合流②
その後アレコス、バイアンらと朝食をともにした。会話の内容に機密事項があるため、ショールのほかは、神官長、タロッソスの聖戦士2名、そしてリディアが同席し、食堂とは別室でとることになった。
「あの竜は間違いなく、このタロッソスにいる」
アレコスは断言した。続いて少尉キモンも、
「奴は青灰の湖からこちらに向けて飛び、そのエーテル反応はここで途切れています。どこかに潜んでいるのは間違いないかと」
「エーテル反応で追跡ができるのですか」
リディアが尋ねると、キモンは、
「奴は飛行に魔法を用いているようで、そのエーテルの痕跡を追うことができます。昨日も日中は人目を避けて森を伝い、夜のうちに一気にこの付近に飛んできたようなのです」
「この周囲の見晴らしのいい平原を、あのでかい図体でノシノシ歩いているんでなけりゃ、間違いなくこのあたりにいる」
偉丈夫の曹長ギデオンが続けた。
「その怪物の大きさは?」
戦士長が尋ねると、ギデオンが答えて、
「頭から尻尾までと、翼を広げた長さが同じくらいで、およそ10メートル。ただし奴は、手下が用意した武器だの鉄骨だのを装着しているはずだ。さらにでかくなってると思う」
一同がうなる。
リディアはふと、もの言いたげな顔で神官長に目をやる、聖戦士バイアンに目をやった。
「どうなさいましたか、バイアン卿」
「いや……」
バイアンは腕を組み、なお思案にふけった後、意を決したように、
「神官長どの、私の当初の任務についてお話いたしますが、私はレフテリス卿とともに、青灰の湖のヤルハ神殿の調査に入るはずでした」
その言葉に、タロッソスの戦士長らが気色ばんだが、
「よく、王都のくされ坊主どもが許しましたな」
神官長は瞠目し、少々汚い言葉を張り上げた。
リディアや戦士長らは、その様に毒気を抜かれた顔をした。
「は、はあ……」
バイアンも、頭でも搔きそうな顔になった。
神官長は、バイアンの顔を見、ついでアレコスらやリディア、戦士長らを見渡したあと、無表情のショールに目をやり、
「いや失敬、少々口が悪くなりましたな」
「私は席を外した方がいいお話だろうか?」
ショールは神官長に言いつつ、視線をバイアンに移した。
神官長は笑って、
「いや、あなたの任務に関係することかも知れませんので、知っておかれたほうがよいでしょう。ただ……」
「以前あなたが言われた、確信をもっては話せないこと、ですか」
「そうですな」
それから神官長は表情を改めてバイアンに向き直り、
「あなた方の調査と言うのは、あの湖の神殿で起きた神犬像の爆破についてだけでなく、あの神殿が象徴する、王都のヤルハ教会の腐敗でしょう」
バイアンは圧されたように押し黙ったが、すぐにはっきりと、
「そうです、神官長どの」
「ふむ」
神官長は居並ぶ者たちの顔を見回した後、ショールに目をやり、
「従士どのは何の話をしているのかお判りになっていないようだが、他の方々はご存じのようですから、ここでご説明しましょう。この国のヤルハ教会は腐っておるのです」
ヤルハの信徒であるテオが聞いたら唖然としそうな、はっきりした言いっぷりだった。
「ご承知の通り、西方において雷神ヤルハの信仰は、十大神の中でも一、二を争うほど盛んと言われておりますが、この国では太陽の女神、月の女神の信仰が主流で、次いで海神デイニス、まあその次にヤルハが来るくらいの位置なのです」
あっけらかんとした物言いだった。
「まあそのせいで、ヤルハの教会は代々、自分たちは不遇をかこっているとこぼし、妙に権力欲の強い連中が多かったのですが、その中で、とうとう妖怪坊主が現れましてな。現在、御年九十を超える大神官です」
この人物は、二代前の王に妹を嫁がせ、その妹が生んだ先王の時代に、大いに権勢を振るった人物だった。
「碩学で優れた魔術師で……、確かに、おでこの出っ張った見た目程度には口の達者な野郎でしたが……」
「神官長どの……」
個人的な恨みでもあるのだろうか。変に熱がこもり、横にいた戦士長にたしなめられて空咳をした。
