備え①
『あなたは私が期待した以上の情報と成果を得てくれましたね。「星の影」よ』
市役所の通信室に「水晶の奥方」の澄んだ声が響く。
「だがクレトスは逃してしまった。出さなくてもいい被害も出ている」
ショールは無機質に返す。
部屋の中には、アレコスらもいた。そろってその目は暗く険しい。
奥方は穏やかに返す。
『いいえ、あなたがいなければ、今起きている悲劇はさらに凄惨なものになったでしょう。皆、最善を尽くしています』
それから奥方は口調を引き絞め、
『ルデリアの私の元へに来てください、ショール』
「最初の予定の通りですか」
『最初の予定の通りです』
おうむ返しに返された。
『かような通信では話せないことがあります。あなたはクレトスを追い詰めその力をそぎ、信奉者の組織も大きく崩しました。さらにはかの魔女の影を暴き、その命にも傷をつけました。ですがそれによって、昏きものどもの目は、今やあなたを注視しています。この会話も聞かれていると考えたほうがよいでしょう』
市長や通信の魔法使いたちが、小さく息をのんだ。
『あなたを呼び寄せるのは、改めて頼みたいことがあるからです。詳しいお話はその時に。あなたの訪れを楽しみに待っていますよ、若き友よ……。それでは、レオンティウスに変わります』
水晶盤の向こうの液体が波打ち、続いて聞こえてきたのは、太い男の声だった。
『レオンティウスだ。私からもお前に頼みたいことがある。王太子殿下とイスロの学生たちだが、そこからルデリアを経由して王都に入ることとなった。ルデリアまで同行してきてほしい』
「もちろん構いません」
ショールは即答した。
『頼む。殿下のお傍には、いずれも優秀な聖戦士と近衛の精兵がついているが、彼らも呪術の類は専門外だ。ルデリアのルーン神殿にまで行けば対抗できる神官もいるが、それまではお前の護りが欲しい』
「微力を尽くします」
『レフテリス卿も先ほどルディオンに入ったと報告があった。彼も同行する』
それから、
『アレコス、いるか?』
「ここに」
アレコスはその胸に拳を当てた。
『聖禽隊に話は通した。貴官らもショールとともにルデリアに来い。クレトスの追跡は軍が受け持つ』
「承知しました」
『すでに王の御名によって非常事態が宣言された。クレトスの名を出して慌てるものは少ないが、アブロヌの名が出れば話は別だ。議会でもすんなり通ったし、外国からの訪問客もこちらの指示に素直に従ってくれているようだ。すでに各地に軍が展開し、川も海も海軍が警戒している。だが、奴らを相手に警戒しすぎるということはない』
それから一呼吸おいて、少し穏やかな口調で、
『とにかく気を付けて来い。私もルデリアに詰めている。殿下のこと、よろしく頼む』
そこで通信は終わった。
ショールらがエントランスホールに出ると、ちょうど聖戦士率いる一隊が到着したところだった。
「ショール!」
片手を挙げて笑う端正な顔には、銀の仮面がついていた。
「レフテリス卿」
その後ろには、青灰の湖についていた老兵たちのほか、ルーン神殿の聖戦士にしてバイアンの妻へレイン、その弟子のテティスも加わっていた。
彼はショールの前に出るなり言った。
「さすがに死んだかと思うところだったよ」
「それを言われるのは確か4度目だ」
低く笑うレフテリスの横から、瘦身の男が進み出てきた。頬のこけた気難しそうな、研究員か、技術屋のような風貌の初老の男だ。
「父さん」
アレコスが少し驚いたように言った。その父は、アレコスに口の端をあげて笑いかけると、次いでショールに同じ笑みを向け、
「君が来るといつも大事が起きる」
「それも何人かに言われている気がする」
レフテリスは用意された部屋に、ショールと聖禽隊を招いた。元々彼についていたバイアンも同行する。
「話はおおよそ聞いた。あの魔女も現れたそうだな」
そう語る眼には、暗い影が宿っている。
ショールは冷淡に、
「今のあなたの精神で、やつと対峙するのは危険だ、レフテリス」
それだけで、レフテリスの顔の陰は薄まった。
「自覚している。だから優秀な人間についてもらっている。今は君という心強い味方もいるしな」
それから腕を組み、
「ショール、私も王太子殿下の護衛に加わり、ルデリアに向かう」
ショールはうなずいた。
「元々はもっと早くタロッソスに向かって君たちと合流したかったのだが、足の怪我が直ってからも、『癒しの手』どのがなかなか許してくれなくてな……」
「元はといえば、パラスを乱したあなたの不覚です」
へレインが、目も合わせずにぴしゃりと言った。レフテリスは苦笑し、
「バイアン、君の細君はいつもこうなのかね」
「私に対してはそんなものじゃないですよ、殿下」
