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道しるべ

 駅での一件で協力した聖戦士ふたりとともに、ショールたちはヤルハ神殿に向かう。


 聖戦士の男性は、この町の聖戦士長だったそうだ。そして、

「見事な弓の腕を見せたな、テオ」

 テオを知る人物であったようだ。彼はその厳しい顔の口元をほころばせた。

 テオは少年のように照れてうつむきがちになっていた。

「テオ君をご存じでしたか」

 ショールが尋ねると、

「彼の母方の祖父は聖戦士でしてな。私はその弟子であり、部下でした。息子のように可愛がっていただいたものです」

 さらに、

「また、ヤルハ神殿の神官長は、彼の父の叔父に当たります。この町のヤルハ神殿で、彼を知らぬ者はおりません」

 そしてテオの背にある短弓に目をやって、

「お爺さまの弓だな。あの威力……。往年の、いや、それ以上の力を見せたな」

「ええと、それは……」

 テオはリディアにちらりと目をやったが、

「わかっている。従士どのの手によるのだろう。この方は聖戦士の間ではそれと知られた御仁なのだ。なんと言っても……」

 しかしそこでリディアと聖戦士の女性が空咳をすると、口をつぐみ、表情を引き締め直した。厳しい顔を作っているが、根は気さくな性格なのだろうか。

「まあ、君も余計なことは口にしないようにな」

「は、はあ……」



 タロッソスの町は、リディアら銀の氏族の町であるルディオンとは雰囲気が違っていた。あの町は、交通の要所らしい、産業がもたらす活気に満ちているのに対し、

「何と言うべきか、随分と、楽し気な町だな」

 ショールはつぶやいたが、町の入口に青銅巨人の像とともに、「ようこそ、巨人伝説の町へ」などと掘られたゲートがあったり、青銅巨人の伝説を描いたであろう、色とりどりの絵が描かれた看板が散見されたりと、色合いの鮮やかな、しかし、どこか垢ぬけず、雰囲気に軽薄さも感じる町だった。


「ここタロッソスは、広大な農地に恵まれてはいますが、他に目立った産業もなく、交通の要所と言うわけでもありませんからね」

 タロッソスの女性聖戦士が言った。

「でも、暴君クレトスが本拠地としたという、歴史のある地ではありますから、今の市長どのは、観光地としてこの地を売り出したいと考えているようで……」

 

 十字路にぶつかった。広場になった中央に、古い竜の骨が、オブジェとして並べられている。二本足で立つ凶悪そうな竜の骨と、四本足で、盾のような頭を持つ竜の骨とが、戦うように向かい合っている。

「暴君竜……、ティラノサウルスと、トリケラトプスの骨か」

 ショールがつぶやく先で、走竜のフォルスは嫌そうに頭を振った。

「このあたりは、かつて存在した竜の骨がよく出土するんですよ。市長どのはそれも町おこしに利用しようとしておられるようでしてな」

 戦士長の言葉だ。


 かつては、フォルスよりもはるかに大きな、何種類もの竜たちが地上にあり、人類を含んだ多くの生物の脅威となっていたと言われる。

 神話によると、それらの多くは悪神マガファの悪徳の導きに従い、マガファと善き神々との最後の戦いによって滅んだという。

 実際には、ある時地上を襲った大寒波によって、彼らのうち大型の竜種は滅び、フォルスのような小型の竜種や、水に潜む竜種のみが生き残ったとも言われる。


 ヤルハ神殿の屋根が見える。周囲に連なる石柱が切妻屋根を支える、典型的な古代エルゲの神殿建築だった。屋根の前面には雷神ヤルハのシンボルである裁きの槍を模したものが飾られ、その十字の穂先を天に向けていた。



 リディアがやや不安げな顔でショールに尋ねる。

「従士、先ほどの『骨』、ですが……」

「あれはマギフスの遺骨だ。おそらくは神話の時代のものだろう」

 するとテオが、

「マギフスって、悪神マガファの眷属で悪魔……、あのマギフスですよね。神話の時代に全て地獄に封じられたんじゃ……」

 その物語は、多くの人々にとってはおとぎ話だった。

「その遺骸とされるものが世界中に存在する。神話の時代、悪神の捕縛以前に倒されたものや、それ以後に、崇拝者によって召喚されたものなどだ」

「それって大抵は作り物や、大昔の動物の化石だったりすると聞きますが……」

「大抵はな。だがたまに『本物』がある。悪魔崇拝者にとっては崇敬の対象であり、極めて強力な呪物でもある。中世代にはそれを封じていた一族が死霊術士の結社に皆殺しにされた事例もある。近代でも新大陸の国や部族が同じ理由で虐殺されている。そして死霊術士たちは奪ったマギフスの遺物を使い、大国すら傾きかねない事件を起こした」

「あれがそうだとして、どこから……」

「アブロヌの竜の骨……」

 これは聖戦士長のつぶやきだ。


 ショールは聖戦士長に尋ねる。

「かつて魔王アブロヌが竜骨の魔物を用いてこの国を攻め、青銅巨人によって撃退されたことは聞きました。では、巨人に倒された魔物の残骸は……?」

「その一部は王都のソアラ神殿とテルセニア大学に研究のため保管され、残りは全て念入りに処分されたそうです。ですがその回収が始まったのはアブロヌがもたらした破壊と混乱が落ち着いてからのことで、それまでにいずこともなく消えたものも多かったと伝えられます」

