狂信者たち
タロッソスの町の郊外に倉庫が10棟ほど立ち並ぶ区域があり、そのはずれに駅がある。
箱型の事務所があるだけの小さな駅で、倉庫街の反対は草地に面して視界が広がっている。
その草原側の道に5台もの荷馬車と、帽子を深くかぶる男たちが待機していた。
彼らが待っていた貨物列車が到着した。
列車の荷車にいた男たちが、そのコンテナに無言でよじ登り、駅で待機していた男たちも、用意していたクレーンを動かそうとする。
「ああ、ちょっといいか」
手早く黙々と動く男たちに向け、倉庫街の方から声がかかった。
10名を超える警官隊だった。黒い官帽と両合わせの服を着ている。
その後ろにいる羽帽子の聖戦士……リディアと、さらにふたりの男女の聖戦士を見て、駅の者たちが一瞬だが目をむいた。
「これは警部どの……。何かございましたでしょうか」
小太り中年の駅員が小走りでやってきて、警官隊の先頭にいる、髭の立派な、そして気難しそうな警部に不安げに尋ねた。
「少々聞き捨てならない通報があってな。そこの荷物を改めたい」
「は、はあ……」
その会話の後ろで、荷物の間に隠れようとする者がいるのを、警官隊と聖戦士たちの目は捉えていた。
リディアと、タロッソスの聖戦士、さらには精神感応に疎いはずの警察隊の心にまで念話が届く。
(今見えている全員が銃器を所持している。手投げ爆弾もあるな。コンテナに隠れた者たちは杖を用意している。こいつらはバトルメイジで言えばアタッカーだな)
(ディフェンダーは?)
リディアが念話を返すと、
(いない。だが気をつけろ。この臭い、どこかに毒も所持している)
「お待ちを、お待ちを、何かの間違いでは……」
手を振りながら荷台の一人が近づいてきた。
その右手がオーバーオールの内側に伸びようとしたところで、
「それ以上近づくな!」
リディアが裂帛の声を放った。警官隊も背筋を延ばしたその声に、男の手足も止まった。さらにリディアは駅員に目をやり、
「訪ねたいが、本当に駅員なのか?」
その言葉に、小太りの駅員は一瞬眉根を険しくしたが、すぐに恐縮した仕草を見せた。
「わ、私はもう長くここに務めております。警官隊の皆様も、聖戦士の方々もそれはご存じのはずで……」
「いや、あなたではない。後ろの彼だ」
リディアの刺すような視線は、牽引車のそばに立つ駅員に移る。
「その制服を濡らしているのは血だろう? 元の持ち主のものか?」
その黒い制服は色を隠しているが、胸元から腹部にかけて何かで濡れていた。
そこに、どこからともなくショールの声が響く。
「あったぞ。事務所の床下に複数の遺体だ」
その言葉が引き金となって、駅の者たちの表情が豹変し、それぞれ短銃を取り出した。
小太りの駅員も上着の懐から筒形の爆弾を取り出した。懐から出したときには短い導火線に火が付いている。
大きく振り上げたところで、事務所の影から伸びてきたツタのようなものがそれをからめとって奪い、平原目掛けて高々と放り投げた。
破裂音とともに黒煙が宙に広がり、その中からさらに緑色の煙が湧き上がった。
「爆弾に毒が混じっている。気を付けろ」
ショールの声と同時に、荷台の後ろから悲鳴が上がる。火のともる杖を持った死霊術士たちが、踊るようにもがきながら、コンテナの影から飛び出してきた。その顔面は赤い粉をまとった蜂の群れで覆われていた。そして地面に倒れ込み、痙攣する。
駅の男たちは、銃を手にしたまま、その様子に目を白黒させて固まった。
困惑から頭を左右に振っていた小太りの駅員は、警官隊の後ろから飛び出してきたリディアに首を鷲掴みにされた。
そのまま声も上げられぬうちに宙に持ち上げられ、
「ふんっ!」
地面にひびが走るかという勢いで叩きつけられ、白目を剥いた。
(あれは俺でも壊れる)
模擬戦で投げられたとき、確かに手加減をされたことを、心中で冷や汗をかきつつテオは悟った。
タロッソスの聖戦士ふたりも盾を構えて疾風のように飛び出し、警部も、
「確保しろ! 手に余るなら銃を使用しても構わん!」
盾の力場を展開する聖戦士たちに続き、短銃を手に警官隊も駆けだした。
駅の男たちは半狂乱になりながら銃を乱射してきたが、聖戦士たちの盾の力場がそれを防いだ。爆弾を投げた者もいたが、それはどこからともなく伸びてきたツタにからめとられ、草原に放り投げられ地面近くで破裂した。
