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竜骨の古代史②

 その場にいる者たちにイメージが流れた。


(この場所に眠るものが二度と目を覚ますことがないよう、この記録を残す)

 男の声が頭に響く。


(※※※※王の御代、東より※※※人の国が興り……)

「何だ?」

「固有名詞は、我々の言語イメージに変換されないということでしょう」

 ギデオンの戸惑いに、キモンはうるさげに応えた。


 そのイメージは語る。

 東より、鉄の武器を持った民族が勃興し、彼らの土地を圧迫した。

 王国の人々はそのことに悩んだが、そんな時、神官でも末席の者が、あるものを発見した。


(いやしき者ゆえ、その名は残らない)


 男が見つけたのは、黒い、骨に似たものだった。鉄よりも強靭で、火にも強い。鉄のように強い炎ではなく魔法によって自在に形を変え、また、命を吹き込んでしもべにすることもできた。

 ただし、扱えるのはその男だけだった。男はそれを用いて侵略者を打ち倒し、英雄となった。


(しかし、全てはマギフスの罠だった)


 男は権力を握ると、各地でその「骨のような物体」を掘り起こさせた。

 その中で特に巨大なものを、自ら建立した神殿に集めさせた。

「この神殿……!」

 そのイメージにあったのは、まさに目の前にある巨大な建物だった。


 そのひときわ大きな骨のようなものを集めた時、人々は、それがまさしく巨大な竜の骨であることを知った。


(それはマギフスの骨だった。太古の昔に隆盛した、暴君竜のような恐るべき地竜の中で、特に悪神の誘惑に魅せられた凶悪な竜たち。その中の君主たる、竜王ともいうべきマギフスだった)


 それはある時巻き起こった大寒波によって、同族もろとも絶滅したはずだったが、不死のマギフスと契約した竜王とその眷属たちは、骨となって地中に埋もれても、なお生きていた。


(あの男が台頭した時、「骨のような物体」の秘密を探ろうとした者たちがいた。その中で唯一生き残った者は、男が暴君竜の頭蓋骨を祭壇に飾っていたのを見たという)


 それこそ竜王の頭蓋だった。男はその竜王と悪しき契約をしていた。


 人々が気づいた時にはもう遅かった。

 男が用いた「骨のような物体」は戦場で殺した人間の魂を食って力を取り戻し、「黒き骨竜」として次々に復活した。

 骨竜は群れを成してさらなる生贄を求め、それによって君主たる竜王をも復活させようとした。


 王は男と骨竜どもの討伐を命じた。しかし返り討ちにあい、かえって多くの勇者の魂を敵に捧げることになり、ついに竜王は竜骨の王として復活した。


(我らの都は滅んだ。それでも生き残った戦士と魔法使いたちは戦いを続けた。男と竜どもの本拠であるこの地に攻め込むと見せかけ、骨竜の軍団を北の湿地に誘い込んだ。そしてぬかるみで動きを止め、ヤルハに祈って雷を落とした)


 あらゆる武器を弾き、炎も通じない竜骨だったが、稲妻は有効であった。

 さらに、男が本拠としたこの町の地下に、大きな水たまりがあることに気付いた魔法使いたちは、それを利用して町ごと陥没させ、水と泥によって動きを止めた。そして多くの命を捧げて神殿に稲妻を落とし、竜骨の王を封じることに成功した。


 そして竜骨の王が眠る神殿を厳重に封印し、陥没したこの町を誰にも分からぬように、埋めたのだという。


(かくてマギフスは封じられたが、多くを失った我らが亡びは避けようがなく、いずれこの文字も忘れられるだろう。それでもここに封じた大いなる邪悪が再び目覚めることがないよう、この記録を残す)


 イメージも、声も消えていった。だが、


(ここから語るのは、この文字が刻まれてからはるか後のことだ)


 ため息をつきかけた聖戦士や神官たちの脳裏に、ふたたび声が走る。凛々しく若い、男の声だった。


(ここに眠る邪悪を目覚めさせようとする者が現れた。その記録をここに付け足す)