 ショールは視線を下げ、考え込んだ。そんな彼にリディアが問う。

「従士は、先ほどの骨こそ、消えた竜骨の魔物であったとお考えですか?」

「それは分からない。だが……」

 ショールは顔を上げ、

「あの骨は、あの場で破壊しておくべきだったかと、考えている」

「それはさすがに……」

 あのコンテナの積み荷は、警官隊が回収していった。それらは一都市の警察隊の手に余り、軍がそれを引き取る手はずになっている。


 戦士長がショールの横に馬をつけてきた。

「従士ショール、あなたは青銅巨人について調べるためにこの町に来たのでしたな」

「はい、そうなります」

「ご存じかと思いますが、ヤルハ神殿には巨人の右手が保管されています。それをぜひ、あなたに見ていただきたい」

 声を低く、そう言った。

「元よりお願いするつもりだった」

 そう答えたところで、馬車が止まった。


「なんだ、どうした、フォルス」

 テオが相棒の走竜に声をかけたが、彼女は首を低く下げ、匂いを嗅ぐようなしぐさを見せていた。道に何かがあるようだ。

 そこはヤルハ神殿の正門まで百歩の場所だった。

「なんだこの子、いつの間に……」

 左前を先導していた聖戦士の女性が馬上で戸惑っている。

 テオは車を降りて、フォルスの横へと歩を進め、彼女の鼻先を見やる。

 

 そこに、子犬が行儀よく座っていた。

 耳をピンと立て、凛とした顔をしていた。その身は輝いて見えるほど綺麗な白い毛に覆われ、瞳は黄金のような色をしていた。

 その視線は鼻先を近づけるフォルスでなく、車に座るショールに向けられているようだった。

 フォルスが身を起こし、テオに顔を向けた。困った風でもなく、この子に近づいてみてほしいとでも言いたげな顔だった。


「おいお前、こんな所に座り込んじゃ、車が通れないだろ」

 言いながらテオはその子犬に近づく。

 するとその子犬の耳がぴくりと動き、驚いたようにテオを見上げた。

「うん……?」

 テオはその様子に、いぶかしげに腰を下ろし、子犬を見下ろす。

 子犬は口を半開きにし、信じられないといった様子で目を見開いて、テオの顔を見つめ続けた。

 その尻尾が左右に振れ、少しずつ勢いを増した。そして子犬は跳ねるように立ち上がると、テオの左ひざに飛びついた。

「おいなんだ、おい……」

 テオが戸惑いながら抱き上げると、子犬は甘えるようにくんくん鳴いて前足をかきながら、鼻先をテオの顔に突き出そうとした。


 ショールも車を降りて近づき、フードを外してその子犬を見つめる。

 子犬もその視線に気づいて、尻尾を止めて元の達観した顔に戻ると、テオに抱き上げられたまま、ショールの顔をじっと見つめた。

「従士どの?」

 下馬したリディアもその様子に怪訝な顔で近づいた。


 ショールの口から、言葉がこぼれる。

「ファティア」

 それを耳にしたリディアとテオが首をかしげ、遅れて下馬した戦士長が、

「青銅巨人を封じた神犬の名ですな。英雄エウメロスの忠実な友の」

「名前をつけたのですか?」

 リディアが問うと、

「いや。この子を見て、なんとなくその言葉が浮かんだ」

「たしかに神犬ファティアも、純白の体毛をしていたそうですが」

 テオはその顔を覗き込む。子犬はうれしそうに尻尾を振った。

「この金色の眼も、ファティアの言い伝え通りですね。ちょっと珍しいかも知れませんが……。ああでも、こいつ、メスですよ」

テオが子犬の腹の下を見ながらそう言うと、子犬は一度きょとんとした顔をし、次いで抗議するように身をよじり暴れ出した。

「おいおい……。なんだお前、俺の言うことが分かるのか?」

 そこにフォルスまでテオに顔を突き出して吠えてきた。

「お、おいフォルス……」

「テオ」

 リディアも腰に手を当て呆れた顔をした。

「だけどこいつ、犬……」

 さらにフォルスが吠えた。

「わ、悪かったよ」

 テオは子犬を抱き直してその頭を撫でると、子犬は機嫌を直し、おとなしくなった。

「ファティアというのは、オスの名なのか?」

「まあ普通はそうです。神犬ファティアにちなんで名づけられるものですけどね。ああ、ちなみにフォルスも、どちらかというとオスの名前……」

 そこにフォルスが顔を突き出し鼻息荒く睨んできたので、テオは口をつぐんだ。

「それで、どうするんだ、テオ。その子を拾っていくか?」

 リディアに言われると、テオは困ったように、

「いや、仕事中にそんな……」

「連れて行った方がいい」

 ショールが口を挟む。その目は子犬に向けられている。

「たとえ君が置いて行っても、その子はどこまでもついてくるぞ」

「そうなんですか……?」

「君が拾うのに差支えがあるようなら、私が預かろう」

 そこまで言われては反対できない。

「分かりました。俺が世話します」

「それで、名前はどうする?」

 リディアが問うと、テオはやや投げやりに、

「ファティアでいいかと」


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