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ペリュニリスの目覚め①

「こうして君と話す機会が持ててうれしいよ、ショール、だけど……」

 馬車の中で話しかけてきたテルセウスは、まだ青い顔に無理に笑顔を作った。その隣に座るセレネは笑顔を浮かべる余裕もないらしく、白い顔でうつむいていた。さらに、ショールの横に座る少女シンシアも、唇まで青くしている。

 馬車の中を、青い粉をまとう蜂が飛び回る。

 ミントのような香りが立ち、王太子らの顔色が元に戻っていく。

 蜂はショールの腰の琥珀飾りに戻った。


 ショールはそれまでかぶったままだったフードを外す。

「何か問題でも?」

「いいや……」

 テルセウスは苦笑して首を振った。


 顔色の戻ったシンシアが、恥ずかしいところを見せたと少し恨めしそうな横顔を見せながら、

「カシアも私たち以上に怯えてました。同じことをやっていただけないですか?」

「とっくにやっているよ。あの子にはテオもついてる。心配いらない」


 テオはリディアの命を受けて、妹の乗る馬車の横にフォルスに乗って付き添っていた。


 ショールはテルセウスに目を向け、

「大きくなられた」

「最後に会ったのは3年も前だよ。僕たちももう15歳になる……。陛下にはお会いした?」

「いいえ。ヨレンに入国したのは3日前です。以後『水晶の奥方』の依頼で青銅巨人の伝説を追っていた」

「クレトスか……。それに、アブロヌの魔女」

 笑顔が消えた。

「君はルディオンについたらどうする気なの?」

「クレトスを追うことになるかと思う。だが……、奴をぎりぎりまで追い込みながら取り逃がしてしまったことが気になる」

 ショールは淡々としたまま、

「はっきり言って、クレトスはひとりの人間としては小物だと思っている。マギフスと契約し、その厄介な力を得ただけの、臆病で卑屈で、短絡的で尊大な人間だ」

「あなた、意外と毒舌ですね」

 ショールの横でシンシアが呆れた流し目を送ってきた。テルセウスとセレネも苦笑する。

 ショールは続ける。

「だが、そういう人間こそ、追いつめられるとなりふり構わずとんでもない行為をすることがある。それを危惧している」



「何だと!」

 馬車の外からアレコスの声が聞こえた。通信機を通して誰かと会話していたようだ。

 テルセウスらはアレコスのほうに顔を向けた。


 ショールの心にアレコスからの念が入る。

(イスロ学院の「勧誘者」だが……)

 王命により武装した警官隊が派遣され、その「勧誘者」の部屋に踏み込もうとしたのだが、ドアを蹴破った途端、爆発が起きた。

 警戒して結界も張って備えていたため、警官隊に死者こそ出なかったが、

(部屋の中で焼け焦げた遺体がふたつ。目当ての男かは不明だ。そして……)

 イスロ学院内で、6名が突如失明し、その直後青く腫れあがり、そのまま肉が溶けて死んだという。

(あの女と同じ呪いか)

 ショールの念話は、どこかため息のような響きがあった。

(そうだろうな。内訳は学生3人と事務員2名、教員1名だ。そして、その後もめた学生たちがいる。そいつらもクレトスの信奉者だ。呪いで死んだ仲間を見て動揺し、内輪もめを始めたらしい)

 彼らの多くは、ショールが読んだ信奉者たちの記憶にもあり、その時すでに警官隊の捕縛の手も伸びていた。

(内輪もめのところを踏み込まれて一網打尽にされかかったが、そこで学生の一人が爆弾を爆発させた。例の、毒煙を吹き出すやつだ)

 その場にいた生徒の半数、16人が死亡、残りも意識不明の重体。警備員2名、警官隊も3名が殉職した。

(そうか……)

(イスロだけでなく、お前の情報を元に警官が派遣された場所では、どこも似たような状況だ。それと……クレトスらしき鉄の竜が、とある商家の別荘を襲った)

(セレネ嬢を嵌めようとした女学生のか)

(ああ、その別荘、武器弾薬が詰まっていた)

 その時、商家の一家のほか、使用人も全て集められていて、全員殺されたという。

(食われたか……)

(とにかく今、クレトスは自分の力を増そうと躍起になっているようだ。湖の底の神殿の、あの扉を開けられる力を取り戻そうと)

(奴の追跡は?)

