鉄と怨嗟の目覚め②
「……ふふん、うぬが銀仮面卿かね」
老婆のあざける声が響く。その歪んだような響きに、居並ぶ聖戦士たち、アレコスらは武器を持つ手に思わず力を込め、鳥打帽の男らも思わず女を見やる。
老婆の声が響く。
「うわさ通りの綺麗な顔じゃないか。憎しみで歪んだいい顔だ。その仮面を外せばさらに男前になるんだろうね」
「貴様……!」
バイアンが一歩前に踏み込もうとし、その他のレフテリス随行の兵たちも気色ばんだ。
レフテリスは冷たい目のまま女を見据えていたが、その手は銀の仮面にそっと触れ、蔦の浮き彫りをなぞった。
女は、ローブのたもとで隠していた顔から、その青く不吉な目を覗かせて、無言で自身を睨むレフテリスを見やった。
「ああ、いい顔だ。聖戦士にしておくには惜しい。実に惜しい。父母を殺され、自身も顔を焼かれ、その恨みを今でも引きずっている。いや、だからこそ、それが聖戦士でいるといういびつさがかえって美しいのかね」
「アブロヌの信奉者の審美眼にかなったところで、おぞ気しかせんな」
冷たく言い放つレフテリスの杖から、何かが伸びた。白い剣だ。白く、半透明な、水晶の原石のようなものでできた剣が伸び、その杖は矛になった。
同時にバイアンも、腰に下げていた剣の柄のようなものに手をかけ、抜いた。アレコスの腰にもあるものだ。そこから水晶の剣が伸びた。
へレインもレフテリスと同じく、杖から剣を伸ばして矛にし、テティスは鋼の穂先を持つ槍、ただし穂先の付け根に月光石がついたものを構える。
レフテリスは、男たちを見やりながら言う。
「クレトスの子とやら。アブロヌの信奉者でないなら、多少の人権というものは保障する。痛い目に合いたくなかったら、その女を引き渡し、おとなしくついてくるんだな」
その言葉の言い終わりとともに、老兵がレフテリスの一歩前に出る。
「全員、その場で跪け!!」
雷鳴のような声が森に響いたが、
「テンプルガードどもめ!」
鳥打帽の男の顔が豹変し、悪鬼のようになった。そして抜き打ちのごとく懐から筒のようなものを取り出し投げた。取り出したその時に、何かがこすれた音がした。男が放り投げてきたそれには、火のついた短い導火線があった。
レフテリスの眼前に、雷光のごとく躍り出たバイアンの目の前でそれが爆発した。
投げた男が醜悪な笑みを浮かべかけたが、哄笑を上げるその前に、爆煙を巻きながら盾を構え突っ込んでくるバイアンの姿が目に入った。
爆発の煙は、バイアンの円形の盾が発生させる力場の形を浮かび上がらせていた。油膜のような、螺鈿にも似た光の波が、その表面を断続的に走る。
――神殿騎士である聖戦士は、国外においては「テンプルナイト」に相当する名称で呼ばれることも多い。しかしヨレン国内においては「ヒエロス・パラティス」、女性であれば「ヒエラ・パラシア」というのが正式な呼称となる。
ヒエロスあるいはヒエラとは「聖なる」という意味で、パラティスあるいはパラシアは、彼らが持つ「パラス」という、魔法の盾に由来した言葉だ。「パラス使い」という意味になるか。「聖戦士」は、その意訳になる。
バイアンら聖戦士が構える盾こそ、そのパラスだった。その名は「盾と城壁の女神」パロに由来し、聖戦士の証として古代から用いられている。
使い手こそ限られるが、個人で携行する結界装備としては、現代でもなお世界最高峰の堅牢さを誇る。
バイアンは盾の力場を消すと、剣の柄で男を殴り倒した。
「動くな!」
その裂帛の一声に、抵抗の気配を見せていた男の一団は動きを止めた。周囲を取り囲む銃口もある。
バイアンは殴り倒した男の胸元に切っ先を突きつける。
「お前たちには聞きたいことが山ほどある。おとなしく……」
しかしここでバイアンは意表を突かれた。その言葉の言い終わりを待たず、男が身を起こし、水晶の剣を自らの胸に突き立てたのだ。
「な……!?」
熱したナイフにバターを押し付けるかのように、刃はたやすく男の胸に吸い込まれた。
「捧げるぅ!」
ふり絞られた男の最期の叫びは、狂気に満ちて甲高く森に響き、その顔も歓喜に目を剥いていた。