そう言って笑ったが、妻から向けられた視線に笑みを引きつらせた。
「とにかく、ルデリアまでの途上、アブロヌの魔術に対抗できる君がいてくれるのは、何よりも心強い」
「だが私は銃器だの機械だのの類は苦手だ。やつらはそれも得意の範疇にある」
「そこは俺たちが何とかするさ」
アレコスが言った。
そして息子の言葉を待っていたとばかりに、アレコスの父が、
「そうは言ってもお前たち、今度の鉄の竜には、いつもの武器はあまり有効でなかったと聞いたぞ」
アレコスの父が目で合図すると、兵士が布で包んだ長い棒状のものを持ってきた。
テーブルにそれを置き、包みをほどくと、
「エーテルガン! 完成したのか」
「まだ試作品だよ」
真っ白い装甲で覆われた、長槍のような銃だった。アレコスのそれまでの銃と同じく、引き金のようなものはないが、グリップは取り付けてある。銃口は、赤いガラス球のようなものが取り付けられていた。
バイアンが首をかしげる。
「なんだ、それ」
「銃弾の代わりに、圧縮したエーテルのエネルギーを発射する銃だ。昔から構想はあったが、問題も多くてな……」
アレコスの父がそれを引き取って、
「そこで、光線にエーテルエネルギーを乗せる、という形でようやく実用化にこぎつけた……。と、言いたいところなんだが、使用者に高い魔力操作能力が求められる上に、エーテルバッテリーの消耗もかなりのものになる」
「だが、射程と威力は相当なものになっているはずだろう?」
アレコスはその銃を手に持ってみた。銃口の赤い玉が光る。
「何とか使えそうだ」
「それならお前が使うといい。言っとくが、室内でぶっ放すなよ。この市庁舎の壁なら、簡単に貫通するからな」
「撃つわけないだろ、こんなところで」
反抗期の少年のような表情を見せ、アレコスはその銃をふたつに折った。
アレコスの父は次に、荷車に乗せてなお、運ぶのに兵士ふたりがかりという、長方形の、大きな箱のようなものを持ってきた。
「これは、ギデオンが使うといい。いや、というよりも、曹長くらいしか扱える人間はおらんだろうね」
それは、シルエットだけ見れば、大きめの楽器か何かを入れるケースに見えた。取っ手も着いている。
しかし、それには銃口がしっかり付いていた。それも、上下ふたつだ。機関銃並みに大きな銃に、聖戦士の胸甲に使われるエナメルのような装甲をU字に被せた代物だった。
「ほう」
ギデオンは取っ手をつかんで持ち上げてみた。長さで言っても、彼の背丈にも近いのではないだろうか。無造作に持ち上げるその様に、運んできた兵士二人があんぐり口を開ける。よほどの重量があったのだろう。
取っ手のついたその武器の上部は装甲がなく、銃弾の装填口や折り畳み式のレバーなどがある。
「腰だめに撃つ感じになるな」
「そうだね、精密射撃には向かない」
アレコスの父はうなずく、
「その銃にはふたつの銃口があるが、片方は機関銃だ」
「歩兵が携行する機関銃ってか」
ギデオンが興味を示したが、この時代の機関銃は大体が据え置きだ。三脚などに乗せて使う。
「そしてもうひとつ、銃口の大きな方は大口径の銃弾を発射するものだ。強力な付呪を込めた銃弾なら、大砲にも匹敵する威力になる」
「ほう」
ギデオンは感心したようにうなずくが、他の面々は呆れ半分の顔になっている。
「さらについでなのだが……」
「まだあるんですか」
キモンがつい漏らした。
「それには研究中のエーテルアーマーの技術も施してある」
「エーテルアーマー!?」
アレコスが声を上げた。
「なんだ、それ?」
バイアンが尋ねると、
「エーテルの防御膜を、鎧のように全身にまとわせるという構想があったんだ。結界の力場を常時まとっている感じだな」
「それは……、俺が聞いても色々と無理があるのが分かるぞ。魔力の維持とか、どうやって体に定着させるのかとか、常に魔力操作に集中しなきゃいけないのかとか、息もできなくなるんじゃないとか……」
「だから驚いたんだよ」
アレコスの父は腕を組む。
「まあ、ギデオンが鉄の竜とやらの戦いで壊した小手も、その構想から生まれたものなんだけどね」
ギデオンが竜と戦った時、小手が発した結界で、鉄の腕の一撃を凌ごうとした。
「今回は人体じゃなく物質にエーテル・アーマーを形成させる。その大きな銃を覆っているシウ・ガラスにエーテルを流して膜を作るんだ」
「それで?」
ギデオンが聞くと、
「それで敵をぶん殴る。君の腕力なら、ラターの剣より強力な一撃になるんじゃないかな」
ギデオンは一瞬きょとんとした顔を見せた後、
「なるほど、そりゃ悪くねえ」
凶悪と言っていい笑みを浮かべた。
「なんか、野蛮で嫌です」
へレインの横で、弟子のテティスが小さくこぼした。




