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魔女の影①

 居眠りをしていた学院の女性職員が突然馬車の中で悲鳴を上げた。

「眼が……!!」

 彼女は両目を押さえてのたうち回り、意味の分からないことを叫んでいた。

「嘘だ、こんなはずはない! あの方の魔法は無敵のはずだ!」

 同僚が呼んできた、随行の医師が両手をどけてその目を見ると、彼女の瞳は色を失って白くなっていた。

「これは……」

「見えない……。こんなはずでは……」

 彼女は涙を流しながら、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。


「失礼する」

 王太子付きの聖戦士、ニコラスらが馬車にやってきた。その後ろにはアレコスら三人もいる。

 ニコラスは女性職員に厳しい目を向け、

「クレトスの信奉者だな」

「えっ」

 彼女の同僚たちが思わず声を上げたが、当人は虚空を見つめたままぶつぶつと何かをつぶやいている。

 聖戦士たちは彼女を引きずり出した。


 そんな彼らの前に、

「殿下……」

 王太子テルセウス、その婚約者セレネ、その友人らが馬車から降りて集っていた。

「殿下、馬車にお戻りを……」

 近衛の隊長が押しとどめようとしたが、

「セレネが学院で他生徒をいじめていたと糾弾された件があったよね。それと関わりがあるんじゃないのかい?」

「殿下……」

「今日のテオの様子を見て、みんなその時のことを思い出したんだ」

「……」

「僕たちは、知る権利があると思う」

 その目は真っすぐに女を見据えて離れない。近衛の隊長は小さく息を吐き、聖戦士たちに目を向ける。ニコラスはうなずいた。隊長は王太子に視線を戻すと、

「殿下もご学友の皆様も、われらの後ろにいてください。決して近衛や聖戦士から離れてはなりません」

「わかった」

 馬蹄の音が近づいてきた。ショールたちだ。


 女は農地の間の空き地に連行された。教員らもそれに同行し、少し離れて学生らも近衛兵らに囲まれてついていく。


 女は、草地の上で聖戦士に囲まれ、すすり泣きながら座り込んでいた。何やら意味の分からないことをつぶやいてもいた。

 その中で聞こえてきたのは、

「なぜ……。こんなはずはない……、あの方は、いにしえの魔術が破れるはずがないと……」

「それはどうかな」

 聞こえた声に、女ははっと顔を上げた。


「私が分かるな? さっきテオの夢の中にいたろう、お前。確か、テオの母の役をやっていたな」

「ひっ……」

 そのショールの声に、女はおこりのように震えだし、そして金切り声で悲鳴を上げた。

 その女の顔の前に、黄色の粉をまとった蜂たちが舞う。女は口を開いたまま叫び声が出なくなり、その場で震えながら固まった。


 ショールはフードをかぶったまま、その顔をアレコスらに向ける。

「王国から正式に依頼された。まず私が話をする」

 アレコスはうなずいた。

 ショールの後ろにはリディア、そしてテオもいる。リディアは刺すような目で女を睨んでいた。

 カシアたちも王太子の一行に合流した。


 ショールは女に冷たく淡々と語りかける。

「まず、お前の疑問に答えよう。他人の精神に干渉する魔術は、世界的にはさほど珍しいものではない。クレトスがその手の魔術の遣い手として一流なのは間違いないだろうが、奴が自賛し、お前たちが妄信するように、神にも等しいなどというのは片腹痛い」

 ショールは淡々と言って捨てた。


「お前たちがやった夢渡り……。東洋でもセムカでも、世界を見渡せば、あの程度なら、扱える術者はいくらでもいる」

「……!!」

「ただ、ああいった魔術はヨレンを含む西方世界の主流にはない。古来より嫌厭され、中世代には黒魔術として追いやられ、ほとんど忘れられたからだ。今となっては察知すら困難だろう。その意味では西方世界であれに対抗する手段は少ない。しかし、西方世界では珍しい、というだけだ」

