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昏きものども①

※   ※   ※



 かつて、中東の不毛の山地に、ひとりの男が血まみれの槍を手に立った。

 男の名はアブロヌ。


 彼は枯れ果てた山地から、豊穣の台地、黄金の実りに囲まれる壮麗な都をいつも見下ろしていた。

 彼は知っていた。その華やかな都の中でも、黄金の椅子に座って美食に飽きる者どもがいる一方、糞尿の転がる路地でわずかな食べ物をめぐって殺しあう者たちがいることを。

 彼は憎悪していた。人類が長い年月を積み重ねて地上に築き上げた文明というものを。

 彼はわずか20騎の部下とともに起ち、瞬く間に周囲の部族を制圧すると、社会の底辺にあるものを取り込みながら文明国を脅かし、遂には中東の諸大国を血と炎の中に沈めた。

 静かにして揺ぎ無い、炭火のごとき怒りと狂気を抱いて人食いの馬にまたがるアブロヌは、幼児が砂の城を崩すがごとく都市を破壊して回った。

 その怒りはアッカリアを席巻し、西はローレアの国々を混沌に落とし、海を超えて新大陸にも至った。東は夏華中原を焼き払い、極東の和国、東南列島にもその手を伸ばした。

 アブロヌはやがて、「魔王」と恐れられた。

 神話の時代、悪神マガファに仕えたという九柱の魔王に続く「第十の魔王」とまで言われた。


 アブロヌ王の傍には魔女が仕えていた。髪は闇より黒く、肌は死人のように白く、背筋が凍るほど美しい女だったと言われる。その魔女は、様々な忌まわしきものを作り上げて、アブロヌに献上していた。

 一撃で都市を破壊し、毒をばらまく「アブロヌの火」。人の善性を失わせ、凶戦士に変える薬物「レッド・ベラ」こと「ベラ女王の怨念の薬」。一滴川に垂らせばその下流にある全てを腐らせる「魔女の毒」。アブロヌ王の死後100年以上猛威を振るい、数百万という単位の人間を死に追いやったと言われる「疫病の虫」。

 

 アブロヌ王がその故郷に近いホルタンの地で破れた翌年、国々はヤルス島で連盟の誓いを立て、それをもって「世界暦」のはじまりとした。


 この年世界歴196年。アブロヌ王の死より200年が経ったが、その残党は今でも世界各地に潜んでいる。


 彼らはアブロヌ王が残した数々の負の遺産をばらまいている。神話において、悪神マガファが神々に追い詰められたとき、毒をばらまいてあざ笑ったように。

 多くの人々が忌み嫌い、国々が固く禁じるアブロヌ王の遺産であるが、毒と知りつつ手を出そうとする輩は絶えない。

 

 アブロヌ王に仕えた魔女は今もまだ、世界のどこかで生きているとも言われている。

 闇の中で人々をあざ笑い、同じ昏がりに生きる者どもに、自ら作った毒を配りながら。



※   ※   ※



 日没後ほどなく、ルディオンの郊外を流れる川から、何かが浮き上がった。

 大きな、鉄の卵のごときものだった。

 川を警戒するサーチライトを避け、闇の中で静かに接岸する。

 その鉄の扉が開くと、中から黒覆面、黒マントの男が足音低く現れた。


 そのとき、青白いエーテル灯が、彼を照らした。

 正面左右の草むらから、銃を構えた兵たちが現れ、男を包囲した。


「動かないでもらおうか」

 女の声が響いた。

 男が眩しさにかざした手を避けると、兵たちの間から銀髪の女聖戦士、リディアが進み出てきた。

「潜水艇というやつか。噂では聞いていたが、初めて見るな」

 冷たく言い放つリディアの後ろには、テオの姿もあった。男の右方にはアレコスとキモン、左にはギデオンもいた。エーテルガンや大型の銃でなく、いつもの対人用の銃を持つ。

 そして、リディアの後方に、バイアンとへレイン、テティスを左右に従えるレフテリスの姿が。

 

 兵を率いていた隊長が、

「両手を上げて跪け!」

 すると男は、

「まあ、待ちたまえ」

 癪に障るほど穏やかな口調で答え、コートを開いた。

 コートの裏手、そして男のベストには、皮張りで楕円形のものがびっしりとくくりつけられていた。

 男はそれを左右にも見せつけながら、

「これが何か分かるかね? そう、爆弾というやつだよ。全部で54個持ってきた。銃で撃ってももちろん爆発するが、このコートを脱いだだけでも爆発するようになっている」

 その爆弾には、赤い帯が巻かれたものと、青い帯が巻かれたものがある。

「赤いものは純粋な爆弾だ。爆発するだけ。どかーんとな。ただし非常に強力だぞ。付呪もかかっている。そして青いほうは毒入りだ」

 男は鼻歌でも歌うように語る。

「この毒は夾竹桃やドクニンジンを原料に用いていてね、まず嘔吐下痢を起こし、めまいから昏睡、痙攣、30分ほどで心臓が停止する。多少の気遣いとして、分かりやすいように色もついてる。鮮やかな緑色だ。連合王国で、緑の化学塗料が多数の中毒者を起こした事件、知っているかね? それと同じ色さ」

