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タロッソスのヤルハ神殿②

 ショールは厳しい表情で口を閉ざしている神官長に目を向けた。

「神官長さま。何か、心に引っ掛かっていることがおありですか?」

 言われて神官長は小さくうなり、

「実は、くだんのヤルハ神殿……青灰の湖のヤルハ神殿には、ちと、いわくがありましてな」

 戦士長も口をひき結んだ。言いづらい話のようだ。リディアも押し黙った。何か、察してはいるようだ。

 ショールは少しの沈黙ののち、

「どうやら、外部の人間が軽々しく聞くべき事柄ではなさそうですね」

 神官長はかぶりをふり、

「お話したいところでありますが、確信をもって話せる事柄ですらないのです、従士どの」


 ショールはうなずき、戦士長に目を向け、話題を変える。

「鉄の竜に従っているという集団が何者か、見当は?」

「昨夜、湖に向かった一団の中に、アブロヌの信奉者がいた」

 リディアの目が鋭くなる。

「奴らが……」

「駅での一団には、それらしい気配はなかったが……」

 ショールが言うと、

「そう、駅にいた連中には、アブロヌ信奉者が持つ独特のエーテル反応はありませんでした。今度の件に関しては、奴らは主幹ではなく協力者と見られるようです。そして、湖に現れたアブロヌ派の女は同行していた者たちを『クレトスの子』と呼んでいたとか」

「クレトスの子……。つまり、暴君クレトスの信奉者と?」

 そう言ったショールに戦士長はうなずく。


「暴君クレトスを祖と仰ぐ魔術結社の存在は、古くから噂として囁かれていました。クレトスが破れて2500年、数々の事件の裏でそれらしい影がちらついていましたが、その実態は全くの不明です」

「単にクレトスの名を借りた魔術士の集団というわけではなく?」

「それすら分かりません。これまでは実在すら疑わしいとされておりましたからな」


 そこでふたりが沈黙したところで、リディアが戦士長に尋ねる。

「クレトスの信奉者の件は置いておくとして、先ほどの話では、鉄の竜はこのタロッソスに向かっているとのことでしたが、この町への応援などは……」

「竜を追う聖禽隊の一隊、それと聖戦士のバイアン卿が明日にもここに到着するが……」

「バイアン卿ですか……」

 それからリディアは何かに気づいたように眉を上げ、

「そういえば、聖禽隊と言いましたが、隊員の名前などは……」

「ああ、率いているのは中尉アレコスどのだ」

「やっぱりですか」

 言いながら、リディアはショールに目をやったが、ショールは眉一つ動かさない。


 戦士長は続ける。

「実は、こう言っては何だが、ひとつ大きな問題があってな」

 言いづらそうにする戦士長に代わり、それまで黙っていた神官長が口を開く。

「実は、王太子テルセウス殿下を含む学生の団体が、歴史の講義でこのタロッソスを訪れる予定なのです」

「はぁ!?」

 リディアが思わず声をあげて腰を浮かせた。戦士長はひとつ空咳をし、神官長は苦笑した。

「リディア卿、素の顔が出ましたな」

「……失礼しました」

 リディアは行儀よく座り直した。


 ショールは特に驚いた風でもなく、

「こちらに到着するのはいつになりますか?」

「明日の午前に」

「郊外の貨物駅で銃火器を用いた事件があったばかりです。王太子殿下の身の安全を考えれば、中止も検討されるのでは?」

「であればよろしいかとは思いますが、我々では何とも……」

 温厚な神官長が、心底困った顔を見せた。

「ただそれを受けて、この町に警察隊や軍、聖戦士が派遣されることになってはおります」


 ショールは少し考え込むように視線を下げてから、

「とにかく私は私で『水晶の奥方』の依頼を進めたいと思う。この町と巨人に関わる遺物について調べを進めたいのだが……」

 神官長は穏やかな笑みを浮かべ、

「でしたらまずは巨人の丘に行くのがよいでしょう。ですがその前に……、昼食はおすみですかな?」



 パンや野菜のグリル、魚の揚げ物などが、燭台の置かれた長いテーブルに並べられた。テーブルの中央には、小さいながらも孔雀の羽をあしらったテーブルフラワーがある。孔雀の羽の飾りがあるのは、その昔、天に近いものほど上等な食べ物とされた頃の名残だそうだ。