はっとしたアレコスが叫ぶ。
「こいつら、生贄になりに来たか!」
残った一団が一斉に前方へ、アレコスたちの方へ殺到した。アレコスとギデオンの間を突破しようとしている。いずれも導火線に火のついた爆弾を胸に抱え、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「ちいっ!」
アレコスは銃を構えたまま、腰のポーチからガラス玉のようなものを取り出し、ごく短い呪文とともに放り投げた。
呪文を受けて青い光をたたえたそれは、迫る男たちの眼前で、雷光のようなものを八方に放ちながら砕け散った。
「ぎゃ!?」
その雷光を受けた先頭の男たちは、短い悲鳴とともに昏倒した。それに触れた後ろの男も全身を痙攣させた。
一瞬の間もなく、周囲を囲む兵たちの銃撃が男たちを襲った。たちまち男たちは、全身に真っ赤な穴を開ける。
が、その胸に抱えた爆弾の、ごく短い導火線は、すでに付きかけていた。
「アレコス、ギデオン、私の後ろに!」
キモンが結界を貼り、アレコス、ギデオンがその後ろに回る。男たちの一番近い場所にいたバイアンも、パラスの結界を展開しながら後ろに跳び、兵たちも爆発に備えてバトルメイジが結界を貼った。
しかし、爆弾は、警戒したような大爆発でなく、ぽん、という気の抜けた音を出した。
その小さい爆発が、爆弾を抱えていた者の胸を砕け散らせたのは見えた。しかし直後、緑色の煙が沸き上がり、恍惚の笑みを浮かべながら崩れ落ちようとする男たちの姿を隠した。
そして、膨れ上がる緑の煙の尾を引いて、
「ひーっ、ひひひ……」
沼の女……、アブロヌの魔術師と、一団の中で大きな箱をかついでいた男が、包囲の隙間を抜いて、森に駆けていった。
「煙幕か!」
誰かが言い、レフテリスらをふくめ、聖戦士の一同が動こうとしたが、
「毒です!!」
拡声の魔法を使ったキモンの声が響き、動きを止めた。
酸っぱさににた怪しい刺激臭が鼻に届き、緑の煙が迫る。
「テティス!」
「はい!」
聖戦士へレインが、傍らの少女に声をかけ、そろって矛を掲げた。その柄に嵌め込まれた月光石が光り、風が巻き起こる。
「上空に飛ばします!」
聖戦士の少女、テティスの言葉とともに、風は竜巻のごとく渦巻いて緑の煙を巻き込み、上空へと舞い上がっていく。
「アレコス!」
レフテリスが叫んだ。アレコスら聖禽隊の位置なら、煙が障害にならない。
『もう追ってる!』
通信機からアレコスの声が響いた。
緑の煙を巻き込んだ風の渦は、どんどん細くなっていく。
レフテリスはそばの老兵に、
「ここはヘレイン卿とおまえに任せる。私とバイアンはやつらを追う」
「殿下、それはなりません!」
ここに来ることは止めなかったの老兵も、さすがに強い口調になった。
「本気で駆ける聖戦士に、お前たちでは追い付けないだろう!」
言いながら、レフテリスは煙の渦を回り込むように駆けた。その目は鋭くも燃えている。
「殿下!」
バイアンもそれに慌てて続く。ヘレインとテティスは口の中で呪文を唱え続けて口を開けないが、目に動揺が浮かび、それが魔法に影響して、危うく渦を崩しそうになり、慌てて呪文を押し止めた。
アレコスらは森の中、沼の女と箱を背負った男を追う。
女の持つランタンらしき火が前方に見える。霧は女たちの前方で壁のように立ちふさがるが、かまわず彼女たちは突き進む。
一方、霧は女たちの姿をアレコスらに晒そうとするのだが、その様はまるで、女たちが霧の壁を切り裂いているようにも見えた。
沼の女は、背の曲がったその容姿から信じられないような速さで走っていた。ミイラのように細い左手を、男の背負う木箱に当てて、表情のない顔から、ひっひと奇妙な声を漏らしていた。その声は笑い声のようにも聞こえる。
アレコスらは装備に身体教化の付呪_その距離が縮まる気配はない。
「あの箱の男、人体が壊れる強度の付呪がかかってますよ!」
少し息を乱しながらキモンが叫ぶ。
「つまり、奴の体が壊れてでも運ばせたいものがあの箱にあるのか!」
「アレコス、先に行くぜ!」