「この大神官は、実務やそろばん勘定などの俗の面ではともかく、信仰に関わる聖の面では、はっきりいって疑問符の付く人物でした。そのしでかしたことのひとつが、あの湖のヤルハ神殿のことなのです」
青灰の湖のヤルハ神殿は、建立当初は巨人の監視場として、術に優れた人材が集められたが、時代が下ると、巨人の脅威は忘れられ、おとぎ話のようになっていく。
聖務への奉仕より、権勢への欲求が強いヤルハ教会では、湖の神殿の意義は、時を経るにつれ、薄れていった。
「国は何も言わなかったのですか?」
ショールが尋ねると、
「従士どの、この国でも、各協会にはある程度の自治権とでも言うべきものがあります。先王陛下の時代に、あの大神官に口答えできるものなど、そうおりませんでした」
そして、その大神官は、青灰の湖にあるヤルハ神殿を、流刑地として利用した。
「流刑地……」
「もちろん表向きにはそんなことを言いませんよ。ただ、巨人を監視する任務を与える。重要な任務だから、いいと言うまでそこから一歩も出るな、と、こう申し伝えるわけです。自分にとって目障りな人物、気に入らない人物、あるいは、知らなくてもいいことを知った人物などをね」
そしてその流れは、神官長が言う「妖怪坊主」が一線を引いた後も、ヤルハ教会の中央部に引き継がれたという。
「まあ、かくいうこのわしも、氏族のものがこの故郷に引っ張ってくれなければ、あそこに送られていたやも知れませんがな」
そう言って肩をすくめた。やはり、昔、何かがあったようだ。
ショールはわずかに思案にふけったあと、
「破壊された、神犬像の役割とは?」
神官長はうなずき、
「湖の神殿にあるファティア像は、巨人を封じ込める鍵であると伝えられています。神犬ファティアの魂が宿り、巨人を監視し、その怨念を抑えていたのだとか」
ショールはそれからバイアンに目をやり、
「君たちやレフテリス卿は、その神殿の者が、神犬の像を破壊したと考えているのか?」
「そんなこと、はっきり言えん」
バイアンはかぶりを振った。
「だが、その可能性はあると見ている。だから調べようとしたし、失礼とは思いながら、こちらの神官長どのにもお話を伺いたかった」
「そうか……」
沈黙が落ちかけたところで、それまで黙って聞いていた、聖禽隊のアレコスが口を出す。
「とにかく今は、あの竜だ。あれをどうにかしなければならない」
アレコスは神官長に顔を向けた。
「この町にその協力者がいるとして、隠れられそうな場所は……」
「倉庫街くらいでしょうな。昨日、その信奉者が暴れた貨物駅のそばです」
「倉庫街、なるほど……」
アレコスらがうなずいた。
「……丘の裏手にある湖と、その周囲の森は?」
ショールがつぶやくように言う。
「ふむ、あそこも人気がない場所ではありますな」
戦士長がうなずく。リディアは、
「従士どの、あなたは今日、あの湖を調べるとのことですが……」
「ああ。あの湖、どうにも嫌な予感がする」
それを聞いたアレコスらは一様に顔をしかめた。
「君たちは倉庫街に行くんだろう? 私は湖に行く」
「テオを連れていきますか?」
リディアが尋ねると、ショールは少し考えこみ、
「危険な気がする」
「そんなに……?」
「私一人なら逃げ隠れしながら近づけると思うが、テオが一緒だとそうもいかない」
「なら、俺が行こう」
手を挙げたのは、アレコスだった。
「倉庫街のほうは、ギデオンとキモンがいれば大丈夫だろう」
「それなら俺も行く」
バイアンも名乗りを上げた。それからリディアに目を向け、
「リディア卿、君は王太子殿下の護衛につくんだろう?」
「まあ、そうなりますね」
「なら、盾役が必要になるだろう。何かあったとき、アレコスがアタッカー、俺がディフェンダーをやればちょうどいいだろう」
「……」
リディアは少々不服そうな顔だった。
ショールは少し考えた後、
「分かった。バイアン、アレコス、頼む。だが……」
「何だ?」
「この2日間、君ら一睡もしてないんだろう? 少し眠っておけ」




