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巨人の丘①

 巨人の丘も、今では公園化し観光地になっているらしい。

 かつて丘を囲んでいた城壁や柵は、公園を囲む仕切りとして整備され残されている。門楼と落とし格子を備えた大きな門をくぐると、丘の麓に芝生が広がる。

 道は石が敷かれ、花壇はきれいに整備され、城塞の建物を改装した歴史博物館や美術館もあり、噴水やオブジェなどが目を楽しませている。いまひとつ垢ぬけなかった町の中に比べると、まだ洗練されて見えた。

 テオ曰く、この公園の整備で、タロッソスは景観を整える予算を使い果たしたのだとか。


 ショールとともに歩くのは、テオと、彼に手綱を取られている走竜フォルス、その足元をとことこ歩くファティアだ。

 最初、公園の中を車では入れないからと、フォルスは置いていかれそうになった。

 抗議の声をあげるフォルスに、テオはしかめ面を向けていたが、

「彼女は君が心配なんだよ」

 後ろからショールに言われた。

「心配……、どうして?」

 不機嫌さを隠さず答えると、ショールはさらりと、

「さっきも言ったが、君は感情が表に出やすい。さっき、王太子殿下とイスロの学生たちが来ることを聞いてから、明らかに様子がおかしい」


 テオは鼻白みつつなお反抗的な目を崩さなかったが、

「そのことに深入りするつもりはない。だが彼女は連れて行こう。それにその子も」

 ショールが指さす先には、ねだるようにテオのブーツをひっかくファティアがいた。そのまなざしもテオを心配しているかのように見えた。

 さっきまで怒ったように鳴き声をあげていたフォルスも、今度は甘えるような声とともに顔を摺り寄せてきた。テオはそれ以上何も言えなかった。

「走竜を連れていくことに問題がないかどうか、神官長どのに尋ねてみよう。フォルスもたまには車を引かず身軽に歩いたほうがいいだろう?」

 フォルスが賛同の鳴き声を上げ、テオは苦虫を噛んだ顔をしつつショールに従った。


 走竜のような大型の生き物を入れるとなると、当然許可がいるそうだが、ショールから話を聞いた神官長は、快く入園の手配をしてくれた。

 フォルスの首には、ヤルハ神殿の紋章である、金色の十字槍が描かれた布地が巻かれている。これが神殿の保障となる。

「おしゃれじゃないか」

 相変わらずの平坦な声ながらもショールにそう言われ、ファルスはうれしそうに鳴いた。テオはまだ仏頂面が収まらない。



 公園に入ったところで、ショールは背後を振り返る。視線の先にはヤルハ神殿がある。

「こうして見ると、確かにヤルハ神殿は丘を監視しているんだな」

 ここから見たヤルハ神殿は裏手になるが、その壁や切妻、梁の部分には正門で見られる以上に多くの彫刻や壁画がある。

 古代の壁画やレリーフは、多くは横を向いているものだが、そこに掘られた人物たちはいずれも正面を、巨人の丘を見ている。いずれも鎧を装着し、武器を手にしている。

「そのための神殿ですからね」

 まだ不機嫌さを残したテオが返すと、ショールは、

「そういえば、太陽神の子孫の国に、なぜ雷神ヤルハの猟犬が与えられたのだろう?」

「神話の時代に、一匹のマギフスが黒雲で太陽を隠し、飢饉を起こして人々を争わせようとしたことがあったそうです」


 ヨレンの人々から助けを求められたソアラは魔法神オハリアの力を借りた。

 魔法神オハリアは世界のはじまりに魔法を作り、その在り方を定めた神で、世界の創造の終わりとともに夜空の果てに消えた「去っていった神」の一柱だ。白い炎の体と三つの星雲の目を持つ、神獣ペリューンを乗騎にしているという。


「ソアラから助けを求められたオハリアは、ペリューンの白い火を落として黒雲を焼き祓いました。そしてソアラはその炎を群雲の王たる雷神ヤルハに渡し、ヤルハはそこから猟犬を……」