(軍が動いている。すでに何度か交戦したようだが、高速で空を飛び回る鉄の竜を仕留めるのは難しい)

 空飛ぶ兵器というものはまだ少なく、飛ぶものに対する兵器も当然少ない。

(空飛ぶ竜というのを別にしても、奴はしつこいし、しぶといぞ、アレコス)

 そう返した時には王太子たちの視線はこちらに向いていた。不安そうな視線をしていた。


「学院でも何かあったんだね」

 ショールは小さくうなずき、

「私なら、あなたたちを今のイスロに戻さないだろう」



 一団は急ぎ足でルディオン市に入った。陸軍の将兵が守備を固めていたが、少なく見ても大隊規模だろう。

 リディアの父でもある市長が自ら一行を出迎え、駆け込むように市庁舎に入った。


 王太子への挨拶を済ませた後、市長はショールの元へ来た。

「ルデリアのルーン神殿から、あなたが到着したら通信を送るようにと」

「承知しました」




 玄関ホールでショールを見送ったテオの元に、赤毛の少年がやってきた。かつて、セレネが貶められたとき、テオと決闘をした少年だ。

「テオ……」

 彼はテオの目をまっすぐ見つめた後、胸に拳を当て頭を下げた。

「あの時は本当にすまなかった。お前の名誉を傷つけ、決闘を愚弄するような真似をしてしまった。心から謝罪する」

「アイアス……」

 その少年の後ろにも、かつての同級生が集まってきた。


 テオは戸惑ったように軽く目を伏せ、そして首を振った。

「やめてくれ、謝罪は不要だ。今日聞いただろう。お前たちは何も悪くない」

 テオは少年の肩に手をかけ、頭を上げさせた。

 金髪の少女がアイアスの横に立ち、

「テオ、あなたが望むなら、学院への復帰も……」

「いや、いいんだ。今のままでも楽しいし、これから別の道に進むにせよ、俺自身で選んで進んでいきたい」

 その言葉とテオの曇りのない目に、少女も他の友人たちも少し驚いたように目を見開いたが、

「そうですか……。なんだか、うらやましく思えますわね」

 そう言って、少女はどこかほろにがく笑った。


(ふうん、いいお友達じゃない)

 心の中にリディアの念輪が届いて、テオは肩越しに振り向いた。リディアが口の端をあげていた。

 テオは友人たちに向き直ると、

「とにかく中で休んでくれ。また後でゆっくり話そう」

「ああ、わかった」

 赤毛の少年は笑みを浮かべた。


 その赤毛の少年の前に割り込むように、お調子者で知られた栗毛の少年がやってきて、

「なあテオ、お前のご主人の銀髪の聖戦士さま、あとで紹介してくれない?」

 声をひそめ、半分はテオをからかうように聞いてきた。

 テオは目を丸くしたが、同じように小声で、

「やめとけ、素ッ首ねじ切られるぞ」

(聞こえてるわよ、テオ)

 ぎょっとして見返すと、リディアの慈母のような笑みがあった。

 テオはそれを見て少し固まった後、

「まあ……とにかくすまん、それは勘弁してくれ」

「あー、うん、分かった」

 茶髪の少年も、何かを察したように引き下がった。

 少し離れた場所で、テルセウスとセレネ、妹のカシアたちが苦笑いしているのも見えた。


 亜麻色の髪の少女がテオの前に進み出てきた。

「ねえテオ、君はあの従士さまのお供をしていたんだよね。いったい何者なの、あの人」

 その言葉に、王太子らやリディアの顔から笑顔が消えた。

 金髪の少女が加わる。

「そうそう、昨日からあの方のお話でもちきりでしたの。王太子殿下やセレネ様のお知り合いとうかがっておりますけど、なかなか詳しいお話をいただけなくて……」

「それを俺に聞くのか……」

 テオは額に手をやった。

「あら、別にお人柄とかそういう話でもよろしいのよ」

 からかうように言われたので、

「……あの人の詳しい話は俺も知らないよ。ただ、とてもいい人ではある」

 ショールと出会った日、リディアに言われたことと同じようなことを言った。


「テオ、仕事がある。後で時間を作るから、ご友人とはその時ゆっくり話せ」

 リディアから声がかかった。

「ああ、分かりました」

 テオは小走りでリディアの元に向かい、リディアは学生たちに一礼してテオを引き連れて庁舎の奥に向かった。



 いつものようにリディアの荷物を部屋まで運び入れたところで、テオはつぶやいた。

「俺も、あの人のことはたいして知らない」

 そして荷物を置いてから、

「なあ、リディア、お前は……」

 言いかけて振り向いたテオの目の前に、凶悪に笑うリディアの顔があった。

「素っ首ねじ切るって何よ?」

「……お前が言ったんだろうが」

 両手を挙げながらテオは抗弁した。


 リディアは顔を下げると、ため息のように、

「ショールのことが知りたいわけね」

「……ああ」

 リディアは盾と矛の杖を預けながら、

「ヨレンの機密が含まれるけど……。あんたはもう、ショールについての一番の秘密を見ているからね」

「それは……、あの白い光……白い炎のことか? ペリューンの白い炎……」

 魔法神オハリアの乗騎にして玉座、白い炎の身体と三つの星雲の目を持つ神獣、ペリューン。

「私もあの人がどんな存在なのか、そういうことは知らない。多分あの人も分かっていないと思う」

 リディアは腕を組み、表情を改めた。テオはうなずく。

「ああ、あの人もそんなことを言っていたよ。今の自分がどうなっているのか分からないって」


 リディアは椅子に腰かけると、

「私たちはあの人がどんな存在なのかは分からない。でも、今のあの人が生まれ変わった時、私たちはその場にいた」

「……生まれ変わった時?」

「そう。9年前に、初めて彼に会った時のことよ」

 リディアは語り始める。


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