狂った笑い声をあげた一人が爆弾を手に突っ込んできた。左手で抱えるように持ち、右手は筒の先端の、さらに小さな筒状の突起に掛かっている。
「自爆する気だ」
ショールの声が淡々と警告する。その男の後ろにも、ふたりが続いた。
先頭のひとりの顔面と右手に粉をまとった蜂の群れが飛び掛かり、たちまち顔面を覆った。もうひとりにはツタが伸びてきて、その首に絡みつき、さらに腕に巻き付いて包帯のように腕と爆弾を固定し、同時に首を絞めた。
それでもその二人はなおもがき暴れる。
(面倒だな、薬物に溺れている。痛覚もないようだ)
ショールの念話が届く。
さらに、残ったひとりが爆弾を胸に抱えて突っ込む。
リディアは背中から杖を取り出した。杖から、白い剣が伸びて矛になった。
彼女は傍らにあった街灯の支柱を斬った。鉄でできたそれを、リディアの矛は枯れ枝か何かのように容易く切断した。
リディアは素早く水晶の刃を納めて杖を背中に戻すと、倒れかけた街灯の支柱を片手でつかみ、
「それっ!」
殺到する男目掛けて横なぎに振った。
「ぐえ……!?」
さしもの男たち、蜂にたかられ杖に巻かれた者たちも、その一振りに、ボールか何かのように飛ばされ、地面を転がって昏倒した。
(どんな馬鹿力だよ!)
警官隊の面々と同じように、テオも目を見開いた。この様子では、自分の出番はなさそうだった。
「使います!?」
リディアは街灯を肩にかつぎながら聖戦士の男に尋ねたが、
「いや、いい!」
彼はそれだけ言って、別の男を槍で殴って昏倒させた。
仲間が次々と打ち倒され、取り押さえられる中、一人の男が列車に駆けた。牽引車へと地を掻くように駆け、窓越しに取り出した瓶の液体を、自分の頭へとかけまわした。
そしてずぶ濡れになると、獣のようにあえぎながら、貨物車に積まれたコンテナのひとつによじ登った。
その男に蜂の群れが飛び掛かろうとした時、男はマッチを取り出して自身の衣服に火をつけた。
たちまち男の全身が燃え上がった。男が自分にかけまわした液体は、燃料か何かだったようだ。
「アーッ!! アーッ……!!」
男が上げた悲鳴は、
「アッハハハハハ……!!」
ほどなく狂った笑い声になった。
男が火だるまになるとともに、迫っていた蜂たちは四散した。男は笑い声を響かせながらコンテナの天板を開き、その中にもぐりこんだ。
その時には男の仲間はすべて地面に倒れ伏し、次々に警官たちの手で確保されていた。
警官のひとりが、男がもぐりこんだコンテナへと駆けようとする。
そこにショールの声が鋭く響いた。
「だめだ、聖戦士の後ろに下がれ。機関銃がくる」
はっとして足を止める警官の前にリディアが飛び出し盾を構えた。
コンテナの中からリズミカルに響く発砲音とともに男の半狂乱の笑い声が響き、無数の銃弾が飛び出してきた。
その銃弾がリディアの力場に叩きつけられる。
轟音とともにコンテナはたちまちズタズタになり、中があらわになる。その闇の中で全身を炎に包み、高々と笑いながら、男は三脚に設置された大きな銃のハンドルを握り、乱射していた。
その銃は、ベルトのように連なる銃弾を吸い込みながら火を噴く。吐き出された薬莢がコンテナからこぼれだす。
「アハハハ……」
火だるまになりながら哄笑をあげ銃を乱射するその様は、地獄から這い出た炎の悪魔のようだった。
銃弾の雨は聖戦士たちの盾の力場を打ち付ける。不可視の幕は雨の中の水たまりのように立て続けに銀色の波紋を放ち、大きく揺らいだ。
「くっ……、月の女神よ!」
リディアをして、その威力は重かった。聖戦士たちは矛を捨て、両手で盾を構えてこらえる。
男はさらに、三脚に据えられたその銃を左右に振り回した。
地面がえぐられ、壁に穴が開く。木の幹が弾けた。聖戦士たちの盾の力場で覆い切れない、地面に倒れた男の仲間にも容赦なく弾は飛び、ひとりは片足を吹き飛ばされ、ひとりは腹をえぐられた。
倉庫街の方で悲鳴があがった。何事かと物陰で様子を見ていた人々がいたようだった。機関銃の弾は彼らのすぐそばまで届いて倉庫の壁をえぐり、窓を割ったようだ。
「馬鹿者、下がれ! 隠れていろ!」
警部の怒声が響いた。警官隊も力場の後ろから発砲するが、短銃では距離が遠く当たらない。
男はさらに、奇声とともに上下左右に機関銃を振り回す。
伏せるテオの目の前でコンクリートの壁の縁が弾けた。事務所のガラスが割れ、真下に並んでいた大きな桶に穴が開いて、中の水が漏れ出す。
