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ペリュニリスの目覚め②

「9年前、国王陛下のご一家を乗せた客船がパルティア連邦に外遊した際、アラビア海で行方が分からなくなった事件、覚えてるでしょ?」

「もちろん覚えてるさ。その船にはカシアもセレネも、それに聖戦士の訓練生としてお前だって乗っていただろ」

 その外遊は親善目的のもので、国王一家の他、有力氏族の幼い子女が乗っていた。当時6歳だったテオの妹カシアや、すでに王太子の婚約者だったセレネなども同行していた。

「海で霧に巻かれて動けなくなったと聞いたが……」

 リディアは首を振った。

「たしかに霧に巻かれた。でもそれは原因ではないの。あの船はアブロヌの結社に乗っ取られていたの」

「なんだって!?」

 テオは思わず声を上げ、リディアは人差し指を自分の口に当ててそれを制した。

「このことは誰にも言わないように」

「あ、ああ……」


 話は続く。

 その時、アブロヌの信奉者が乗組員の中にあり、それがアブロヌの結社の構成員を手引きし、飲食物に細工して船を乗っ取ったという。


「当時はアブロヌの信奉者の事件も久しく無く、誰もが油断していた。国王を狙うほどの大胆な事件を起こすなんて思ってなかった」

 そして国王を含め、船に乗っていた700人以上の人々はことごとく捕縛され、アラビア海の知られざる島に船は着岸した。


 その島は、アブロヌの信奉者が乗っ取った島だった。原住民はインダス系の顔と肌、服飾をしていたが、他に見られない言語を操っていた。アブロヌの結社は彼らを魔術と暴力で抑圧し、奴隷として扱っていた。


「奴らは船を乗っ取ったというのに、一人の死人も出さなかったし、必要以上の暴力も振るわなかった。大事な生贄だったからでしょうね」

「生贄だって?」

「そう、生贄。ショールもそうだった」


 アブロヌの信奉者たちは、その島を拠点に海賊行為を行い、物資そして生贄を確保していた。

 その中に、ショールを見世物として乗せていた商船があったそうだ。


「見世物……?」

「そう、前に言ったでしょう? 私たちが彼と初めて出会った時、正気を失って、獣みたいになっていたって」


 その時のショールは呪われていた。

「彼の杖はその時、彼の右手に寄生して血を吸うツタだった。彼の外套も猿の頭の上半分が残っていて、左肩に噛みついていた」

 自らの腕、肩に触れながらリディアは語る。

「蜂を出す飾りも、水を操る足の刺青も……。あの短剣なんて、彼の脇腹に刺さっていたわ。あの人が今操っている魔法の道具は、彼の心身を傷つけるものだった。そして彼を獲物として奪い合っていた」


 唖然とそれを聞いていたテオは、話の途切れ目に尋ねる。

「それは……、あの人の鏡もか?」

「いいえ、あれは少なくとも私の目にはそう見えなかった。あれは彼の左腕に、鎖でくくりついていたわ」


 ショールは完全に壊れていた。人の言葉も忘れ、伸び放題の髪の間から覗く目には濁った狂気しかなかった。

「アブロヌの信奉者たちは、彼を持て余していた。奴らが近寄ろうとすると、彼に取り憑いていたものたちが襲い掛かった。多分、獲物を奪われると思ったのでしょうね」

 ショールは長い鎖を首にかけられ、強固な釣り牢に入れられていた。

「奴らはセレネや私たちに彼の世話を任せたの」


 育ちの良い少女たちに汚物にまみれた男の世話をさせて恥辱としたかったのか、ただ単に目についただけだったのか、そのあたりは分からない。

「彼の呪いは、私たちのことは拒絶しなかった。アブロヌの信奉者のように悪意を持って近づいたわけじゃなかったからかもね」


 そして、檻ごと運ばれたショールと千人を超えるヨレンその他の一行は、島の沼に連行された。


 リディアの目が白刃のように鋭くなる。

「その沼に、奴が眠っていた」

「奴?」

「アブロヌの魔女よ」


 200年前、世界に破壊と混沌をもたらした騎馬民族の王アブロヌ。その妃であり右腕、最も恐るべき魔術士と言われたアブロヌの魔女は、その王が滅んだとき、黄泉路に送られたと言われるが……、

