タロッソスのヤルハ神殿①
フォルスとともにファティアを奉仕者に預け、見上げるような大きな門から聖堂に入る。槍を手にした雷神ヤルハの青銅像を背に、神官長みずから出迎えてくれた。
「従士ショール、ようこそおいで下さいました。到着早々、大変な目に合われたようで」
白髪で長身で、温厚そうな老紳士だった。
「しばらくでしたなリディア卿、それにテオも。元気そうで何よりでした」
先ほどの戦士長の話だと、彼はテオの大叔父に当たる。
彼はテオに顔を向けた時、微笑みをわずかに広げてうなずくようなしぐさを見せた。そしてショールに視線を戻す。
「あなたへの協力は、ルーン神殿を通して『水晶の奥方』より要請を受けております。かの青銅巨人の右手をご覧になりたいとか」
老神官は、神殿の境内にある石の建物へと案内してくれた。
周囲を鉄柵は基礎の石積みからして頑強に作られ、高々と建てられた柵のその先端は、乗り越えられないよう、槍のように鋭利に尖っている。
「昔、この柵を越えて中に入り込もうとしたふたりの子供がおりましてなあ。確か、テオとリディアという名だったか……」
「し、神官長……」
懐かしそうに語ろうとする神官長を、リディアとテオは慌てて止めた。
「これを子供が乗り越えるのは無理でしょう。感知魔法もかかっている」
無表情ながら、どこか面白そうにショールは言った。
その中にあるのは、これといった装飾のない四角い石造りの建物で、小屋と言っていい大きさだった。一枚板の屋根は四方の壁からはみ出し、はみ出した部分で軒を成している。
単純だが、壁は分厚く見るからに頑強に作られていた。
神官長が鍵を開け、その分厚い扉を戦士長がゆっくりと押し開ける。
開けてすぐに地下に降りる階段があった。
その階段を下りながら神官長は語る。
「かつてこの建物があった場所には、尖塔が建っていたと言われております。しかしアブロヌ王の侵攻と巨人の復活の際に破壊されたそうです」
灯りひとつない地下への階段を戦士長が先導し、それぞれエーテル灯のランタンを手に下りてゆく。
「この地に残された巨人の右手は、当時のテルセウス一世陛下の御定により厳重に封じられることになりました。そこで、この場所を深く掘り、石室を設けて封じたうえ、二度と地上に出ることのないよう、この狭い階段のみを残して石室を固く埋めたのです」
何度か階段を折り返し、たどり着いたところにあったのは、大きな鉄の扉だった。
「かつてこの扉を開けるには、タロッソスの町長、神官長、聖戦士長が持つ3つの鍵が必要でした」
今やその鍵は全て神官長の手にあり、彼はひとつずつ錠を開けていく。
ショールはその扉を見て、
「かなり強力な結界もかかっていたようだが……」
「はい。ですが今では年月を得てすっかり減衰しております」
鍵を開け終えると、入り口の時と同じように、戦士長が押し開けた。
闇の中に、巨大な何かの気配がある。
リディアは平静な顔をしているようだが、テオは背筋が震えそうになるのをこらえた。
戦士長が入り口近くの燭台にエーテル灯を設置すると、連鎖して壁の灯が灯ってゆく。
広間と言っていいほど大きな石の部屋に、巨大な手があった。
わずかに指を折り曲げて掌を伏せ、幾本もの太い鎖で縛られていた。
「これは……」
ショールはわずかに目を鋭くした。
確かに青銅の手だった。長い年月に錆びて緑青に覆われている。その大きさは人一人ぐらいなら簡単に握りつぶせそうだった。
ショールの目は、指の関節に向いた。その隙間から、黒い鉄のようなものが覗いている。
「青銅でできた巨人というより、何かの上に青銅をかぶせた……?」
「そうです。鉄の骨格の上に、青銅の皮をかぶせたといいましょうか」
「それにこの中の骨は……」
戦士長がそれに応じる。
「そうです従士。あの場では言わなかったが、巨人の中にある骨は、駅に運ばれていたあの骨によく似ているのです」