「くそっ、雷神よ……、あの男、狂ってる……!」
テオは帽子を押さえながら悪態をつぶやいた。
そこに、ショールの念話が届く。
(テオ、蜂を使って印をつける。そこを君の弓で貫いてほしい)
「……」
自分の方向への銃撃が止んだ。テオはそっと、屋根から顔を出し、コンテナを見る。黄色い煙のようなものが小さく見える。きっと、粉をまとった蜂が飛んでいるのだろう。
その時男は前方目掛け、半狂乱で銃を乱射していた。男の目の前で蜂が乱れ飛んでいた。囮になっているようだ。
(全身全霊を込めるように矢を引き絞り、あの一点を狙ってくれ)
「……やってみます」
口でつぶやいたテオは、右手に持つ矢を左手の弓にそっとつがえる。
そして深く息を吸いながら身を起こすとともに弓を押し広げ、弦を引き絞り、かっと見開いた鷹のような目で目標を捕らえる。
呼吸を止めて一瞬で狙いをつけ、そして矢を放つ。
機関銃の音をかき消すほどの破裂音とともに、コンテナの一部が内側に弾けた。黄色い粉が煙る場所を、テオの矢は正確に射貫いた。
それとともに発砲音が止んだ。
「アーッ!! アーッ!!」
コンテナの中から男の奇声が響き渡る。その手には機関銃のハンドルがあるが、その先がない。機関銃の根元の箱型の部分が、穴を開けてひしゃげ、床に倒されていた。矢はさらに床をも貫いて地面に至ったようだ。
それを確認したテオの眼下の外灯に、ツタのようなものが伸びて絡みついた。いくつもの手投げ爆弾を草原に放り投げたツタだ。
そしてそのツタが見る間に縮んだかと思うと、ツタに絡まれ引き寄せられたショールが宙を舞うように姿を現した。その外套は草原の黄緑の草によく似た色……いや、草原の写し絵をそのまま張り付けたようになっていた。
彼は穴を開けられ水を吐く大きな木桶の上で制止する。そしてツタは緩く伸びて、彼を桶の中へと足から入れた。
ショールの足は水の上に立つ。かと思えば、木桶の中の水が一筋の流れを作り、生き物のように飛び出した。さらに銃で開けられた穴から漏れる水も、勢いを増してその流れに合流する。
水流は空中に曲線を描き、コンテナの中でいまだ燃えながらハンドルを振り回す男の元へと飛び込んでいった。
「ギャアアア……」
男の悲鳴は、水が流れ込む音で掻き消えた。ショールの足下の水位はあっという間に下がり、空になるころにはコンテナの中で倒れ伏す男の悲鳴も止んだが、そこに今度は蜂の群れが飛び込んだ。
悲鳴はもう上がらなかった。
唖然とそれを見ていたテオの眼下で、ショールに絡むツタは主を引き上げ、桶の外に出した。そして外灯からするりとほどけて離れると、ショールの手元に縮み、彼の杖に戻った。
大勢の足音が響く。増援の警官たちが到着したようだ。
テオは雨どいを伝って地上に降り、ショールのそばに歩み寄った。
先にショールが声をかける。
「やはりいい腕をしている」
「ありがとうございます……。しかし一体あなたは、いくつの魔法の道具を持ってるんです?」
呆れ半分で聞くと、
「主だったものは7つだな。ひとつは入れ墨だが」
ショールの外套が、元の灰色に戻る。
(助かったわショール。それにテオも)
リディアの念話が飛んできた。彼女は警官隊に後を任せてこちらにやってきた。
「あの機関銃の男は多分助かりませんよ」
リディアは冷たく言った。
コンテナとその周囲は水浸しになっていた。中から黒焦げになった男が、ふたりがかりで引き出されていた。
ショールはそれに目を向けながら、
「気絶させるついでに火傷に効く粉を浴びせた。多少はもつだろう。何か聞き出せるかは期待しないほうがいいが」
それからあたりを見渡す。機関銃が乱射されたあとは惨憺たる有様だった。地面は乱雑に耕されたかのようで、木やガラス、コンクリートの破片が散乱し、植えられていた木は幹が縦に裂け、建物は蜂の巣、木の柵はずたずたになってほとんどが倒れていた。
仲間の乱射の巻き添えを食った男たちは、警官隊から応急の手当てを受けているようだが、すでにこと切れているもの、明らかに助かりそうにないものもいる。意識の戻ったものはなお暴れようとするが、そこは乱暴に取り押さえられた。
部下への指示を終えた警部が足早にやってきた。
「ご協力感謝します。従士どの」
そう言ってから、
「しかし、あなたほどの魔法使いがいたなど、寡聞にして存じ上げませんでしたな」
