聖禽隊と銀仮面卿①
その夜。聖地ルデリアへ向かう街道を、騎兵が三騎、列なして疾駆していた。
風のように速く、そして静かだった。馬蹄の音は低く、静かな森の道にもほとんど響かない。
騎乗する兵はいずれも暗いグレーの軍装で、肩から腰ほどまでの、丈の短いマントを身に着けていた。ただしかぶりものはそれぞれ違う。
先頭を走るのは一目でそれと分かるような屈強な大男で、乗る馬もかなりの巨体だった。背負う銃は正規のものだが、腰の剣は軍の標準的な装備であるサーベルと違い、両刃のブロードソードで、また、男の体に合わせたのか、かなり大型のものだった。
頭頂に青い房があるヘルメットをかぶっていて、古代の兜のごとく鼻当てのあるそれは顔を分かりづらくしているが、覗かれる眼光は抜き身の刃のごとく彼の危険性を物語り、岩のような頬とひき結んだ口元は、歴戦のつわものを思わせた。
対して後ろ二人は、見るからに線が細い。特に殿を走る男は、背は高そうだが軍装を着てもやせ型なのが分かり、先頭の大男がオークの大樹なら、川沿いのヤナギに例えられるだろう。
しかし彼はサーベルや銃の代わりに、腰に宝石を嵌めた短杖があり、マントにはフードがついていてそれをかぶっている。見るからに魔法使いといったいで立ちか。軍属の魔法使い、つまりバトルメイジになるか。
「アレコス、前方に商家の一行」
バトルメイジはフードの上から耳を抑え、馬の背にある水晶盤を覗き込みながら声を上げた。その声も、知性や冷静さを感じさせる、軍人というより書生と言った声だった。
そんな声でも、異様な静かさで走る一隊の間に十分伝わったようだ。
中心を走る、羽根帽子の騎兵が振り返ることなくバトルメイジに問う。
「日も落ちた森で商人が何してる」
若々しいが、やや高めの澄んだ声で、響きに少々の神経質さも感じられる。戦場で張り上げるには、ちと頼りなさげな声ではあった。
背負う銃は正規のものだが、腰には他二人と同じくサーベルはなく、代わりに、刀身のない剣の柄のようなものと、他二人に比べても多めにポーチが取り付けられている。
バトルメイジの男が、羽帽子の男に返す。
「警察隊の通信が入って来たんですが、どうやら馬車が脱輪したみたいですね。道の真ん中で」
「ギデオン、少し速度を落とすぞ」
「大丈夫だ、すり抜けられる」
羽根帽子の男の声に、先頭の男は前を見据えたまま応じた。低いが、よく響く声だった。
大男はすでに前方の商家の一行と、それを助けに来た警察隊を視界に収めていた。なるほど、馬車が脱輪して斜めに止まっている。5名ほどの商人の一行と、3名の警察隊員がいて、決して広くはない道をばらけて塞ぐ格好になっていた。距離は500mほどか。
大男は息を吸い、声を張り上げた。
「ヨレン陸軍の者である!! 王の御用で通るぞっ!!」
その声は森を震わせるかと思うほどだった。後ろの羽根帽子の男は手綱から手を離して耳を塞ぎ、その後ろのバトルメイジはフードの縁を固く引いて耳を守ろうとしていた。
千のつわものでも臓腑をえぐられそうな大音声に、前方の商家の人々は飛び上がり、その視線が一斉に大男に向けられた。
「静音を解除するぞ」
羽根帽子の男が言って、ごく短い呪文を口の中で唱えると、それまで低く抑えられていた馬蹄の音が街道に響いた。それは騎兵の接近を商人たちに知らせるものとなる。
飛ぶように近づいてくる騎馬隊を見て、商人たちと警察隊が慌てて動こうとすると、大男はさらに叫ぶ。
「危ねえから動くんじゃねえぞっ!!」
その声に、商人たちも警察隊員も、心臓が飛び上がりそうな顔をして固まった。
それから数瞬ののちに、一列で走る三騎の騎兵は、まるで水が流れるように、馬車と商人たち、警察隊員らの間をすり抜け、わき目も降らず、ルデリアに向けて駆け、瞬く間に夜道の先に消えていった。
「なんなんだありゃあ、危ないじゃないか」
帽子を飛ばされた警察隊員が唖然としながらこぼすと、その横で、
「旦那様、旦那様!」
商家の主に、店の小僧が駆け寄った。その顔は輝いている。
「あの兵隊さん、襟の所に翼が四枚ある鷹が見えました! 聖禽隊ですよ!」
旦那様はしばし目を丸くした後、
「お前、よく見えたものだね」
騎兵三騎は、また馬蹄の音をそのままに走る。
「もうルデリアに近いからな。気づかない誰かとぶつかっても厄介だ。静音のテストはもういいだろう」
羽根帽子の男がひとりごちた。
黒い外套の中、地味な軍服に、銀色の襟章だけが月夜にきらりと光った。そこに浮彫られた四枚の翼を持つ鷹のエンブレムが、彼らが何者かを示していた。
――200年前、魔王と恐れられた騎馬民族の王、アブロヌ。その信奉者たちは、王が破れた後も、地下組織を作り、世界の人々を苦しませ続けていた。
彼らは各地に潜んでいた悪しき魔女や禁術の結社とも結びつき、時に大国をも揺るがす事件すら起こしていた。
