汚泥とともに②
タロッソスの大通りを、二機が疾駆する。キモンとギデオンだ。
「どけっ! どいてくれ!」
まばらな通行人に声を張り上げ、その間を縫いながら、ギデオンは背負っていた銃に手をかける。
一方キモンは手に持つ通信機に向けて声を張り上げていた。
「そうです、鉄の竜! 報告は上がっているはずです! 奴は今神殿にある巨人の右手に向かっています! とにかく王太子殿下を安全な場所に!」
公園にある博物館の前で、タロッソスの町の市長、警部補、聖戦士長、そして学生たちに同行してきた教員、王太子警護の近衛隊長、聖戦士の代表が円を組んでいた。
王太子付き聖戦士のニコラスが口を開く。
「ですから市長、ここは危険なのです。青灰の湖に出現した鉄の竜のことはお聞き及びでしょう?」
「聞いておりますが、しかし、まさかそんなことが……」
「我々近衛隊としても、殿下の身に危険が及ぶ可能性がある以上、聖戦士団からの報告を無視するわけには参りません」
「市長、この丘には一般人もおります。ご命令くだされば、我々警察隊も、すぐに避難誘導に動きます」
「しかし、これだけの警護があれば……」
そんな様子を、リディアは遠目に眺め、苛立たしげに眉をひそめていた。
複数の女子生徒が近づいてきた。王太子テルセウスの婚約者セレネに、テオの妹カシア、その友人のシンシアだ。
「リディアさま、一体何が起こっているのですか?」
その視線は、市長らの円陣に向いた。
リディアは少し沈黙した。どう答えたものか考え込んだ。
まず口を出したのはシンシアだ。彼女は怜悧な青い目を向けると、
「ショール・クランさまも戻ってきているとのことですが、それとも関係が……?」
リディアの眉がぴくりと動いた。
「ああ、そうなんですね……。あの方が来る時は決まって大事が起きていますから……」
「まあ、違いないわね」
リディアはすまし顔のまま、ぼそりと言った。
「ひょっとしてテオ兄さまも、ショールさまと……」
「そうよ」
リディアは表情を変えず言い、さらに、
「3人ともすぐに王太子殿下の所に戻りなさい。他の生徒たちにもそれとなく殿下のところに集まるように伝えて。何かあってもすぐに動けるように。私がこんなことを言うのは僭越もいいとこだけど、あの市長の判断を待ってはいられないわ」
セレネはその目元を引き締めると、
「分かりました。すぐに……」
言い終える前に、それまでにない大きな揺れと地鳴りの音がした。
「ああ、遅かったかな……」
リディアは帽子の下で苦々しく目元を歪めた。
その揺れの源が、神殿にあるのは明白だった。神殿の片隅から粉塵が上がり、そこからドン、ドンと、破城槌が叩きつけられるかのような音と揺れが、断続的に響いてきた。
神殿から、非常を知らせる鐘の音が響き渡った。
鐘の音が鳴り響き、地下から断続的に轟音と振動が響く中、キモンとギデオンは神殿の正門前で飛び降りるように下馬し、武器を手に早足で入る。
「少尉どの!」
若い神官が出迎えた。眉根にやや怯えが見えるが、同時に覚悟を決めた目もしていた。
「状況はどうなっていますか」
歩みを止めずにキモンが尋ねると、
「連絡を受けてすぐ、神官長さまが廟の結界を強めたのですが、直後に『右手』の間に直接侵入を試みてきて……。今、神官長さまをはじめ、結界魔法を使える者たちが総出で抑えています」
廟にたどり着くと、神官長を中心に、神官たちは扉の前に横並びになって聖句をつぶやいていた。幾重にも重なるささやく声が、見えない力を形成し、廟を抑え込んでいる。
そのささやきの波をかき消すように、地中で何かが叩きつけられる音が響き、地面が揺れる。神官たちの声がうるさいとばかりに徐々にその大きさと間隔を縮め、やがて地鳴りのような音を響かせ始めた。
「いけない!」
キモンが叫んだ。
神官長は、汗の吹き出す顔を歪め、
「もはやいかんか……」
その口の端から、一筋の血が垂れて、白髭に滲んだ。
「もういい、みな下がれ!」
唾と血を飛ばしながら神官長は叫んだ。
その神官長の前にキモンが飛び出し、杖をかざして結界の力場を展開した。
(うっとうしい神官どもめが!)