ショールはその手に近づき、青銅の合間から指の関節を見る。一本の骨が折れ曲がっているのでなく、ふたつの骨が接着しているようだ。
「磁石のようにくっついている」
死霊術士は肉を失ったスケルトンを使役すると言うが、それに青銅の鎧を着せたようなものだったのか。
「話に聞いた青銅巨人は、当初こそ暴君の操り人形だったが、後にはヨレンの守護者として蘇ったように語られていましたが……」
神官長はかぶりを振り、
「毒をもって、といったところだったんでしょうな。巨人は間違いなく危険な存在でした。巨人の丘に横たわったまま2000年以上放置されたのも、迂闊に処分することもかなわないほどの呪物であったからと聞いております」
このタロッソスも、暴君クレトスが破れて後は、巨人を監視し、人を近づけさせないための城塞と神殿があっただけで、町として開発されたのは、200年前の巨人の復活以後だという。
戦士長がショールの横に進む。
「アブロヌ王が用いた竜骨の魔物の骨と、巨人の骨格が類似したものであることは、アブロヌ王の侵攻当時から言われていたそうです。あなたはあの駅にあった骨をマギフスと言いましたが、これも……」
「マギフスの遺物だ」
ショールの視線は、青銅の隙間に見える黒い物体から離れない。
「できれば破壊したいくらいだが、それが無理なら、今からでもここを厳重に封じた方がいい」
ショールたちは地上に戻り、扉も柵も再び閉じられた。
「すでにお聞き及びだろうか。今、クレトスの巨人をめぐり、不穏な動きがあるのです」
戦士長は言いながら、ショールらを聖堂横の客殿へと案内する。
「巨人の眠る青灰の湖にも、ヤルハ神殿があります。巨人を封じた神犬ファティアは雷神ヤルハから送られた猟犬の子孫です。その縁から、ここと同じく青灰の湖のヤルハ神殿も、巨人の封印と監視のために建立されました」
その青灰の湖のヤルハ神殿で、事件があった。
「青灰の湖のヤルハ神殿に、神犬ファティアを祀る廟があったのですが、それが何者かに破壊されたのです。それも、一切の魔術を施さない、ただの爆薬で」
「それは……」
リディアが目を見開いた。
「そう、今日捕らえたあの連中と同じだろう」
そのファティアの廟は元々このタロッソスにあり、神犬の遺骨を納めたファティア像があったという。それを青灰の湖へ遷座させ、巨人を監視し封じ込めるものとして祀られていたそうだ。
「そこから先は中で話そう」
応接室にショールとリディアのみ案内された。神官長と戦士長が向かいに座り、茶を用意した奉仕者が退出したところで戦士長が口を開く。
「ここから先は、聖戦士と治安関係者のみに通達されたことですが、昨夜、青灰の湖に爆薬を所持した者たちが接近した。そいつらは居合わせた聖戦士の前で自爆し全員が死亡したというが、その時、湖の中から鉄の竜のようなものが飛び出した」
リディアが目を見張る横で、ショールは冷淡に尋ねる。
「鉄の竜……、それは、アブロヌ王が放ったというの竜骨の魔物だろうか? それとも……」
「分かりません。今現在、聖禽隊と聖戦士が追跡しているそうですが、そやつは、このタロッソスに向かっている可能性が高いそうです。そして気になるのが、その竜の協力者の存在です」
戦士長は腕を組む。その横で、神官長は難しそうに眉根を寄せていた。
「竜の行く先で、おそらくはその竜のための銃火器を用意し、自分たちは死霊術の魔法陣を囲んで自殺する……。そんな集団が何組もいたとか」
「それは……、自ら生贄になったということですか?」
リディアが眉をひそめながら聞くと、戦士長はうなずき、
「おそらくな。あの駅の連中も同じ組織のものならば、生かして捕らえたのは連中が初めてとなる」
「しかし生贄など……。それでは青銅巨人の伝承と同じでは……」
「そうだなリディア卿。生贄の命あるいは魂を燃料に動く……。青銅巨人の伝説と同じことをしているのやもしれん」




