タロッソスに集う
廃屋の扉を蹴破って、聖戦士バイアンはパラスを構え踏み込んだ。曹長ギデオンが彼の肩越しに銃を構えている。
しかし、銃に備えたエーテル灯が照らすその光景を目にすると、ふっとため息をついた。
「アレコス、キモン、ここもだ」
彼の後ろで左右を警戒するふたりも、構えを解く。
「またか……」
そこには、魔法陣を囲んでこと切れた、ローブ姿の男女の死体があった。
「近くの警察隊に処理してもらいます」
薄い眉をひそめつつ、聖禽隊の少尉キモンが通信機を手に廃屋を出た。
魔法陣の中央には、鳥かごを手にした魔王を象る、抽象的な造形の置物がある。
「悪神マガファの第四の魔王……」
その魔法陣の随所にも、ランタンを手にした悪魔の置物も設置されていた。
命を終えた人間の多くは、地下深くにある冥府に向かう。そこで慈悲深き冥神カーツに迎えられ、現し世の苦しみや執着を洗い流し、全てが終わりを迎えるその時まで、安らかに過ごすという。
しかし、現し世と冥府の間には、悪神マガファの領域がある。マガファはその九柱の魔王のうち、第四の魔王に命じ、悪しき死者たちを自身の領域に招き、眷属に加えた。
悪神マガファとマギフスと呼ばれるその眷属どもが神々に破れ、地獄に変えられた自身の領域に捕らえられて後も、悪神たちは死者を招く。
悪霊の長たる第四の魔王は、配下のマギフスに悪徳の灯を持たせて黄泉路の死者をおびきよせ、灯の誘惑に惹きこまれた者たちを捕らえ、ともに苦しみながら神々への復讐を叫び続けるのだという。
「典型的な死霊術の魔法陣だな」
中尉アレコスは魔法陣から視線を外し、死体を調べる。男2人、女3人。いずれも自らの胸に短剣を突き刺したようだ。その死に顔は恍惚としていた。
床の血はまだ乾ききっていない。
「これで27人」
ギデオンは苦々しげにつぶやく。
「てめえの心臓に笑って剣を突き立てるような連中が、どれだけヨレンに潜んでいやがったのか……」
「クレトスの信奉者は2500年もの間、その尻尾をつかませずにいた。想像もつかん」
ギデオンはそこで、何かに気づいたように、鼻をひくつかせた。
そして死者の懐を探る。
「やっぱりだ」
取り出したのは、紙袋に入れられた白い粉だ。
「なんだそれは?」
バイアンが尋ねると。
「ケシから作った薬さ。麻薬ってやつだ。新大陸で探偵社にいたとき、こいつによく出くわした」
「探偵社って、実質傭兵が本業の、あの悪名高い探偵社だよな」
「おっとこいつを吸うんじゃねえぞ聖戦士どの。中毒になるぜ」
薬に鼻を寄せていたバイアンは、慌てて顔をひっこめた。
「なんでこんなものを……」
「こいつの中毒になると、痛みや恐怖を感じなくなる。傭兵でも使っている奴は多かった」
その会話を横目に、アレコスは廃屋の奥に進む。
奥の部屋は、爆破でもされたかのように天井が吹き飛んでいた。
差し込む日の光の中、砕けたコンテナの残骸が散乱している。
アレコスは木片の散乱する床から、ひとつのものを拾い上げた。
「銃弾か」
ギデオンはそれを睨む。10センチほどの長さを持つ被甲弾で、杭のように先端が尖っている。
「ヨレンで使っている弾じゃねえな。それに対人にしちゃ随分とでかい」
それを受け取って、ギデオンは日の光に当て、底部を見る。
「刻印等は一切ない。まあ当然か」
「その銃弾にエーテルの気配はないが、魔力を有する別の何かはあったようだ。痕跡を感じる」
アレコスは右手の小銃を杖代わりに、床の残骸をのけつつつぶやいた。
ギデオンは吹き飛んだ天井から空を睨む。
「この様子を見るに、慌てて飛び出したようだな。俺たちの追跡に気付いているみてえだ。どうやら、追いついてきている」
廃屋の入り口から足音が近づく。キモンが戻ってきたようだ。
「警察隊は近くに待機していたようです。すぐにこちらに来ます」
「よし、俺たちは奴を追うぞ」
廃屋を出て、馬のもとへ速足で向かいながら、キモンは皮肉ぽく笑った。
「どうやら、長年の歴史の議論に決着がつきそうですね。暴君クレトスは死霊術師だった。彼が青銅巨人を操ったのも、死霊術によるものだと」
「だが、無機物に霊魂を宿すことなど可能なのか……?」
アレコスは思案にふけるようにつぶやく。