その存在に頭を悩ませていたのは、アブロヌ王討伐の先頭となったこのヨレン王国も同様だった。そこでヨレンは、そうした「暗き魔術の結社」への対策を専門とした、いわゆる特殊部隊を編成した。
それが「聖禽隊」だ。今では正式名称として「独立特殊任務隊」とされているが、今なお聖禽隊と呼ばれ続けている。
白い鷹のエンブレムは、その隊員の証だった。初代ヨレン王の大蛇退治を助けた四枚翼の鷹にちなんだものだ。必要とあらば国外にまで出てヨレンの敵を狩ることから、まさに王に仕える鷹と恐れられた部隊だった。
「アレコス、ギデオン、また前方に……」
「今度は何だ」
バトルメイジが、今度は手首の通信機を使ってふたりに言いかけると、先頭の男は苛立たし気に言った。
「今度は堅気じゃありませんよ。聖戦士の一隊です。レフテリス卿ですよ」
「レフテリスか」
羽根帽子の男は、軽い驚きとともに目を見開いた。
「銀仮面殿下か。そりゃあ止まるしかねえか」
先頭の男はため息のように言った。
ほどなく行く手に、騎兵を中心とした、三十名ほどの一団が見えた。彼らも三騎の接近に気づいていたようで、馬首を巡らし待っていた。その騎兵のひとりが、薄く笑顔を浮かべ、手を振ってきた。
「中尉アレコス!」
声を張り上げてきたのは、赤い衣の聖戦士だった。赤は第二階位という、軍の最高幹部にも並ぶ高位を示す。
衣のブローチにある紋章は、月の女神ルーンのものではなく、王祖神である太陽の女神ソアラのシンボル、金の車輪だった。
男の顔立ちは美しく、三十手前の落ち着いた品性も感じられた。後ろに撫でた金髪も月の下で輝くようで、馬上の姿には王族らしい気品もあるが、その切長の目には刃に通じる鋭さもあり、どことなく深い影を感じさせる。
そして何より、その美貌以上の特徴として、左目のあたりを銀の仮面で覆っているのが目についた。
その仮面は、蔦の浮き彫りが施されたもので、彼の火傷の痕を隠すためのものだった。左目は無事で、仮面の中、蔦に覆われているかのように見えている。
聖戦士レフテリス。王の甥にして第二階位の聖戦士。通称「銀仮面卿」。聖戦士の中でも、この国で知らぬものはいない人物だった。
聖禽隊の三騎は直ちに速度を落とした。赤い衣の聖戦士は声を上げ、
「足を止めてすまん、急ぎの用だったか?」
「任務ではありますが、まだ急ぎかどうかは判然としていません」
羽帽子の男がなお速度を落としながら答えると、
「馬を随分飛ばしてきたようだが?」
「新しい馬具の試験も兼ねておりました」
「中尉、また作ったのか」
「私は父を手伝っただけです」
聖禽隊の馬は、息も切らしていない。聖戦士とその一隊は、そんな馬の様子に目をやり軽く瞠目した。
羽帽子の男は前を走っていた大男の前に進み出て下馬した。男は帽子を脱ぎ、それを胸に当てて姿勢を正した。
「レフテリス卿、ご無沙汰しております」
その男、アレコスの髪は明るい茶色で、ヨレン、というより、ヨレンの故地エルギアの古い壁画に見られるような、癖の強い巻き毛だった。馬から降りると、背は低いとは言えないが決して高くはなく、体つきも屈強とは言えない。正規軍に新兵で応募してきたとして、まあかろうじて試験は受けさせるだろう、くらいの体つきだった。
顔も20代の半ばにしては童顔に見える。目じりの垂れた目元や、ひき結んだ口元が少々神経質に見えるのも、彼の顔をどことなく幼く見せていたか。
「少尉キモン、曹長ギデオンもしばらくだったな」
バトルメイジの男、キモンもアレコスの後ろに続き、フードを脱いだ。
暗い茶色の短髪で、背はあるが痩せ型、顔からして細い。薄い眉の下の三白眼は、アレコスよりも神経質さを感じさせるが、知的な佇まいもある。
3人の中で最後に下馬し、最後にヘルメットを脱いだ大男のギデオンは、他の2人と違いいかにも戦士といった……。いや、どこか暗さと危険さを感じさせる雰囲気は、戦士というより傭兵か、もっと言えばゴロツキか。
立ち姿から言っても、厳しく規律を叩き込まれた兵士のそれとは違い、背中に一本筋が通った感じではない。黒の短髪で、アレコスとそう歳の変わらなそうな若い顔立ちは目鼻立ちが整った、かつ精悍なものだったが、鋭い目つきや愛想を捨てた口元は、何者にも従わない獣を思わせた。
キモンは恭しく、ギデオンは例は外さないが義務的なそっけなさで胸に手を当て礼を示した。
聖戦士レフテリスは、そんな3人を見渡した後、
「ルデリアか? 行き先は」
「はい」
アレコスは答え、少し逡巡を見せた後、
「アブロヌの結社に関することです」
その言葉を受けて、レフテリスに近い者たちの表情がぴくりと動き、その目がレフテリスに向けて流れた。
レフテリスの流麗な顔に、一瞬、暗く危険な影が走っていた。彼の仮面に施された蔦の浮き彫りが、何か不吉なものに見えるほどの。
しかし銀仮面の聖戦士は、すぐにその影を消すと、
「私もルデリアに向かっている。道すがら話そう」
そう言って、鶏冠のついた銀のヘルメットをかぶり、馬首を巡らせた。