 男はコートを閉じると、

「私が持っている爆弾だけで、君たちごと……。そうだなあ、周囲100メートルくらいを吹っ飛ばした上で毒をまき散らすことができる。さて、それが分かったところで、紳士的に話をしようか」

「てめえの頭を吹っ飛ばしたあとで、その爆弾をゆっくり処理すりゃいいんじゃねえか?」

 いらだった様子のギデオンが、男の頭に銃口を向けた。

「随分と荒っぽいねえ。おや君、聖禽隊か」

「紳士的というなら、まずはその覆面を外したらどうです?」

 キモンも不快感をあらわにしつつ口を開いた。

「ああ、これは失礼した」

 

 男は覆面を外した。

 四角い顔に、白くなりつつある淡い金髪、目じりの垂れた、老紳士といった風貌の男だった。

「ジェルマン学監……」

 リディアの後ろに控えていたテオが、その顔を見て険しい顔でつぶやくと、男もそれに気づいたようだった。

「やあテオ、元気そうで何よりだ」

 気さくな様子で声をかけ、取り出した眼鏡をかけた。


「部屋ごと吹き飛んで死んだはずの名前だな。イスロ学院でクレトスの信奉者を集めていたのはお前か」

 アレコスもまた銃を向けながら聞くと、

「ああそうだ。まさかここまであっさりと全て終わると思わなかったよ」

「ジェルマン……。リュテス系の姓だな。アブロヌの信奉者が、いつからこの国に入り込んだ」

 すると男は少し驚いたように目を開き、

「私が結社に属することは、クレトスの子らも知らないはずだが……」


 それからふと気づいて後ろを振り返ると、潜水艇の陰にフードをかぶった男がいた。その男は川の水面に沈むことも、流されることもなく立っている。ショールだった。

「この国の者ではないな……。いやまて、『島船を追う魔法使い』か?」

 ショールは答えない。

「なるほど、噂には聞いていたが、厄介な協力者がいたということか」


 男はレフテリスに顔を向けた。

「まあいい。そこにおられるのは、銀仮面卿レフテリス殿下とお見受けするが、ご機嫌麗しゅう」

 レフテリスは不快そうに右眉を歪め、黙っていた。

「おや、私のような下賤な者とはお話しできないですかな? まあ、耳を貸していただけませんかな。私は取引がしたい。いわゆる情報提供というやつです」

「なんだと?」

 レフテリスの前にいる老兵が声を上げた。レフテリスの眉もぴくりと動く。


「アブロヌの結社の人間が組織を売るなど、聞いたことがありませんね」

 油断なく杖を向けながら、キモンが言うが、

「レッドベラで薬漬けになった者や、その子孫たち、奴らの行法で狂ったもの……、いわゆる狂信者たちはそうだろうさ」

 男はあざけるように言った。

「私たちは違う。結社は君たちが思うほど一枚岩ではないよ。かく言う私もひいばあさんがアブロヌの思想にはまって、その流れを受けただけさ。親戚にも足ぬけしたものは大勢いる。まあ、ほとんど死ぬことになったがね」


 それから男はわざとらしくため息をつき、

「私もイスロの学寮に6年入っていた。祖父母や両親から受けた毒の教えも多少は抜けたし、常識というものも知っているつもりだよ」

「自分の死を偽装して姿をくらまし、今また爆弾を抱えて殿下のお近くに来た。信用できると思うか?」

 アレコスの鋭い視線を受けても男はさらりと、

「学院では自爆を装いヨレンの目をくらました。次は結社の目をくらますつもりだった」

「また自爆の偽装でもするつもりだったか?」

「そうだね。王子殿下の御命とまでは言わないが、何人かを巻き込んで自爆した……、風に見せればと思ったのだよ。ここは西部でも大きな町だ。クレトスにそれなりの命をくれてやれば、結社も満足するだろう。私の生死にそれ以上の興味を持つことはあるまい」


「あなたは人の命を……!」

 男の軽い言葉にテオの顔は怒りに歪み、足を踏み出そうとしたが、リディアが後ろ手でそれを止めた。

 男はそれを見て鼻で笑った後、

「しかしこうしてそれも失敗した以上、結社の情報と引き換えに、私の身の安全を保証してほしいというわけさ」

「アブロヌの結社に属していたというだけで、どのような扱いを受けるか分かったうえで言っているのでしょうね?」

 キモンが言うと、ギデオンも、

「たとえてめえが言いたくなくとも、無理やり吐かせる方法だってあるんだぜ。てめえは死んだことになってもいる。人権なんてものに期待するなよ」

「おやおや、これの存在を忘れてないかい?」

 男はコートを指で叩いた。その中には爆弾が詰まっている。

「それに私のような小物一人の命と引き換えに、これまでどの国も知らなかったような結社の情報が手に入るのだよ。いい取引だとは思わないかね?」

 アレコスは不快ながらもレフテリスに目をやった。そのレフテリスはショールに目をやる。

(嘘は言ってない)

 ショールから念話が送られてきた。


 だが直後、ショールの目がわずかに見開かれ、男に向けられた。


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