 さらに言うなら、クレトスが死んで2500年の間、そうした呪術やそれを防ぐ術は、主に東洋において近年に至るまで進歩を続けていた。


「ところでお前は、クレトスによって人の精神に干渉する魔法を学んだようだが、その危険性は教えてもらったか?」

「……危険性?」

 女は開けっ放しの口から、あえぐように声を出した。

「人の精神に干渉するには、自分も精神さらすことになる。普段は肉体で覆われる精神が、その時にはむき出しになる。術が失敗したり、破られたとき、術者がどれほどの危険にさらされるのか、想像がつかないか? テオの夢に入ったお前の仲間は全て、お前と同じく目が潰れているはずだ」

「……!」

「それともうひとつ。お前たちをテオの夢から追い出したとき、お前たちの記憶はおおよそ読ませてもらった」


 光を失った女の目が大きく見開かれ、開け放しだった口がさらに広く開けられた。近衛たち、学生たちも瞠目したが、聖戦士たちの表情は変わらない。

 ショールは腕を組み、

「さすがにクレトスには逃げられたがな。おかげで色々と興味深いものが見れたよ」

 

 女は絞り出すように、

「嘘だ……。お前は私にでたらめを言って、あの方への忠誠を揺るがそうと……」

「お前は折り合いの悪い継父から学費の援助を打ち切られ、望まぬ結婚まで強いられそうになった」

 ショールの言葉は女をのけぞらせた。


「そんな時、手を差し伸べられた。人の好さそうな笑みを浮かべる、眼鏡をかけた壮年の紳士……。役職は知らないが、学院でもそれなりの立場の者のようだな」

 女は固まった。それから口を開け放ったまま、震え始めた。

「言ったはずだ。お前たちの記憶は読んだと」

「お、お待ちを……」

 学院の教諭が進み出てきた。彼は女に向けて、

「そ、それでは……。君を職員として誘ったのは……」

「……」

 女はショールに目を向けたまま震えて答えない。

 

 ショールは続ける。

「あの場にいた者たちの記憶を読んだ限り、お前たちクレトスの信奉者にはふた通りあるようだな。ひとつは青灰の湖に近づいたなどでクレトスと精神感応を起こして奴に惹かれてしまった者」

 彼らはクレトスとの個々の繋がりがあるのみで、組織だった様子はなかった。他の信奉者との繋がりも、あくまでクレトスを通じたものだ。

「その連中はクレトスに直接感応したゆえにか、非常に狂信的な一方、大なり小なり精神が歪み、他者になじめず組織に適応できない。クレトス以外に従うことなく、他の信奉者すら邪魔だと考えている」

 彼らは単独で行動し、ただクレトスのみに従う。その数も少ない。


 その一方、組織を作って活動するクレトスの信者たちがいる。

「お前のように、勧誘によってクレトスの奉仕組織とでも言うべきものに加わった者たちだ。イスロ学院では、お前を勧誘した男が中心となって信奉者を集めていたようだな。お前がイスロの学生だった12年前に勧誘されたとき、卒業生を含め、すでに50名近い組織になっていた」

 社会への不信、家族への不満、学院でのストレス、新しい世界への憧れ、ただの退屈しのぎ……。その道に迷い込んだ理由は様々だが、多感な少年少女を未知なる魔法の世界に引きずり込むのは、そう難しくもなかったようだ。


「ところで、お前たちが学院の生徒の精神に干渉してセレネ嬢を貶めようとした時……、セレネ嬢がいじめたとされる女生徒、近年台頭した大商家の娘だったようだな。連合王国や合衆国の最新の兵器が入手できるほどの」

