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巨人の丘②

 そしてショールは、丘に向けて歩みだす。テオも何も言わずそれに続く。

「魔法とはそういうものだ。魔法の道具を操るための魔法の道具が作られ、簡単で扱いやすく、実用的に洗練されたものが次々に生み出されているが、本来は精神の作用で発言し、動かされるものだ。性格、趣向、好き嫌い……。いろいろな要素が絡む。今でもある程度強力なものを扱うとなると、それに対する適性がなければ発現もしない。聖戦士の盾など、まさにそれだ」

 それを聞いたテオの顔が、また曇った。

「聖戦士になるには、あのパラスを扱えることが絶対条件だそうだが、おそらくそれは、王の近衛として信用に足る人間を選別する意味もあるんだと思う」

「どういうことです?」

「攻撃よりも防御に重きを置き、護ることを優先する性格であること。王や仲間を決して裏切らない忠誠心、誠実さ、自己犠牲の精神……。もちろん性格だけが発動の条件ではないだろうが、あの盾を操れるのは、そういう心を持つ人間なのだろう」

「……」

「私もあのパラスは扱えないだろうな。魔力は放てたとしても、それを固めることができないだろう。私は、私自身のことすら強い意志をもって守ろうとする気がないのを自覚している」

「……そうなのですか?」

「だいたい、私は荒事が嫌いだ。魔法の武具の類はうまく扱えた覚えがない」

「荒事が嫌いというには、今日の駅では派手にやったように見えましたけど?」

 いささか皮肉っぽくテオは言うが、

「友人に危険が及ぶならできる限りのことはするさ。友人でなくとも、私にとってよき人間なら、私の手の届く範囲で。妻とともに培ってきた私なりの倫理だ」

「奥さん……」

 テオがつぶやくと、ショールはしばし沈黙した。


 再び語り始めたのは、丘の坂道を登り始めてからだった。

「さっき、私が世界をさすらった話をしたが、私は一人ではなかった。幼いころ、港で売られたあの日から、私は後に妻となる女性とともにあった」

 ショールはフードをかぶり、その表情は見えない。

「彼女もまた奴隷で、私とそう歳も変わらない少女だったが、特別な才能を持つ神童と見なされていた。女性には不向きとされる東洋の魔法……、鬼道とか、方術とか呼ばれているが、それをも砂が水を吸うように習得した。荒事が嫌いな私と違い、戦いに使える術も体得し、武の技にも優れていた。そして、ただ才に恵まれていただけでなく、旅の中で与えられた教えや、見聞きした物事から、人としていかに生きるかを模索できる人格もあった。私の価値観、倫理観も、彼女が与えてくれたものと言っていい」

「……」

「彼女は私にとって姉のような存在であると同時に、師でもあり、守護者でもあり……、母と言っていい存在だったかもしれない。彼女がいなければ、今の私は在りえなかった。私はいつも、その背を追い、差し出された手を握っていた」


 ショールは顔を上げ、どこか遠くを見つめた。

「旅の果て、白海帝国のとある人々に迎えられ、そこで安息を得た。はじめて尊敬できる仲間たちを得ることができた。しかしそこで私は、彼女に置いていかれたような気持ちを抱くことになった」

「え……?」

「私たちを迎えてくれたのは騎士団だった。当時の帝国は、自領の半島もまともに統治できていない状態でね、荒れに荒れていた。彼女はその異才を発揮して武功を上げ、仲間たちの称賛を浴びる存在となった。私ひとりの守護者ではなくなったわけだ。私は疎外感を感じた。多分、嫉妬も。彼女を囲む仲間たちに対して、そして、自分を置いてずっと高い所に行ってしまった彼女に対しても」


 ショールは軽く目を伏せ、そして首を振った。

「馬鹿なことだ。私には私で、彼女とは違う役割があったのにな。争いより逃げ隠れが得意な私が、彼女たちと同じ働きができるわけもなかった。それを理解して、私は初めて彼女の庇護から独り立ちし、その隣に立つことができた」