リディアはぴくりと眉を動かした。警官ゆえだろうか、笑顔を忘れたような顔でそう言われると、何やら腹を探っているように聞こえる。
「テルセニア大学の調査員ではありますが、この国に国籍はなく、他国にいることがほとんどなので」
ショールはフードを外しながらさらりと返し、
「警官の方々にお怪我は」
「おかげさまで、負傷者もなく」
その場はどんどん騒がしくなる。次々集まる野次馬を警官たちが制止する一方、医者が呼ばれ、荷車も運ばれてくる。
タロッソスの聖戦士ふたりもその場を離れ、ショールのもとにやってくる。
リディアはつぶやいた。
「機関銃など、一体どこから……」
半世紀ほど前に登場して以来猛威を振るい、戦場にあれば真っ先に狙われるほどの、非常に強力な兵器だ。簡単に持ち込みできるような代物ではない。
「国境の検問をかわせば、密かに運搬することはそれほど難しくないと思う。付呪が施されていなければエーテル探知にかからないからな」
リディアは目を見開いた。
「まさかあの機関銃、あの威力で付呪がなされていないと……?」
「銃身にも弾丸にも。単純に科学と機械技術がなした産物だ」
ボロボロになったコンテナの中で、警官隊のひとりが機関銃の写し絵を撮っている。
「今はどの国もエーテル感知に頼りすぎている感はある。危険物であっても魔法が関わらないものに対するチェックが甘い。魔力が感知されなければ、荷物の中身を確認するようなことは少ない」
「おっしゃる通り、今我々はその穴を突かれている」
これを言ったのはタロッソスの聖戦士の男性だ。大柄で、髭のない顔を厳しく引き締めた壮年の男だ。
「どのような流通経路があるのかはっきりとは分からないが、エーテル感知にかからない極めて強力な火器を用いた事件が、世界中で見られるようになっています。この国でも警戒を強めていたところなのですが……」
「それに、昨日より、クレトスの信奉者なる者たちがこうした武器を各地で運搬しているとの情報が入っておりましてな」
警部もそう続けた。リディアは得心したように、
「それで、私の通報にも迅速に動いていただけたのですね」
「そうなりますな」
「しかし、運搬はともかく、あんなものを作れるところなど、そう多くはないはずだが……」
ショールは言いながら、コンテナのひとつに目をやった。
「どうしました?」
テオが尋ねると、
「どうも、気になるものがある。嫌な予感というかな」
コンテナの中身は、警官隊によって次々に改められていく。武器弾薬、精製された燃料のようなものを詰めた鉄の筒、何に使うのかよくわからない鉄の部品……。
ショールが気になると言ったコンテナも、横蓋が引き倒されて中身が確認された。
「黒鉄……?」
テオが首を傾げた。黒い棒状のものが積まれている。
「エーテル反応はありません」
聖戦士の女性が槍の柄にある水晶を光らせながら言った。
いずれも整った形ではなく、人工でなく自然物にも見える。長さや形もそれぞれ異なっている。表面もつややかではなく、細かな溝や窪み、歪みもあるようだ。
その棒状のものが積まれた奥には、板状のものもいくつか立てかけられているのが見えた。
ショールは棒状のものに軽く触れる。
「骨……」
「骨?」
リディアもショールの横に進み、それに触れるが、
「確かに形は骨のようにも見えますが、見た目も触った感触も、鉄でできているような……」
「いや、これと同じようなものを見たことがある」
タロッソスの聖戦士の男性がそれを睨んで言った。
「かのアブロヌ王が用いたという、竜の骨の魔物、その骨に似ている」
警部をのぞくその場の警官たちが、魔王アブロヌの名に息をのんだ。
ショールは骨と呼んだそれをじっと見つめ続けていた。
(どうなの、ショール? あなたはこれを何だと思うの?)
リディアの念話が届く。
(鏡の『彼』が反応している)
ショールの念話は、低く、暗い調子で放たれた。
(間違いない。これは、悪魔だ)
※ ※ ※
タロッソスの街、巨人の丘の麓の公園のベンチの下に、白い子犬が眠っていた。
遠くで立て続けに響く爆発音に、人々がざわめく中、その子犬も目を覚まし、顔を上げた。
どうやら待ち人がやってきたらしい。
遠くから聞こえる乾いた火薬の音が止んでのち、子犬はベンチを離れ、小走りで向かう。この町のヤルハ神殿へと。