 昼食は、神殿の神官や奉仕者、聖戦士の全員が集まる。

 雷神ヤルハと言えば正義と秩序の神でもあり、その神殿は食事の席次に至るまで厳格に序列が定められるというが、

「いや、俺はリディア卿の従者ですよ、こんな上席では……」

 テオは、ショールとリディアに次いで、客人の座る上席の方に案内された。

「従者といえども今日は立派な武功を立てただろう。それにこの神殿で君を知らぬものはおらんよ。遠慮するな、雷神ヤルハもお許しいただけるだろう」

 戦士長にそう言われ、渋々席に着いた。


「クレトスがここに拠点を築いた理由ですか。なるほど」

 その席でショールから質問を受けた神官長は、感心したようにうなずいた。

「すばらしい着眼点です。あなたの疑問は、長年にわたって議論されていた謎のひとつなのです」

「その答えは出ているのだろうか?」

「残念ながら、出ていません」

 神官長は、微笑みながら首を振った。


「有力な説としては、当時のエルゲ都市国家群は、丘のような小高い場所に神殿を設け、その周囲に都市を築く文化があったので、それにならった、というものがありますね。この地方はほとんどが平原や湿地で、山はおろか、小高い丘や台地もほとんどないのです」

「確かに、エルゲに残る都市国家の遺構は、丘を中心にしていたものが多いが……」

「はい。ですが、それよりも利便性のある場所が多くあるのに、それを捨ててまで丘を取るか、という疑問があります」


 すると他の神官からも、

「他の説としては、タロッソスは周辺部族に対する前線基地にすぎず、本拠は別の所にあった、などというものもあります。これも肝心の本拠地の遺構が確認されない以上、憶測にすぎませんが」


 食事の席が賑やかになった。他の神官たちまで議論をはじめたようだ。この神殿は歴史の探究者が多いらしい。


「青銅巨人の右手は拝見したが……。表面を覆うのみとはいえ、大量の青銅を必要としたはずだ。それはどこから採掘したのだろう」

 ショールが疑問を口にすると、若い神官が、

「それも歴史の謎ですね。当時は今よりずっと、銅も錫も採掘地は限られていました。クレトスは本国に気づかれぬよう、ひそかに青銅巨人を造り上げたと言いますが、そんなことが果たして可能だったのか。周辺部族からの略奪、本国から送られた青銅の武具の流用、他国からの支援もあったのではという説もありますが、はっきりしません」


「ひとつ面白い伝説もありましてね」

 少し丸めの顔をした神官が話に入り、

「巨人の丘の地下に、失われた千年紀以前の文明の遺構があり、そこにあった大量の青銅器を溶かした、なんて話もあります」

「いや、さすがにそれはないだろう」

 半白頭の少し気難しそうな神官が言う。

「実際に巨神の丘の内部をエーテル探知で探ったこともあるが、少なくとも魔法に関わるものの反応はなかった」

「ええ、もちろん伝説に過ぎないことは分かっていますとも。ですが失われた千年紀以前には、アッカリアからこの地に至るまで勢力を伸ばした謎の王朝が……」

 そこでも議論が始まった。リディアはすました顔でスープをすすり、テオは少し呆れた顔でパンをちぎっている。


「お食事中に失礼します。戦士長はおられますかな?」

 食堂の入り口から声がかかった。見ると、いつぞやの立派な髭の警部が左右に部下を従えてやってきた。

「これは警部どの、どうかなされたかな?」

「本日の駅での件、それと、明日の王太子殿下の警護の件について市役所で会合が行われることになりました。聖戦士の皆様にもご出席いただきたくお知らせに」

 それを聞いたテオが小さくつぶやく。

「王子殿下の警護?」

(イスロ学院の歴史の講義で、殿下を含めた学生たちがタロッソスに来るそうなの)

 その念話を送った時、テオの顔に影が走ったのを、隣のリディアは横目で見た。

 そのリディアにも警部は顔を向け、

「なお、リディア卿にもご出席をお願いいたしたい」

 それにリディアは眉をひそめ、

「わたくしもですか? わたくしは警護任務が……」

「そのあたりのことも含め調整を行いたいと、レオンティウス殿下からもご伝言を承っております」

 リディアは一瞬あからさまに嫌そうな顔をしたが、

「承知しました」

 その横で、テオは暗い顔を伏せつつパンを口に入れた。




 昼食の後、リディアを含む聖戦士たちは市役所へと向かった。

 ショールは神殿の厩に向かうと、やはりそこにテオがいた。桶に顔を入れて食事をするフォルスの横で、子犬のファティアにも、皿に注いだ牛乳を指し出していた。

 ファティアはその皿に口をつけず、どこか心配そうににテオを見上げていた。


「君はどうも、感情が顔に出やすいな」

 ショールが後ろから話しかけると、テオは自分の両頬を軽く叩いて立ち上がり、

「そうでしょうか?」

 向き直ったその顔には、昨日初めて出会った時のような険が見えたが、そんなテオにフォルスとファティアが一緒になって一声吠えた。

「……」

「フォルスもファティアもそうだと言っているな」

 テオの顔からいくらか毒気が抜け、うるさいと言わんばかりの顔で二匹を睨んだ。フォルスもファティアもどこ吹く風だった。

 それからショールに顔を戻し、

「お出かけですか?」

「ああ。一緒に来るか?」

 テオが答えるより先に、フォルスとファティアが賛成とばかりに吠えた。


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