「今、奥さんやその人たちは?」

 軽い調子で尋ねたテオだったが、

「すべて失われた。妻も今は、手が届きそうで、届かないところにいる」

 いつもの声色より、わずかに低くそう言った。


 テオは思わず足を止めた。フォルスに促されてあわててショールに追いつき、声を低く、

「すみません、余計なことを……」

「かまわない。気にしなくていい」

「リディアはあなたの奥さんが、あの、島船にいるようなことを……」

 ショールは少しの沈黙の後、

「そうだ。だから追っている」

「なぜ、島船に……」

「分からない。おそらく彼女にも。彼女はあそこから出ることができなくなった」


 少しの沈黙の後、ショールはテオに目を向け、話題を変えた。

「ひとつ、約束を忘れていたな」

「約束?」

「魔法の適性を調べる道具の話だよ。戻ったら、試してみようか」

「あ、はい……」

 戸惑うように答えたが、テオの顔に影はなくなっていた。


 坂道を二度ほど折り返し、最後の上り坂に至る。


 登りながら、タロッソスの町を見下ろす。

 丘へと伸びる目抜き通りと、丘や神殿の手前を横切る大きな通りがT字を作っている。丘に近い区域には、ヤルハ神殿を含む古く堅牢な建物が立ち並ぶ。その一方、その外側はここ200年の間に整備されていったものらしく、道路は格子を描いて綺麗に区画分けされていて、屋根の色も赤に統一されている。


 丘を登り切ると、そこは広く整地された台地になっており、暴君クレトス時代の遺跡が残されている。説明書きの書かれた看板によると、正面がクレトスの神殿跡のようだ。基礎の敷石と、そこに上がるための5段ほどの石段が残されている。

 目につくのは、かつてあった屋根を支えていたであろう大きな石柱だ。いずれも半ばで崩れているが、最も高く残されたものは20メートルを超えているだろう。

「幅で30メートル、奥行きでその倍程度か」

 ショールは基礎の敷石に近づき触れる。四角に切られた石のひとつひとつがかなり大きい。

「当時、この場所にこれだけの石材を運んだだけでも相当な人足が必要だったはずだ」

「暴君と呼ばれた男ですからね。周辺部族を奴隷として狩るようなことは当たり前にしていたようです」

「神殿ということはいずれかの神を祀っていたはずだが……」

「そこははっきりしません。自分自身の像を神殿で祀らせていたとも聞きます」


 その神殿跡を進むと、奥に石積みの広い台座があった。ショールの胸ほどの高さがある。1メートル半ほどか。上にあがるための階段はないようだ。

 手前の案内板には「巨人の寝台」と書かれていた。

「ここに巨人が横たわっていたわけか」

 テオは敷石にある穴を指さす。

「あそこの穴が見えますか? 巨人を縛る鎖を打ち付けていたんです。同じ穴がこの寝台に10箇所以上あるはずです」

「この寝台と、右手の大きさから考えると、巨人の大きさは50メートルほどだろうか」

「はい、そんなものだと言われてます」


 その時、ファティアがショールの足元に近づき、そのブーツを引っ掻いた。

 ショールが気づいて見下ろすと、ファティアはとことこと歩き出し、そして一度足を止め、ついて来いと言いたげに振り返る。

「おい、どうしたファティア」

 テオがその言葉を言い終える前に、ショールはファティアの後を追う。


 ファティアは巨人の寝台を迂回し、その奥へと進んだ。

 彼女が足を止めたのは、丘の裏側、町に対して丘の反対側が見渡せる場所だった。

 森に囲まれた湖が見える。

「地図にあった湖はこれか」

「ええ、そうです」

 ショールはファティアに見上げられながら、その湖を眺める。

 タロッソスの町と同じくらいの広さだろうか。遠めに見て藻がかかった泥の色というべきか、あまり口にしたくないような水の色だった。

 周囲は深い緑色の森で、周囲の平原に比べ隆起があるようだ。所々岩も突き出て見える。見た限り、湖に接続する川もない。

「……」

 ショールは湖を、無言で見つめ続けている。

「ショール?」

「テオ、あの湖について、何かいわれのようなものはないか?」

「いわれ? さあ、聞いたことはないですが……」

「そうか……」

 ショールは再び口を閉じ、睨むようにその湖を見つめ続ける。

 その足元のファティアも、お座りして同じように湖を見る。

「何か、あるのですか?」

 いささかの不安を込めてテオが尋ねると、

「ある」

 断言した。

「嫌な予感がする。あの湖を埋め立ててしまいたいくらいに」

 テオは、その言葉に言い知れぬ不安を抱きながら、リディアに言われたことを思い出していた。ショールの「嫌な予感」は決して聞き流すなということを。



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