 ここから西、エルゲの地にあったヨレンの王の前に、軍神マガファの啓示を受けたと称する者が現れた。その名はクレトス。


「軍神だって? マガファが?」

「戦乱と混迷の中で、マガファが軍神として扱われた時代もあるんです」

 またも声をあげたギデオンに、キモンがまたうるさそうに応えた。


 クレトスは、魔法で自在に形を変える黒い骨のようなもの……、すなわち竜骨を見せた。その有用性を語り、掘り出せる場所を知っているから兵を貸してほしいと申し出たのだ。

 そこは黒海西、すなわちこの場所であり、当時はアマゾンの女戦士たちの土地として知られていた。


 ヨレン王の妃はアマゾンの出身だった。彼女の出身部族は内外に争いが絶えず、ヨレン王も妃を口実に、その争いに介入しようとしていた。

渡りに船と言うべきか。ヨレン王はクレトスから持ち掛けられた話に乗った。ただし兵の指揮権は与えず、ただの案内役として扱った。


しかしクレトスは、この地に至るなり瞬く間に人心を掌握した。

いや、それだけでなく、彼にとって邪魔な人間、敵対した人間はみな奇妙な死を遂げた。同僚との諍いで刺されたもの、部下から殺されたもの、気がふれて自らの胸に剣を刺したもの……。


とにかく、クレトスはこの地に自分の王国を建てた。そして、北の湿地から竜骨を拾い集め、それを組み合わせて巨大な黒い骸骨を作り上げた。

人間のような手足を持ち、二本足で立つ骸骨だが、その頭に乗っていたのは、体に比べれば小さい、暴君竜の頭蓋だった。

 

 クレトスはその骨の巨人と、周囲からかき集めた奴隷を用いて、この町を掘り起こした。さらにそこにあった錆びた青銅器を掘り出してことごとく鋳つぶすと、骸骨を覆う金色色の青銅の鎧を作らせた。


(巨人として蘇った骨どもは、自分の体を醜いものと憎んでいた。ゆえにその骨の身体を、美しいもので覆った)


 クレトスはそうして生まれた青銅巨人を用い、竜骨の王が眠る神殿の扉を開けようとした。だが、その強力な結界は衰えておらず、巨人をもってしても開けられなかった。


(巨人は人の魂を食らい、力を増す。クレトスは扉を開ける力を求め、周辺の人々を蹂躙し、千を超える生贄を殺した)


 そんな中、故国を攻め滅ぼされ、老いたヨレン王たちが逃れてきた。


 そこから先は、ショールの聞いた青銅巨人の物語と同じだった。


 ただ、

(逃れてきたヨレンの勇者の中で最も力が強く、クレトスの敵対者たちの中心にあった英雄エウメロスは、護るはずだった妻や友人、民たちの裏切りを受けてクレトスに引き渡された)

 神官たちは息をのんだ。伝承の中のひとつが真実として語られた。


(エウメロスの魂は強く、その怒りは激しく、マギフスの眷属たる巨人をもってしても御しきれなかった。クレトスも巨人の足に踏みつぶされたが、奴は自分の死を逆手にとって自らの魂を巨人に乗り移らせ、その制御を奪おうと試みた)

 

 その争いによって巨人は狂ったように暴れまわり、巨人の丘にあった神殿は廃墟と化した。


(その時、私は永遠の友エウメロスの妻、キオネーの願いと契約を受けて、巨人のかかとの青銅に食らいつき、この身もろともヤルハの稲妻を落とした)

「……!」

 その時全員が、ショールの腕のファティアに視線を向けた。

 

(私は死して巨人を封じる要石となり、祀られている。クレトスは滅んではいない。巨人の中に魂を封じられながら、その意志は眠らず復活の時を待ち続けている。奴は竜骨の王の復活も諦めてはいない。結界は徐々にだが弱まっている。奴は神殿の結界を解くために、数えきれないほどの生贄の死体を用いて、腐食の泥を作り上げていた)


 クレトスは、竜骨の王の結界を破るためにそれを作ったのだろうが、彼の生前、それは期待したほどの成果をもたらさず、神殿の地下に流し込んでいた。


 しかし、あまりに多くの死体によって、泥の量は膨大なものになっていた。そして巨人が暴れた影響故にか、それは地下の水脈と混ざり合って湧き出し、クレトスが発掘したこの町に溢れていった。そして年月を得て、天からもたらされた雨水も溜まっていき、この町と神殿は水の中に消えていった。