「奴は、その沼に潜んで信奉者を操りながら復活の時を伺っていた。生贄の魂を食いながら」

 その最後の生贄にヨレンの王を選んだのは、彼女なりのこだわりだったのか。

「今日あの瘴気に触れたでしょ? あれよりはるかに濃く強い瘴気とともに奴が語り掛けてきた。気を抜くと思わず吸い寄せられてしまいそうな、甘い声で。『怖がることはない、私を母と思え。母の懐で眠るだけだ』と……」

 リディアは目を伏せ首を振った。


「その時、最初の生贄に選ばれたのが、ショールだった」

 信奉者たちは最初、ヨレン王を生贄として沼に放り込むはずだった。だが、魔女がショールに興味を示した。


 ショールは最初の生贄として、檻ごと沼に放り込まれた。


 リディアはわずかに前のめりになって語る。

「その直後、白い光で沼が燃え上がった。そして魔女の悲鳴が上がり、沼の中からショールが戻ってきた。水を操る足を使って」

 その時、ショールにかかっていた全ての呪いは、彼が自在に操る魔法の道具に変わった。


「寄生していたツタは杖になり、花も彼の体から抜けて、根が絡み合って衣になった。肩に噛みついていた獣は毛皮を伸ばして外套に。剣や琥珀飾りも彼の身体から離れ、足首の刺青の中で何かがうごめくことも無くなった」

 彼が言うには、その全てが彼自身の一部になったそうだ。


「彼の復活と同時に霧がかかった。霧の中で彼はアブロヌの信奉者たちを襲った」

 目覚めた彼に抗しうる者はいなかった。アブロヌの結社が使う呪術は、見えぬものを断つ短刀によって術者の心身ごと切り裂かれた。

 霧の中、外套の助けによって完全に気配を消したショールを捉えられる者もなく、粉をまとう蜂の群れに襲われ、杖に絡まれて関節を破壊された。

 霧が晴れた時、その場にいたアブロヌの結社の者たちは完全に無力化されていた。


 ショールは人の心も取り戻していた。壊れていた時の記憶も断片的にあったらしい。

「彼は、怯えるセレネや私たちに近寄って、死んだような、でも確かに焦点の合った目で『世話をかけた』と一言詫びを言った。それから私たちの拘束を外し、花の力で大人たちにかけられていた薬や魔術の力を消し去った」

 それからショールは、解放した人々とともに戦った。残るアブロヌの信奉者たち、彼らの魔術によって生み出された怪物、信奉者の増援、そして、焼き払われてなお怨霊のごとく島に残っていた魔女とも。


「それが彼の最初の冒険になるのかしらね。その時はアレコスやキモン、ギデオンたちも民間人として捕らえられていた」

 アレコスは著名な魔法工学者の息子であり、父とともに王の船に同乗していた少年だった。キモンは民俗学者の助手として近くの島を調査していたところを捕らえられていたらしく、ギデオンは少し怪しげな商船の警備をしていた傭兵だった。

「そしてショールの助けを借りながら彼らも活躍し、聖禽隊に勧誘されたの。それ以降、ショールとは腐れ縁ね。私もだけど」

 その時、常に島にかかる霧が彼らを導いていた。

 すべてを終えると、ショールは引き寄せられるように海岸に出た。

 そこから見える海に、「島船」があった。


 テオはつぶやいた。

「あの人の奥さんがいるところ……」

「ショールからも話を聞いた?」

「ああ……。それで、ショールはその時、島船に……」

「そうね……。彼が海に出た次の日、島船は霧とともに消えた。そして彼は船の点検をしていた私たちの元に戻ってきた」

 ショールはその時、ショウと名乗っていた。そして、自身のことを語り始めた。

 親も知らぬ奴隷の出であること、妻となる女性と幼いころから世界を放浪していたこと、その果てに帝国のとある場所に落ち着いて、そこですべてを失って、呪われ狂ったこと……。


「あまりに淡々と話すものだから、内容を疑う人もいた。陛下たちはそう思わなかったけどね。数年間正気を失うような目に合って、彼の何かが欠けてしまったことをお分かりだったのでしょうね」

「帝国で、あの人に何が……」

 リディアは少し沈黙した後、

「彼はアクエルクスの騎士団にいたと言っていた……。聞かない名だから私たちも調べたことがあるんだけど、12年前、帝国でカリグヌスの動乱がおきた時、アクエルクスという町が全滅しているの」