ギデオンが声を上げ、加速していった。巨躯に似合わぬほどの速さで、見る見る沼の女たちとの距離を詰めていく。
アレコスはそれを見て苦くつぶやく。
「付呪と素の体力は相乗効果だからな。体が耐えられる限度もある。俺も装備に頼ってばかりではダメか」
キモンも、顔に疲労の色が出はじめ、アレコスに遅れつつある。
そんな彼らの後方から、何者かが接近してくる気配が。
「レフテリス!」
赤い衣、銀仮面の聖戦士と、それに従う若き聖戦士だ。
「レフテリス、お前、たったふたりで!」
「先に行くぞ、アレコス!」
その目はアレコスでなく、女のランタンの火に向けられていた。
たちまちアレコスとキモンを追い抜き、ふたりの聖戦士は先に行く。
ギデオン、そして、彼も追い抜く勢いのふたりの聖戦士の気配を感じたのか、木箱を背負う男も、狂気じみた笑いを上げながら、癇癪を起こしておもちゃを投げ飛ばす子供のように、振り向きもせず火のついた爆弾を次々に背後に向けて放り投げた。
最初は毒を警戒した三人は足を止め、ギデオンの前に出たバイアンがパラスの結界を展開したが、その爆弾は通常の爆薬だった。
「狂人め!」
バイアンの盾が激しく揺れた。レフテリスもその盾の結界を展開する。ふたつの盾の波紋が重なり、より強固な結界となる。
「このまま行くぞ!」
レフテリスの言葉とともに、盾を展開しながら、爆風の中を追う。
「レフテリス卿、あなたのパラスが乱れています! 憎悪を抑えて! 心を落ち着かせて!」
ギデオンはその言葉に、ふたりのパラスの結界を見る。バイアンの結界は、ピンと張った透明な幕の上を美しい光の波紋が走っているが、レフテリスのそれは、波紋が少し、いびつに揺らいでいる。
レフテリスは小さく唇をかんだ。
「ああすまない、私もまだまだだな」
しかしそのパラスの結界は、まだ歪んでいる。
ほどなく爆弾は弾切れになったようだが、それでも盾を構えて警戒しつつレフテリスたちは駆ける。
女の真っ赤なランタンの火が近い。爆弾の足止めがなければ、ほどなく追いつける。
バイアンが肩越しに、
「ギデオン、止めれるか!」
「任せろ」
ギデオンは腰から、アレコスが使ったものによく似たガラス玉を取り出した。
「それ、アレコスが作ったのか?」
バイアンが尋ねると、
「そうだ。アレコス特性のスタン・グレネードってやつさ。魔法の道具だから、俺にはあいつほどの威力は出せねえが、肩は俺の方が強い」
振りかぶってそれを投げつけようとしたが、
「しかしもう遅いよ」
一方で、沼の女の顔が、不気味に歪んだ。
「アブロヌの魔女よ、この炎でもって、霧にさまよう怨霊を導きたまえ」
女はランタンを、男の背負う箱に叩きつけた。
それまでの爆弾とは比べ物にならないほどの爆発が起きた。
レフテリスたちは、あと二十歩ほどの距離に迫っていた。盾の力場を展開していなかったら、彼らも危なかったかもしれない。
燃える木箱を背負った男が、足で空をこぎながら、前方へと飛んでいった。まるで喜劇の一幕のようだった。
「捧げるうぅ……!!」
炎と霧の向こうに遠ざかる絶叫が、レフテリスらの耳に入った。
男の背負った木箱は、炎の尾を引き、夜霧の中に放物線を描いていた。そして弧を描いた炎は少しの間を置いて地面に落ち、道しるべのごとく一本の線を引いた。
バイアンらの面前で、地面のあらゆるものが燃え上がってもなおあり得ないほどの炎の壁が立ち、周囲の生木にも火が付いていた。
その中心から、女の声が聞こえる。
「捧げるなら、我が主かその大王さまに、この身を捧げたかったのう」
炎の壁に、毒々しい青い両目と真っ赤な唇が浮かび上がった。まるでその炎が女の新しい体であるかのように。
レフテリスはそれを睨んだ。
「貴様……!」
レフテリスの矛の刃が伸びる。その水晶の刀身は、先ほどよりも、大きく、分厚く見えた。
「ちと業腹じゃが仕方がない。この魂をあれにくれてやるとするか」
炎の中で女の目が閉じた。
「さらばじゃ、テンプルガードども」
その言葉を最後に、炎の壁がかき消えた。
地面の何もかもが燃え尽きたようにくすぶり、所々が赤く光っている。