「現実として、奴は鉄の竜に宿り、信奉者の魂を食いながらその力を増しています。それに奴の信奉者が運ぶ銃器は恐らく、奴自身が使用するために用意されたものかと」
「とにかく今は奴を追うのが先だろう」
ギデオンは言いながら、巨体に似合わぬ軽やかさで馬に乗った。彼の体躯に似合う大きく足の太い馬だった。
「奴は同じ方角へ一直線に向かっている。この先には……」
「タロッソスか」
アレコスも馬にまたがり、その方角を睨んだ。
「実はタロッソスについて2点ほど気になる情報が……」
馬を進めながらキモンが声を上げる。
「ショール・クラン氏が、『水晶の奥方』の要請を受けて、タロッソスの町に向かっているそうです。今日にも到着するとか」
「ある意味予感が当たったぜ。あの大将が来る時は、いつもとんでもない厄介事が起きてる」
ギデオンがなかば呆れたように言い、アレコスやバイアンも苦笑を浮かべた。
しかしキモンは顔を引き締め、
「ですがもう1点が問題で……。王太子殿下を含めたイスロの学生たちが、歴史の実地見学としてタロッソスに向かっているとか」
「なんだって?」
バイアンが声を上げた。
アレコスは顔を険しくし、ギデオンも額に手を当て、天を仰いだ。
「おいおい、ソアラよ……。そういやあ、うちの王子殿下もあいつと縁があったな……」
「中止にできないか?」
アレコスが言うが、キモンは眉のない顔を困ったようにしかめて、
「もはや難しいかと。レオンティウス殿下を通じて働きかければどうにかなるかと思いますが、すでに明日にはタロッソスに入る予定だそうです。間に合うかどうか」
「なあアレコス、下手に動かれるとかえって危険じゃねえか? 本部や聖戦士団を通じて王室府と学院、タロッソスの町に警戒を伝えて、近くにいる衛士隊や聖戦士に応援を頼んで王子の周りを固めた方がいいだろ」
ギデオンが言うと、アレコスも、
「そうだな……。ショールもいるならその方が安全か」
バイアンも、
「リディアも戦闘にかけては一級のパラシアだ。頼りにできる」
「とにかく我々はあれを追うことに集中しましょう。タロッソスに至るまでにあれを仕留めれば済む話です」
その学院の一団は、王都から川を遡って最寄りの河港の町に立ち寄っていた。
学外の史跡見学は人気のある講義で、今回は50名を超える学生が参加し、一団を組んでタロッソスに向かっている。王太子も参加していることで護衛の人数も多く、教員など学院の人間も含めると、100名近い団体となっている。
この町でも青天の下で講義が行われ、今夜は分散して旅館に一泊し、明朝タロッソスに向かう予定となっている。
港で古代の水運についての講義を終え、その小休止のときだった。生徒たちの視界を避けるように控えていた警護の聖戦士が、ひとりの少年のもとに歩み寄った。
古代エルゲの肖像によく見られるものと同じ、巻き毛の少年だった。14歳という年齢の割に達観した顔立ちに見えるのは、感情を表に出すことを戒める訓育を受けているからだろう。
その少年が、目を輝かせた。
「ニコラス、それは本当かい?」
この少年にしては、珍しいほど明るい眼だった。
彼に耳打ちした屈強な体躯の聖戦士も、滅多に笑わない顔をわずかにほころばせた。
「はい、名誉従士ショールが我が国に入ったそうです。それもタロッソスに向かっているとか」
「そうか……。また、旅の話を聞きたいな」
この少年こそ王太子テルセウス。いずれヨレンの王位につき、テルセウス六世と呼ばれることになる少年だ。
王子の側に従う、婚約者の少女が話に入ってくる。
「殿下、ショール様がご帰還なさったのですか」
「そうだよセレネ。それもタロッソスで会えるかもしれない」
少女も目を輝かせた。
「セムカ大陸を3年も旅してらしたのですから、きっと聞いたこともないようなお話を聞かせていただけるでしょうね」
彼女はセレネ。王太子テルセウスの婚約者にして、エウミアディス宗家の娘である少女だ。
そのセレネの後ろに、彼女に従うように美しい顔立ちの女学生がいた。その女学生も王太子の話に微笑みを浮かべていたが、ふと、自分の隣にいる、帯剣した長身の少女のしかめ面に気づく。
「どうしたのシンシア?」
「いや、その……」
彼女はいささか逡巡した後、