 そこまで言って、テオの脳裏にひとつの光景がひらめき、ショールの腰の鏡に目をやる。ショールが自分の弓を蘇らせたとき、その鏡から溢れさせた白い炎……。

「どうした?」

 ショールに声をかけられ、テオは我に返った。

「いえ、何でもありません……。まあとにかく、ペリューンの火によって黒雲が燃やされ、その炎からヤルハが猟犬を作り、ヨレン王に託したのです」

 その猟犬はヤルハから雷霆の力を与えられ、雷鳴をもってマギフスを雲の中から追い立てた。そして王子レアンドロスを導き、矢で射殺させたとされる。


「なるほどな」

 言いながら、ショールはファティアを見る。その金色の目は、まばたきせずにショールを見上げていた。

 ショールは身をかがめ、ファティアの頭にそっと手を置いた。

「犬は古代から、魔を察知する獣として人間とともにあった」

「魔法神オハリアの乗騎ペリューンも、マギフスと戦うときは、その炎の体を犬の形に変えたそうですが……」

 言いながら、テオはショールの腰の鏡が気になる。


 ふと、子供のはしゃぐ声が耳に入り、テオははっと顔を上げた。

 それほど人の多くない公園の中、母親に連れられた子供たちが、珍しい走竜の姿に指を指している。

 フォルスもその子供たちに向かって明るく鳴くと、子供たちは何やら喜んで母親に語りかけている。

 テオはその光景に、まぶしそうな眼を向けた。

「テオ?」

「……何でもありません」

 暗い声で顔を背けようとするテオに、フォルスが心配げに鼻先を寄せてきた。

「大丈夫だ、フォルス、大丈夫だ」

 言いながら、テオはフォルスの手綱を取り、

「行きましょう、従士さま」

 ショールはうなずき、歩を進めた。



 資料館の横を通りかかったとき、その近くにある簡素な小屋の前で人だかりができていた。ショールは歩きながらその光景を横目にする。

 10名ほどの視線が集まる中、中年の男性が、ふたつの青銅の壺を並べていた。ひとつは金色で、ひとつは青緑色になっている。

「皆さんは青銅と言えば、こういった色を思い浮かべるかも知れませんが……」

 男性が手を置いたのは、錆びて青緑色になった壺だ。

「これ、錆びた色なんです。この壺の元々の色は、こんな風であったと言われています。青銅は銅と錫の合金で、その割合によって、金色にも銀色にもなるのです」

 そして、金色の壺に手を置いた。


「ああ、青銅について説明しているのか」

 ショールが言うと、

「そうですね。あそこでは実際に簡単な青銅器を作ったりもします。小屋の中に炉があるでしょう?タロッソスの市長は、ああいう催しもしながら青銅巨人の地として観光客を誘致しようとしているそうですが……。まあ、交通の便もよくない所ですしね。なかなかうまくはいかないみたいです」

「なるほど」

 言いながらショールは足を止め、写し絵の紙を取り出す。顔の前にそれを掲げ念じる。博物館と、青銅器について講義する風景が写し出された。


 それを見て、テオがつぶやく。

「従士さまはやはりすごい魔法使いなのですね。機具もなく、そんなあっさりと写し絵を描くなんて。俺は写し絵の機具もうまく扱えません」

 その言葉と彼の表情には、自嘲のような響きがあった。


 ショールは写し絵に目を置いたまま口を開く。

「私も昔は写し絵を撮るのは苦手だった。多分、私の中の拒否感がそうさせたんだろうが……」

「拒否感?」

「私がはじめて写し絵を撮るのを見たのは、東洋、華夏(かか)の港だ。ローレアの旅行者が楽しげに異国の風景を撮っていた。それは当時の私にとって、面白くない光景だった」

「なぜ?」

 テオは首を傾げた。ショールさらに視線を下げ、続ける。

「私の人生は記憶のはじまりから、ずっと旅だった。自分がどこで生まれたかも知らない。どんな出自を持つのか、親の顔はどんなだったのか、生まれて最初に話した言葉が、どこの土地のものだったのかも分からない」


 ショールは写し絵をしまい、テオに視線を向けると、

「私は奴隷だった。人生で最初の記憶は、幼いころ、インダスの海のさらに東、東南海の奴隷市場に並べられた時のことだ」

「そんな、奴隷なんてもう……」

「禁止協定に加盟していない辺境国では、今でも奴隷は売買されている。奴隷の需要は今もある。協定に参加している列強、大国の間でも」

 ショールはテオから視線を外し、博物館の方に顔を向ける。

「私の人生は奴隷ではじまり、それからずっと、流されるように、追われるように旅を続けていた。行く先には常に危険があった。その一方で帰れる場所を持ちながら、安全で快適な旅をしている人がいる。そんな彼らが旅先で楽しげに写し絵を残している姿に、私はどうしても良い印象が持てなかった」

 ショールはわずかに視線を下げた。

「写し絵に対する印象が変わったのは、ようやく落ち着ける場所を得てからだ。そこで撮られる写し絵は、暖かい思い出を残すものだった。子供が生まれた日、何かを成し遂げた日、結婚の誓いを立てた日……」

 言いながら左手を軽く握った。小指に指輪がはめられた左手を。

「それを知った時から、私も器具を使って写し絵を撮るくらいのことはできるようになった」


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