 ショールのその言葉に、王太子ら生徒たち、そしてテオもまたはっとし、リディアやアレコスら聖戦士たちの目が鋭くなった。

「その商家の野心と劣等感を見抜き、精神に干渉したな。その上で近づいた」


 娘を王太子の婚約者にできるよう協力しよう。今の婚約者も排除してやろう。王家の外戚になれば、お前を成り上がり者と蔑んだ連中も見返せるだろう。

 その代わり、その財力を使って協力をしろ……。たとえば、昨日クレトスが使ったような兵器を調達しろ。


 ショールは杖を持たない左手を腰につけた。

「その商家の娘にも可哀そうなことをしたものだな。彼女はひそかに王太子殿下に思いを寄せていた。これは操られていたものでなく、本物の恋だった」

 厳しい顔で聞いていた王太子テルセウスの眉根が動き、その手が強く握られた。横のセレネも哀し気に眉を下げた。

「それもお前たちは利用し、操った。彼女は今や学院も離れ、引きこもり、その挙句、お前たちと同じくクレトスの弟子になってしまった。テオの夢の中でセレネの姿になった彼女は、今も恋慕と嫉妬を捨てきれずにいる」

「だから何なのよ……」

 女は白濁した目から涙を流しながら、憎々しげにショールを見据えた。

「あんたは私の記憶を読んだんでしょ? 大勢の前で私のことを晒しものにして、面白がっているわけ?」

「お前たちは、テオやここにいるイスロの学生たちを傷つけた。この場でお前たちがやらかしたことを明らかにすれば、多少はその傷も癒えるだろう」

 その言葉に、テオや学生たちの目はそろってショールに向けられた。


 ショールは、

「話を戻すが、記憶を読んだと言っても、お前たちの人生の全てを読んだわけではない」

 テオの夢からクレトスらを追い出したとき、クレトスに対する信奉者らの狂信が大きく揺らいだ。心の大きなよりどころが破れたと言っていい。

 その砕け散った心に、ショールはクレトスに関する断片的な記憶を見た。


 ショールの声が、わずかに低くなる。

「私が気になるのは、お前たちを誘った者のことだ」


 イスロ学院で女らを勧誘した男だけでなく、他に何人もの勧誘者がいることを、信奉者たちの記憶からショールは読んでいた。

「お前だけでなく、他のグループに属する者の記憶にも……、その勧誘者たちがクレトスについて語るとき、その口調や表情は、狂信者としては淡々とし過ぎているように見えた」

「……」

 女は顔を歪ませた。思い当たる節があるのだろう。


「奴らは信奉者のそれぞれのグループの長という立場ではあったようだが、仕切りは別の者にまかせ、自分が集めた信奉者たちから距離を取っていたようにも見えた。何かを隠すように」

「何が言いたいのよ……」

「お前を勧誘した男は、クレトスに従う者ではない」


 その言葉に、女は大きく息を吞んで、

「あの人が私を騙していたとでも言いたいの!?」

 それまでになく激高した。

「大師クレトスに引き合わせてくれたのはあの人よ!」

「夢歩きでな。そしてクレトスは、お前の継父を含め、お前が邪魔に思う全ての者を排除し、お前が見たこともない魔法を見せた」


 その際クレトスは、現代で扱われている魔術がいかに稚拙なものか、そして自分の魔術の素晴らしさを語り、自分こそ真の魔術師であると示した。

 継父の死、望まぬ結婚の白紙。彼女は安堵すると同時に罪悪感にも揺れた。揺れた彼女の心は、クレトスへの心酔に傾いた。


「その後だ。お前がクレトスへの忠誠を誓って眠りから覚めた後、その男はお前の血と、用意しておいた血のような液体とを混ぜた。それを使ってお前の左の肩に模様を描いた……。アルファに似た文字の中央に、火の玉のようなものを描いた模様だ」

 アレコスら、そしてリディアがはっと目を見開いた。

「私はその模様と、そこに込められた魔力の波長を知っている……。アブロヌの子らの魔術だ」

 女だけでなく、その場の多くの者がが唖然と口を開いた。


 魔王アブロヌ。アッカリアの騎馬民族の王。破れて200年たった今なお、世界中に恐怖の傷痕と忌むべき遺産を残し、その残党は闇に隠れてこの世を呪い続けている。


「お前たちを勧誘したあの男は、恐らくアブロヌの信奉者だ」

 ショールの言葉に、女は声もなく震え始めた。


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