銀仮面卿と聖禽隊②
騎兵たちは速足で街道をルデリアに向かい、徒歩の者たちは走りながら彼らに付いていく。馬に並走する者たちに、息を上げるものはいない。付呪された装備の効果もあるだろうが、いずれも精兵の風格があった。
レフテリスは左に並行するアレコスに顔を向け、
「詳しく聞かせろ」
アレコスが答える前に、レフテリスの右を並走していた金髪の聖戦士が、眉をひそめながら、
「殿下……」
「君たちの懸念は理解している」
レフテリスは、その銀の仮面をそっと撫でた。
「だが心配は無用だ、バイアン。私は自分の立場をわきまえているつもりだ」
彼は仮面から手を離すと、少し諧謔を込めて、
「だから殿下はよせ。私は王族でなくひとりの聖戦士でいたいのだ」
「だからと言って、矛を持って敵に斬り込んでいいわけじゃないですよ、レフテリス卿」
これはアレコスの言葉だ。するとレフテリスは笑って、
「かしこまった口調はよせ、アレコス。いつもの調子でいい」
「……お前はそう言うがな、それはそれで気を使うんだよ。お前が今日連れて来ている人間の中には、初めて見る顔もある」
王の甥にして第二階位の聖戦士に向ける言葉でなく、ひとりの戦友に向ける口調になった。
「さっきの話だが、赤い衣の聖戦士と言えば、本来は俺の上官が顎で使われるくらいの地位だ。現場じゃなく、王都あたりで全体を指揮する立場だろ。それだからご老体まで無理するはめになるんだ」
「ご老体はよしてくれんかね、坊や」
レフテリスに先行して馬を駆る、立派な口ひげの老騎兵が振り向いてきた。
「そちらこそ、坊やはよしてくださいよ、教官どの」
老兵はフンと鼻を鳴らして前方に向き直った。
レフテリスはアレコスと顔を見合わせて苦笑すると、
「で、お前の任務について聞いてもいいか?」
言って、表情を怜悧に引き絞めた。
アレコスは少しの間をおいてから、口を開く。
「三日前、とある掘削工事で湧き出た水の中に、わずかながらアブロヌ派のエーテル反応が見られた」
「なんだと」
レフテリスだけでなく、周囲の人間も顔色を変えた。
「すぐに各地の水脈でエーテル反応が調べられた。やはり反応が出た。特定の方角に進むような形でな。おそらく奴らはこの方面に向けて、地下水脈に潜みながら進んでいる」
「水の中を進む魔法か」
レフテリスは唸った。
アレコスは前方を睨み、
「『水晶の奥方』のいる、聖地ルデリアか、それとも……」
「『青銅巨人』の眠る、青灰の湖か……」
レフテリスは低く鋭く言った。
それから少しの沈黙の後、
「私の任務も、青灰の湖に関することだ」
レフテリスが口を開いた。アレコスは黙って顔を向けた。
「あそこのヤルハ神殿の調査に入る」
アレコスは目を見開いた。
「ヤルハ教会がよく許可を出したな」
声を潜めるように言うと、レフテリスは端麗な顔を鋭くし、
「神犬の祠が破壊されたのだ。あの湖の神殿は、それだけで存在意義を失った。慣例だの秘匿性だのとヤルハ教会が喚こうが、もはやその意味がないのだ」
アレコスは眉をひそめた。
「この国のヤルハ教会は伏魔殿だ。青灰の湖の神殿は、そんなやつらの闇を掃き溜めた場所でもある。奥方とルーン教会が気づかなければ、神犬の祠が破壊されたことすら奴らは隠そうとしたはずだ。国が教会の自治権を押し切ってでも調査に入るとなれば、あの神殿ごと爆破しかねないぞ」
するとレフテリスは、端麗な顔に皮肉な笑みを浮かべ、
「すでにヤルハの大神殿は、青灰の湖に人をやっている」
「なんだと」