鉄の扉から響くその言葉とともに、廟が弾け飛んだ。
「なんだあれ……!?」
「ちょっと、何が起きたの!」
巨人の丘の公園からも、立ち昇る粉塵が見え、学生たちがざわめいた。
そこに、拡声器で教員の声が響き渡る。
『非常事態が発生しました。学生諸君はただちに博物館、美術館の中に避難してください』
同時に引率の教員や学院職員たちが駆けまわり、生徒を誘導していた。
機械に詳しいひとりの生徒が、神殿から入道雲のように立ち昇る砂塵の中から、高速で回転する円錐の物体が先端を出すのを見た。
「ドリル……?」
廟は完全に吹き飛んだ。砕け散った壁や屋根の破片、ひしゃげて裂けた鉄柵などが散乱している。力場を展開するキモンの後方だけが無事であり、神官たちはその後ろに集まっていた。
神官長は吐血し膝を付き、若い神官に支えられていた。
「神官長!」
「私にかまうな、それよりあれを……」
太陽を隠すほどの砂塵が風に流れ、翼を広げる鉄の竜が姿を現した。
一対の翼と一対の足の他に、胸から大きな鉤爪のついた2本の腕が伸びており、その右腕には3つの銃口を持つ筒型の機関銃、左腕には大きな三角錐のドリルが取り付けられていた。
青灰の湖で切り飛ばされたはずの足は修復されていた……、というより、別の部品を取り付けたようで、形は左右非対称となっており、そこにも発射孔らしきものが三つつらなる、箱型のものが取り付けられていた。
そしてその両足に、体躯と同じくらいの大きさを持つ巨人の右手をぶら下げ、宙に浮きあがっていた。
『おお、わが右手よ……』
竜は、爬虫類の頭蓋骨のような大きな頭を、巨人の右手に摺り寄せた。
その頭に、ギデオンの放った銃弾が直撃して閃光を放ち、竜は空中でその体制を崩しかけた。
『無礼な!』
竜は被弾した額から白い火花を放ちながら、地上のキモンらを睨む。湖でギデオンに撃ち抜かれた片目は、赤い光を戻していた。
「キモン、付呪を頼む!」
キモンが杖で力場を展開しつつ、ギデオンに後ろ手をかざす。竜を狙うギデオンの銃に魔力が溜まっていく。
神官2名がキモンの両脇に立ち、指輪をかざして口の中で呪文を唱え、力場を広げ、強化した。
竜の両足に装着された鉄の箱から、コルク栓を抜いたかのような、スポンという音が続けて鳴り、縦並びの孔から何かが飛び出した。
「野郎、爆弾か!」
「ギデオン、奴の翼を撃ち抜いて! 地上に落とすんです!」
銃口が太陽のような光とともに銃弾を放った。同時に彼らの目の前で立て続けに爆発が起きた。
ギデオンの放った銃弾は、一筋の閃光となって竜の右の翼の、その根元の骨を破壊し、断ち切った。羽となっていた剣のごとき鉄板が、バラバラになって落下していく。
『なんだと!? おのれェ!!』
竜は残った左の翼をはばたかせながら、中天にふらふらと漂っていたが、ほどなく巨人の右手の重みに耐えられなくなったかのように、地上に落ちていく。
巨人の丘の、麓の公園へと。
「おい、無事か!」
濛々と爆炎が立ち昇る中で、ギデオンの声が響いた。
「危うい所でしたが、私は何とか……! 神官の皆様は?」
「我々もどうにか……。しかし、この緑色の煙は……」
「またしても……。これは毒です! もう少し結界を維持したままにしてください!」
「キモン、こうなったら毒をまき散らすのも止むを得ねえ! 風を起こしてこの煙を飛ばせねえか!」
「風の魔法はそれほど得意じゃないんですが……。やってみます、できるだけ上空に飛んで拡散するように……」
杖で地面をつくと風が巻き起こり、天に向けて爆炎が吹き消されていった。
「神官長さま!」
若い神官の悲鳴のような声に、キモンとギデオンは振り向いた。
神官長は意識を失って仰向けに寝かされ、苦し気な咳とともに血を吐いていた。
「おいキモン、これは一体どうしたんだ」
「結界を破られたからでしょう……。道具が肩代わりをしてくれる今と違い、昔の結界術は、術者の身命に直結したと言いますから……」
キモンがそのそばに跪き、首筋に触れる。
「まだ息はあります。神官の皆様……」
「はい、神官長のことはお任せください。少尉どのは奴を……」
半白の神官が言いかけたところで、人々の悲鳴と、大きなものが地上に落ちる地響きがした。公園に竜が落ちたことはすぐに分かった。
「ああ、何ということだ……!」
「ち……。急ぐぞキモン!」




