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備え②

 その後ショールらは会議室に移動した。アレコスの父は、今夜は市庁舎に一泊して翌日王都に帰るらしい。

 会議室にはリディアとその母、王太子付きの聖戦士ニコラス、近衛の隊長らもいた。


 さらにはリディアの叔母ら、ルーン神殿の神官たちもいた。

 彼女たち銀月の氏族だけではない。見れば、似たような神官服ながら、縁取りや装飾の色が異なる女性神官たちの姿も見える。髪の色もその神官服の縁取りの色と同じ……、金髪、黒髪、赤髪……髪ではなく、瞳が澄んだ青の女性神官……。いずれも、アマゾネスの子孫、「金弓の娘」五氏族の女性神官たちだった。


 中には相当にお年を召した神官もいて、

「おお……」

 彼女はショールを見るなり目を見開いて立ち上がり、拝むように深々と頭を下げた。

「大ばば様、この従士どのはそのような扱いをされることを望んでおられないと……」

 黒髪の女性神官がふたりがかりで座らせた。大ばば様の髪はすっかり白いが、黒月の氏族の神官らしい。

「何を申す。お前たちにはこの方がまとうペリューンの炎が見えぬか。そも魔法神オハリアは、我らの祖ルーンに魔法を授けたもうた神であり、その乗騎であり玉座であるペリューンも……」

 あまり大きくなりきれない声で抗議していたが、横に座る、厳格そうな金の氏族の長老が咳をひとつすると、不承不承といった様子でおとなしくなった。


 ショールはそれらを横目に、何も言わず椅子に腰かける。

 リディアの叔母は短く苦笑してのち、表情を改めて会議の席を見渡し、

「我々は明朝タロッソスに向かい、巨人の禊場から出たという竜王の祠の封印に参加します」

「現在、タロッソスのヤルハ神殿が急ぎ対応しているとのことですが、それだけでは足りますまい。我らには多少なりともマギフスと戦う術もございます。われら五氏族の神官も総力を挙げ、此度の危難にのぞみましょう」

 金の氏族の若き女性神官が言った。彼女はへレインの姉らしい。


「陸軍では、私が地方軍を取りまとめてタロッソスに向かう。もしもの時、あそこに眠るという鉄の竜に備えるためだ」

 リディアの母が言った。一同がうなずく。


 それから彼女はショールに目を向ける。

「従士どの。水晶の奥方からは、何と?」

「王太子と同行しつつ、ルデリアに来るようにと。レフテリス卿ら聖戦士、聖禽隊も同様です」

 リディアの母に加え、ニコラスらも目でうなずいた。


 アレコスが口を開く。

「大佐どの。あれからクレトスの情報は入っておりますか?」

「陸軍が張った網に掛かりながら逃げ回っているが、空を素早く飛び回るあやつを仕留めきれずにいる」

 いささか苦さを込めてリディアの母は答えた。

「エーテルの跡も辿っているが、このまま夜になれば、闇に紛れて姿を隠す恐れも出てくるな」

「そうですか……」

 アレコスはひとつ身体をゆすってから、

「奴の信奉者たちの情報はどうでしょう?」

「イスロと同じようなことが各地で起きている。恥ずかしながらこのルディオンにもクレトスの信者がいた」

 それらはテオの夢に侵入してショールに記憶を読まれた者ではなく、捕らえた信者から芋づる式に名が挙がった者たちだった。

 彼らは川近くの空き家で言い争っているところを捕らえられた。


「その者たちの証言も上がってきたが……。どうやらクレトスは、全ての信奉者に念話で指令を出したようだ」

 アレコスらが無言で先を促すと、リディアの母は厳しい顔で、

「一人でも多くの者を巻き込んで死ねと」

「なんですって」

 キモンが声を上げた。

「その念話から伝わってきたクレトスの慌てふためきようと、奴が破れたという噂によって、信奉者たちの多くはクレトスへの信仰が揺らぎ、実行をためらったそうだが……」

 これが昨日であれば、迷うことなく他人を巻き込んで死んでいただろうと彼らは語ったそうだ。


「それでもクレトスの命令を実行した者たちもいたようだ」

 ニコラスが憮然と語った。

「非常事態の宣言とともに庶民の外出が制限されたため大きな被害は出なかったようだが……」

「奴は、人の命を焚き木程度にしか考えておらん」

 吐き捨てるように近衛の隊長がつぶやいた。


 少しの沈黙ののち、ギデオンが口を開く。

「疑問なんだが……。あいつが手下どもに集めさせた骨はすべて、巨人の右手ごとショールに焼かれたはずだろ? それで今さらそれだけの人間を生贄にして自分の燃料にするってことは、あいつの部品になりそうな竜の骨だの巨人の一部だのが、まだまだあるってことか?」