「確か、白海帝国で起きた宗教活動と民衆蜂起を、有力氏族のカリグヌス家が煽ったという事件だったな」

「その頃の帝国では、中央政府も制御できないほど力をつけた地方都市がいくつも存在し、都市間で小競り合いも頻発していた。それがそのカリグヌスの動乱でほとんど一掃され、帝国の体制は大きく変わった」

「あの人のいた、その町も……」

「アクエルクスは動乱に追われて逃れてきた人々をかくまったために襲われたそうよ。帝国の助けも得られず、子供や老人を含む5千人もの人々が捕らえられ、拷問の末殺されたと言われている。ただその事件は謎も多い……。まあ、話を戻すわね」


 アブロヌの信奉者から解放された島の原住民は、ショールを神の遣いと崇めた。彼が名乗ったショウという名を聞いて、島に伝わる救世主の名であるショールという名を彼に送った。それとともに彼をクランと呼んだ。

「神の遣いの名前に冠付ける敬称だそうよ。島の人々は彼の白い炎を見てショール・クランに続けて、神の遣いとしての別の名も言っていたけど、発音が難しくて聞き取れなかった」

 ああそうだ、と、リディアは視線を上げ、

「巨人の丘でファティアがショールを呼んだ時の雷みたいな声、あの時の声に近いかもね」

 その時、その場にいた者たちの脳裏にショールの姿が浮かんだ。

「まあとにかく、それ以後彼はショール・クランと名前を変えた」


 島民たちはショールに島に残るよう懇願したが、彼はヨレンの人々ととともに島を出た。


「……それで、ヨレンの従士に?」

 テオの言葉にリディアは首を振って否定した。

「彼は一月ほどヨレンに滞在……、いや、監禁されて色々調査されていたけど、ふらりと姿を消した。島船を追ってね。それから1年ほどの間隔を開けながら戻ってくるようになった。そのたびにヨレンで何らかの事件が起きて、島船が現れては彼を導いていた」

「おいまさか……、今回みたいな事件が過去も……?」

 リディアは両手を挙げて苦笑した。

「まさか。いずれも表に出ることなく終わった事件よ。でも、彼がいなかったら大惨事になっていたかもしれないものもあった。国王暗殺未遂にクーデター未遂、王太子誘拐……」

「ちょっと待て、もういい……。いや、そんなこと俺に言っていいのか?」

「あんたが聞きたいって言うから言ったのよ」

 からかうように笑った。

「とにかく彼はこの国に多大な貢献をしてくれた。そして彼はやることを済ませたらいつも島船とともに消えた。この国は彼を縛るのを諦めて、国王陛下の命により、旅をしやすいようにとテルセニア大学の調査員としての身分と名誉従士の称号を与えた……。まあ、私が知ってるのはそんなところね」

「……」

 テオは少し視線を下げた後、

「ありがとう、リディア」

「言っとくけど、誰にも話すんじゃないよ? あんたのお友達にもね」

「分かってるさ」

「ああそうだ」

 リディアはテオが持っている、彼女の矛の杖を指さした。

「その矛の剣、ラターって言うんだけど、それを作ったきっかけも彼よ」

「え?」

「魔女のいる沼を彼が焼いた時、その沼が白い結晶になった。非常に強い魔力を持つエーテルの塊のようなものにね」

 その時、島にいるアブロヌの信奉者たちと戦うためにショールはそれをヨレンの人々に提示した。そしてアレコスの父ら、魔法の研究者たちとともにあり合わせのものと組み合わせて武器を作った。

「その水晶を持ち帰り、研究を重ねて作ったの。そして島の人たちの言葉で水晶を意味するラターって名前を付けた」

 テオは杖の先端を見た。白い水晶玉がはめ込んである。

「イメージして魔力を流すと剣が伸びる。簡単に聞こえるけど、簡単じゃないわよ」

「……」

 テオは先端を天井に向けてイメージしてみた。

 すると、伸びた。白い水晶の直剣が。

「……」

「……」

 ふたりは目を丸くしてその剣を見つめたあと、互いの目を見合わせた。

「テオ、あんた……」

「……」

「次はパラスを使ってみる?」

「いや、いい……」

 テオは剣を収めた。


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