発達した後ろ足2本で立つ大きなトカゲのような生き物だが、頭から背にかけて、たてがみのごとく羽毛が覆い、鉤爪のある細く短い前足も、鳥の羽に似た長い羽毛が生えそろっている。
体全体を覆う鱗は青みがかった黒だが、羽毛は赤茶けており、頭頂のそれは特に鮮やかな赤色をしていた。
ラプトルなどと呼ばれる竜の一種だった。この大陸では野生のものはほとんど見られない、珍しい生き物でもある。
尾がとても長く、体長のうち半分には達するだろう。それに合わせてか、車と走竜を繋ぐながえも、とても長いものとなっている。
「クオー……ン」
走竜は、テオに顔を向けると、高く可愛げのある声で鳴いた。その声とともに足早に歩み寄るテオの口元にも笑みが浮かんでいる。
ショールはリディアに念を送った。
(この走竜は、彼のものか?)
(あいつのもの、というより、相棒、家族みたいなものよ)
その走竜は、テオに撫でられ気持ちよさげに鳴いた後、足を止めたショールに目を向け、じっと見つめた。
ショールもまた、そのつぶらな瞳を見返し、
「賢い子だ」
そう言って歩み寄り、竜の首を撫でた。走竜もまた、嫌がることなく、それを受け入れた。
テオはその様に、わずかに瞠目した。
「彼女の名は?」
ショールがテオに尋ねると、すぐに姿勢を正し、
「フォルスです」
そう答えた後、
「なんで、メスだって分かったんです?」
「勘だよ」
「勘、ですか……?」
テオは気の抜けた顔で姿勢を崩しかけたが、リディアの空咳が聞こえると、打たれたようにその背を伸ばした。
「ところでリディア」
「なんです、従士?」
「この車には私が乗るのか?」
「他に誰がいるのでしょう?」
「……目立ちすぎるだろう」
車というが、椅子に車輪がついているようなものだった。後方からL字の支柱を伸ばし、頭上に幕を張って屋根にしているが、前後左右に目隠しはない。
ショールは念話に切り替え、
(馬車は慣れない。歩いて……)
(客人を歩かせるとか、私たちが怒られるのよ)
(そうか)
(そうよ)
(リディア)
(何?)
(面白がっているな?)
(そりゃそうよ)
ショールはそれから無言でフードをかぶり、杖を抱いて車に座った。
走竜のフォルスは、この町ではよく知られているらしく、聖戦士とその従者への挨拶の声こそかけられるが、好奇の目はほとんどなかった。
フォルスは頭を下げ尻尾を上げて、長い体を水平にして歩く。
車の後部にある足場にテオは立ち、ショールの頭上越しに長い手綱を取る。車に一応の屋根がついているのは、日焼け雨よけというより、この手綱が乗客にかからないようにするためのようだ。
リディアはそんな車の傍らを馬に乗って警護していた。
彼女は銀色に輝く鉄帽をかぶっていた。ツタを模した金の彫り物をあしらい、左右に鷲の羽かざりをつけたものだ。
町はずれの石橋を渡ると、景色が開けた。
傾きゆく陽光を正面に、彼方にまで平野が広がっていた。
ヨレンは高低差が少ない平原の国だ。
道沿いに冬を超えた枯草が残る一方、香る風に芽吹きの気配も流れてくる。冬に撒かれた麦が青く伸びる一方、遠くに見える農地では、人々は別の作物の種まきにいそしんでいるようだった。
揺れの少ない馬車から、ショールがリディアに話しかけた。
「聖戦士でも、知り合いが迎えに来るだろうとは思っていた。君はこのあたりに赴任しているのか?」
「はい、これから向かう町のルーン神殿に赴任しております。私の故郷でもあるのですよ」
そして口の端を少し上げると、
「ああそうだ。わたしの母と父も、あなたに会いたがっていたわよ」
急にくだけた口調になった。
その顔も、19歳の勝気で闊達な女性のものになっていた。
馬車の後ろで手綱を握るテオの目が丸くなる。
「リディア卿……」
「いいの。他に誰もいないし」
「いや、人目がないからって……」
「ショールは私が訓練生だったころからの知り合いなのよ。堅苦しく話すのはかえっておかしいの」
ショールも顔だけ振り返り、幕の下からテオを見上げ、
「私のことは気にしなくていい。彼女の言う通り、師匠の手を焼かせるお転婆な女の子だったころから、私は彼女を知っている」
リディアはむっとした顔を見せたが、ショールは続けて、
「そもそも私も、名誉従士などという肩書を頂戴してはいるが、ただの根無し草の流れ者だ」
「あんたねえ……」
さらに口調と表情がくだけたリディアは文句の言葉を続けようとしたが、ショールが先に、
「リディア、私からも聞くが、テオ君の前でその素を出していいのか?」
「うん、幼なじみだし、こいつ。ああテオ、あんたもこの人の前で変にお行儀よくする必要ないからね。もちろん人の目がないところでだけど」
「いや、そうはいかないだろう……。俺はただの使用人なんだぞ」
ため息のように言ったが、すでにテオの口調も表情も崩れている。
ショールはリディアに、
「そもそも本来の従士というのはどういう立場なんだ? 私のはただの名誉称号なんだろうが、第五階位の聖戦士から敬礼を受けるほどのものか?」
それを受け、リディアは少し考えて、
「王様のお茶飲み友達ってところね」
「おいリディア……」
テオが慌てたように口を挟んだが、リディアは無視して続けた。
「元々は西方諸国の従士制を参考にしたもので……。地方の有力者に王の従士という肩書を与えて王権代理人としたのが始まりよ。時代が下ると王の相談役になるんだけど、王権自体が弱まると従士の実権もなくなってね。近代以降はどちらかというと、官職というより称号に近いかもね」
「なるほど、元からして名誉職か」
「そうはいっても従士というだけでそれなりの社会的地位があるからね」
リディアいわく、従士も武官に分類されるらしいが、多くの国と同じく、ヨレンでも武官というだけで人々の尊敬の対象となるそうだ。
「引退した官僚や退役した将官で、功績はあるけど継ぐ家のないような人を、褒賞として従士に任ずることも多かったの」
「それで王様のお茶飲み友達か」
「ああでも、最近じゃコネで就きたがる人間も多いんだよね。有力氏族の次男三男とか……。まあ、甘ったれたボンボンね」
「おい……」
テオがたしなめる声を出したが、
「実際いるのよそういうの。武官といってもこれといった仕事があるわけでもなく、厳しい訓練があるわけでもなく、特別な才能や知識が必要なわけでもないし。お偉がたに顔を売ることもできなくないしね。箔付けに肩書きだけもらって、あとはぬくぬくしたい連中には魅力的に見えるわけよ」
「おいリディア、頼むからそういうのは聖戦士の格好じゃないときに言ってくれ」
たまらずテオが声をあげると、はいはいとリディアは肩をすくめた。
ショールはリディアに顔を向けたまま、そんなテオに視線を流し、
「真面目な青年だな」
「ん、でも無鉄砲で後先考えない所もあるよ」
すると馬車を引くフォルスも甲高い声で鳴いた。
「ね、フォルスもそうだって言ってるよ」
「ぐ……」