「お前の言うような物騒な理由ではない。少なくとも表向きにはな。事件の調査と人員の増強が目的だとしている。やつら、国からの査察が避けられないと察して、それより早く、人をやろうとしたらしい」
「そいつらはどうした」
アレコスが問うと、レフテリスは口の端を上げた。
「青灰の湖にたどり着けもしなかったそうだ」
「……?」
それを聞いたアレコスが、怪訝さに眉間の皺を深めたが、レフテリスは笑って、
「島船だよ」
「何?」
「青灰の湖に島船が出たのは聞いているな? その霧に巻かれて、湖にまでたどり着くこともできずにルデリアまで戻されたそうだ」
霧と共に現れ、霧と共に消え、決してたどり着けない不思議な城、島船。その霧を抜ける術は、どんな魔術師にもないという。
「島船が? なぜ……?」
「分からん。神殿に食料を運ぶ商人は普通にたどり着けたそうだから、ヤルハ神殿の連中を近づけてはならないと彼女が判断したんだろうな。『島船の主』が」
アレコスはしばし思案したあと、レフテリスに尋ねた。
「それで、これからルデリアに入るのか?」
「そうだ。伯父上……、レオンティウス殿下もそこに詰めておられる」
「ルデリアに行くなら、バイアンは大丈夫なのか?」
アレコスが声をかけたのは、レフテリスの右を走る金髪の聖戦士だ。衣は第四階位を示す黄色だった。明るい金の髪色で、精悍な顔つきに陰を感じさせない若い男だった。
「俺がどうしたんだ?」
「へレインを嫁にもらった時、ルーンの戦士団と相当揉めたんだろう? 将来の戦士長候補を奪うのかって。ルデリアに行くのは問題ないのか?」
冗談を込めた口調だったが、聖戦士バイアンは真面目くさった顔で、
「確かに揉めたが、丸く収まったぞ」
「そうなのか?」
「揉めたのは、妻が結婚したら聖戦士をやめるのか、とか、金の氏族から出るのか、とか、まあそう言う話が出たからだ。俺は外様だしな」
それからバイアンは胸を叩き、
「お前は俺がへレインを妻に迎えたようなことを言ったがそれは違う。俺が迎えられたんだ。それで丸く収まった」
「お前、太陽の女神の聖戦士じゃねえか。衣のブローチはそのままでいいのかよ」
アレコスの後ろからギデオンが呆れたように言った。バイアンの黄色い衣には、太陽の車輪が描かれたブローチがある。
「太陽の女神と月の女神は姉妹神だ。そういう理屈でいにしえのヨレン王家とアマゾネスも丸く収まっている。何の問題があるものか」
若きソアラの聖戦士バイアンは胸を張り、声を上げて朗々と言い放った。
ルデリアの郊外に、月の女神ルーンが沐浴したという泉がある。女神は沐浴の雫に命を吹き込んで娘を産み出し、アルテシアと名付けた。このアルテシアがアマゾネスの始祖であり、彼女が生まれた泉はアマゾネスたちの聖地となった。
ルデリアのルーン神殿は、その泉のある森を守るように鎮座し、神殿の眼前にルデリアの町が広がっている。
門の正面に正殿があり、その左手に、ルーン聖戦士団の本部たる守護殿があった。
レフテリスの一行とアレコスら聖禽隊の三名が神殿に到着した時、すでに連絡を受けていたのだろう、門の前に出迎えがあった。赤い衣をまとう、赤髪の屈強な女聖戦士が、一団を従えて待っていた。ルデリアの聖戦士長と、その部下たちだ。
「お待ちしていた、レフテリス卿」
聖戦士長は、その顔立ちに似合う、低く威のある声色だった。
レフテリスらは馬を神殿の奉仕者に預けた。
「ご苦労様、バイアン」
その中で、金髪の聖戦士がバイアンをねぎらった。彼の妻のへレインだ。夫と同じ、黄色い衣をまとっている。