「たとえそうでも、それを集めさせていた信奉者の組織は壊滅したも同然だ。奴が身にまとっていた武器弾薬も、もはや補充の見込みはないだろう」

 アレコスが応じる。


 するとキモンが、

「青灰の湖には、今も巨人の本体があります」

 みな押し黙った。

「クレトスが起死回生を図るなら、巨人の本体を動かすだけの命を集めて、再び本体に戻るしかないでしょう。その上で、あの竜王の神殿を開く」

「それなら最初から丸々巨人のまま湖から出ればよかったんじゃねえか?」

 ギデオンが疑問を投げると、キモンは、

「まず島船が邪魔をした」

 島船は今、青灰の湖に佇んでいる。

 その霧は、島船に近づくものを迷わせ、決してたどり着かせない。

「あの霧は、生贄に捧げられた魂すら迷わせることができるのではないでしょうか」

 キモンはショールにちらりと目をやると、

「私も島船の全てを知っているわけではないが、十分あり得る。そしてできるとなれば、妻は必ずやるだろう」

 キモンはうなずき、

「直接湖に向かうにも、クレトスの信奉者たちは湖畔にすらたどり着けない。そこでアブロヌの結社の者に道案内を頼んだが……」

「今度はそこに俺たちの邪魔が入った」

 アレコスの言葉にキモンはうなずき、

「業を煮やしたクレトスは、あの時死んだ信奉者たちとアブロヌの魔術師の魂だけで鉄の竜を形作り、飛び立った。そしてタロッソスまでの道中で、湖の神殿の弱体化した結界を破れるだけの力と装備を集めようとした」

「ひょっとして、従士どのがルデリアに呼ばれたのは……」

 リディアがショールに目をやると、

「湖に眠る、巨人の破壊だろうな」

 ショールはつぶやくように言った。


「ひとつ、懸念がある」

 それまで黙っていたレフテリスが口を開く。みなの視線が集まる。

「ショール。君はクレトスの信奉者の記憶を読み、信奉者の中にもふた通りの人間がいることを突き止めたと聞いた。ひとつはアブロヌの結社の者どもが集めたという集団。もうひとつは、偶然にも青灰の湖に近づくなどしてクレトスに感化された者……」

 レフテリスの右目が鋭くなる。

「その中に、青灰の湖のヤルハ神殿の者はいなかったか?」

 その場にいた者たちの目が険しくなった。

 誰かが何かを言う前に、ショールが答える。

「いなかった。だが……」

 ショールは一拍を置いて、

「そこがどんなところかは聞いている。この国のヤルハ教会の現状についても。クレトスが見逃すはずはないだろう」

 その場にいた人間の顔を見る限り、ほとんどの者はショールが何を言っているのか理解しているようだ。

「レフテリス卿、あなたは王太子殿下とともにルデリアに到着したら、そのあと、青灰の湖のヤルハ神殿に向かわれるのか?」

「そうなるだろうな。元々の任務だ」

「おそらく、私も行くことになると思う。非常に嫌な予感がするが」

 嫌な予感。レフテリスの他、バイアンやアレコスら、そしてリディアも眉をひそめた。


「アブロヌの子らに動きは見られないだろうか」

 ショールは誰にともなく口を開き、続ける。

「クレトスはもう死に体に近い。かろうじて残った骨の体では竜王の神殿は開けられないし、自分を支える信奉者たちの心も離れつつある。生贄の魂を抱えて青灰の湖に帰る……。もし、青灰の湖のヤルハ神殿が奴の手の内だとしても、島船が霧で惑わせ、聖戦士やヨレンの国軍に待ち構えられてはそれもかなわない。だがそんなクレトスを、アブロヌの魔女どもがただ見ているとは思えない」

 みなが低く唸ると、リディアの母が答えて、

「従士どのが得た情報をもとに、クレトスの信者を勧誘したという者たちにも捕吏の手は伸びたそうですが、いずれもイスロと同様、拠点に何らかの爆薬をしかけていたそうで」

 焼け跡から死体は出たが、本人かの確認は取れないという。

「その他には、明確にアブロヌの結社の者と分かる反応は、今のところ……」

「そうですか……」

 ショールはそれから、

「ここからルデリアまでの距離は?」

「馬車で1日半といったところですね。明日の朝に出発し、途中一泊、翌日の昼には着くでしょう」

 リディアの母が答えた。

 その後いくつかの連絡事項と経路等の予定を確認して、その場は解散となった。


 その退出の際、ショールは何かに気づいたように後ろを振り返り、会議室の窓辺に寄った。

「どうなさいました?」

 リディアはじめ、みながその背中を怪訝そうに見ていた。

 ショールがカーテンをよけて外に目をやると、暮れなずむ中、川の港が見える。

「どうしたショール、嫌な予感か?」

 ギデオンがからかうでなく声をかけると、

「ああ、嫌な予感だ」

 その言葉で、聖戦士たちの顔に緊張が走った。

「ただし、そこまで嫌な予感でもない」

 ショールはカーテンを閉めた。


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