「どうも嫌な予感がしてな、カシア」
「嫌な予感?」
「あの方が来ると、決まって面倒事が巻き起こっているものだから……」
「……」
ショールたちは穀倉地帯を走る一本道をタロッソスに向かっていた。
ショールは読んでいた歴史の解説書を閉じ、顔を上げる。
「リディア、タロッソスには誰か私の知り合いはいるのだろうか」
「んー……?」
リディアは少し考えてから、
「タロッソスにはいないと思うけど、なんで?」
「この先、知っている人間に会いそうな気がする。それもひとりやふたりでなく」
「そうなの?」
前方に、史跡らしきものを載せた丘がはっきりと見えてきた。その大きな石柱の跡も3、4本ほど確認できる。
「あそこに見えるのが巨人の丘か」
ショールの言葉にテオが答える。
「そうです。その上にあるのがクレトスの神殿跡です」
巨人の丘を囲む、町の赤い屋根や緑の木々もうっすらと見える。
そこからしばし進んで後、ショールは改めて周囲を見渡す。前方の丘以外、見えるものはひたすら平原と耕作地だった。いや、近くに線路は走っているか。
「穀倉地帯ではあるんだな。この見晴らしのよさなら敵の接近にはすぐに気づけそうだが……」
「ひょっとして、タロッソスがあそこに造られた理由をまだ考えているの?」
リディアが尋ねると、
「ああ、どうも気になっている」
ショールは丘を見つめていたが、ふと気づいたように後方を振り向く。
道に並行して、草むら越しに線路がある。
後方から貨物列車が近づいてきた。ショールの闇色の目はフードの下からその貨物列車を見つめる。リディアとテオも、列車の不審さに気づく。
(何気ない風を装って、テオ)
リディアの念話にテオは帽子の下、目でうなずく。ショールもすでに列車から視線を外し、顔を隠すように深く腰掛けていた。
箱型の牽引車には3名ほどの男が乗っている。運転士の他、機関士や整備士を務める魔法使いだろうか。いずれもオーバーオールを着て、前つばの帽子を深くかぶっている。
貨物車は三台あり、大きな木のコンテナがいくつも積まれており、作業員らしき男たちが荷箱に寄り添っていた。
列車がゆっくりとこちらを追い抜く際、運転士の男が帽子を取って愛想よくお辞儀をしてきた。リディアもそれに会釈で返す。
しかし、そのわざとらしさと、他の男たちがこちらの視線をかわすような動きを見せていたことを、リディアもテオも見逃さなかった。
列車はフォルスの車を追い抜き、少しづつ遠ざかっていく。
テオがそれを睨む。
「こちらを……、というより、聖戦士のお前を警戒していたな、リディア」
言いながら、目の前をちらつく小さな影に気づいて視線を下げると、ショールの座る席から、次々に蜂が飛び出すのが見えた。ショールの腰の琥珀飾りから出現したものだ。
「あの列車、血の臭いがした」
ショールはつぶやくように言った。それに賛同するように、フォルスも首を振る仕草を見せ鼻からフンと息を吐いた。
ショールは鞄から写し絵の紙を何枚か取り出す。その紙に、先ほど列車に乗っていた男たちの姿が浮かぶ。
「バトルメイジ……。いや、死霊術士だな」
それから前方に目を向ける。
「この先に駅は……。町のはずれか」
「分かるんですか?」
テオの質問に、
「蜂の視界は、私の視界にもなる」
「そんな魔法が……?」
「駅に警備員はいるのだろうか」
リディアが答えて、
「少人数だけど、大抵の駅にはいるわ」
「駅からも、死の気配がする」
「……どういうこと?」
「少し待て」
ショールはしばし、虚空を虚ろに見続けた後、
「殺されている。全員……ではないな。駅員がひとりいるが……。それが手引きして、駅の人間を皆殺しにしたようだ」
「人数は?」
「さっきの列車の連中と合わせて16人」
「生かして捕まえるなら応援がいるわね」
リディアは腰帯に下げていた四角い板を手にした。携帯用の連絡機だ。
ショールは後ろのテオを見上げる。
「テオ、修羅場になるかと思うが……」
「こういう時に備えて小さいころから鍛錬してきました。問題ありません」
緊張はあれども力みはないその顔を見て、ショールはそれ以上何も言わない。
「急ぐぞ、フォルス」
テオの言葉にフォルスは甲高い鳴き声で応え、その足を速めた。