馬が奉仕者たちに連れていかれる様を横目に、戦士長はレフテリスに、
「レフテリス卿、ヤルハ神殿の件とは別に情報が入った。名誉従士ショール・クランが西の国境から我が国に入国した」
「ショールが?」
レフテリスや彼に近い者たちが目を見張った。少し離れた場所で馬を預けていたアレコスらもだ。
戦士長は続けて、
「今はルディオンに滞在している。銀の姉妹リディアが彼を護衛し、明朝このルデリアに向かって出発する予定になっている」
それを耳にしていたアレコスは苦笑交じりに、
「あのお嬢さんも、つくづくあいつと縁があるな」
「それは私たちもでしょう?」
アレコスの横でキモンも苦笑したが、ふと、憮然と腕を組むギデオンが目に入った。不愛想な男ではあるが、いつもと違う難しそうな顔だ。
「どうしたんです、ギデオン」
ギデオンは少し間を置いて、引き結んでいた口元を解いた。
「あの大将が来る時は、いつもなにか起きる。今度のも飛びっきりな大事になる気がしてな」
「……」
キモンもアレコスも、笑みを消した。
しばし後、彼らの鼻先を何かが流れた。
「……?」
それは、霧の筋のようなものだった。
その流れを目で追うと、湿った風がひとつ吹いて、霧は掻き消えた。
代わりに、より大きな一筋の霧が、衣のように流れ出した。
その場にいた者たちが皆気付いてざわめき出す中、アレコスらはその霧の流れを追って詰所の門を出た。
霧は街灯の灯りの中、道しるべのごとく浮かび、神殿前の目抜き通りでなく、神殿の東に向かう路地の闇へと走っている。
「これは……」
「あの道に入れば、青灰の湖がある森に向かう」
霧を見つめる背後から、ルデリアの戦士長の声がして、不意を打たれたアレコスとキモンは思わず背筋を伸ばした。ギデオンは視線をやっただけで微動だにしない。
「向かうのか? 王の鷹たちよ。私も……」
「駄目です」
戦士長の背後から、金髪の女性聖戦士がぴしゃりと言った。バイアンの妻、ヘレインだ。
「殺生なことを言うな姉妹へレイン。私とて一個の戦士である」
「赤い衣の聖戦士が矛を取って自ら戦うなど、せいぜい中世代までです。それに、あなたの最大の任務はルーン神殿の守護でしょう」
戦士長は、表情を変えず、無言で不満を示した。
「代わりに私が一隊を連れて行きます。テティス、あなたも行けるわね」
「はい、へレイン卿」
へレインに応えたのは、長身が多いルーンの女聖戦士の中では比較的小柄な、短い金髪の少女だった。少女と言ったが実際幼い顔立ちで、一人前に一歩及ばない第七階位を示す、橙色の衣を身にまとっている。
その後方でも、レフテリスが衣を靡かせながら門を出ようとしたが、アレコスらに何か言うより早く、
「駄目ですよ、殿下」
バイアンに後ろから声をかけられた。
「やはり夫婦だな君たちは」
レフテリスは困ったように微笑みながら、バイアンと、戦士長を止めた金髪の女聖戦士を見やった。
「だが言ったはずだ。私も一個の聖戦士であると」
バイアンはさらに何か言おうとしたが、レフテリスに従う老兵は、腰に手を当て、
「あきらめなされ、バイアン卿。若はこうなったら聞かん」
むしろ面白そうだと言わんばかりの笑みが浮かんでいる。それを苦々しく見るバイアンに、レフテリスは笑いかけ、
「たとえ私に何かあっても、君たちには一切責が及ばぬよう、陛下にも言ってあるさ」
「そういう問題では……」
レフテリスはそれ以上抗議の声を聞かず、満月に銀の仮面を一瞬照らし、身をひるがえした。