(あの泥は、少しずつではあるが、神殿の結界を腐らせている。クレトスはそれに気づき、待っている。何千年が経とうとも。この扉を破り、竜骨の王を目覚めさせるその時を。あの青銅巨人は繋ぎの身体に過ぎない。奴は竜骨の王と長い年月繋がり続け、その魂はなかばマギフスと一体化している。そして王の体に戻ることを切望している)


 最後にその声は言った。


(おそらく竜骨の王の復活は避けられない。こうして今、我が言葉を聞いているということは、恐らくその日は近い。備えてほしい。ここに残された記録に、その戦いのための助けがあることを願う)



「……それでもこの場所は、厳重に封じた方がいい」

 全てを見終え、まずショールが口を開いた。

「むしろぶっ壊したほうがいいんじゃねえか」

 これはギデオンだ。真顔だった。キモンが首を振る。

「それは難しいでしょう。この神殿に使われている建材が、全てあの竜の骨と同じなら……」

 彼は短杖の先で扉をなでながら言った。

「それで、これだけ大きな建造物……。ヨレンの全ての魔術士と爆薬を集めても、中にいる王とやらごと吹き飛ばすのは無理かと」

「あの竜の骨と同じなら……」

 リディアはショールに顔を向け、

(あなたの鏡で何とかならない?)

 同じことを考えた聖戦士も何人かいたようだが、

(だめだな。結界はともかく建物は「食える」気がしない。多分、今は魔力も何もない、ただの物質だからだろう)

 ショールが念を送ると、聖戦士たちは視線を外した。


「とにかく今視たことを戦士団から王に報告し、対策を立てなければ」

 バイアンは腕を組んだ。

「個々の結界を補強し、誰も近づけさせないようにしよう。同時にクレトスも追跡しなければ……」

「今現在の減衰した結界では、今日の巨人の右手だけでもこの扉を開けられただろう。だが恐らく、今のクレトスにはその力すらない。今のうちに補強してしまおう」

 ショールは扉を見上げながら言った。


「では取り急ぎ、我々が補強をいたしましょう」

 神官長が胸に手を当てた。

「俺たちはクレトスの追跡か?」

 ギデオンがアレコスに顔を向けるが、

「すでに陸軍が動いている。俺たちもひとまず上に報告だ。追跡するにも今の武器では少々心もとない。奴は必ず自分の身体を強化しようとするだろう」

「確かにな。またぞろ奴の信奉者どもが、武器だの骨だのを用意してくるだろう」

 そのギデオンの言葉に、ショールは仮面の中でつぶやく。

「信奉者か……」

「どうしました、従士どの」

 リディアが声をかけると、

「ヨレン再建時代の青銅巨人とクレトスについてはおおよそ分かった。だが、それ以後のことはまだ、分からないことが多い。200年前の巨人の復活のことや、クレトスの信奉者たちのこと……」

 それからアレコスに顔をむけ、

「アレコス、君らが青灰の湖で遭遇したクレトスの信奉者たちの中に、アブロヌの信奉者が混じっていたと言ったな。ここで出会った、あの水面の女か?」

 アブロヌの名に、神官たちはぎょっと身を引いた。

「そうだ、あの女だ」

「200年前のアブロヌ王の侵攻の時に、何かあったか……。水晶の奥方に聞くしかないか」


 踵を返そうとするショールの心に、声が響く。

(気を付けて、ショウ)


 ショールは足を止めた。

(目を潰されても、奴はお前を探っている。その手はお前の近くにもある。そしてお前の懐に刃を刺す、その機会を伺っている。気を付けて)

 

 その様子を見て首を傾げたリディアが聞く。

「どうなさいました、従士」

「……何でもない」


※  ※  ※




見えぬ……見えぬ……。そして、おお、なんということだ、わが右手が……。

それにしても、おのれ、エウメロスの怨嗟があれほどのものだったとは!

そして彼奴めは何者だ、何が起きたのだ……。この恐怖は何なのだ……。

……わが神殿が暴かれただと! 馬鹿な!

おおマガファよ、間違いない。奴は神々に近しい。我らを追跡し、破壊するものだ……。

排除せねば。だが……。

……エウメロスに近い者がいる。その裔……。ああ、あの時の小僧か。

かつての奴と同じような歪みもある。強靭さも。エウメロスに共鳴しておる。

……使えるな。


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