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従士の旅

 応接室に呼び出されて、何事かと思ったテオが入室すると、テーブルの上に広がった写し絵を興奮気味に眺めるリディアと、相変わらず平坦な顔のショールがいた。

「ああテオ、いいから入って」

 リディアに急かされながらテオが彼女のもとに歩み寄ると、一枚の写し絵を突き出された。

 写っているのは、黒い肌と短い縮れ毛……、南大陸セムカの黒人だった。厳しくも、どこか愁いを帯びた眼差しの老人だ。

「これ、誰だと思う?」

 目を輝かせたリディアはテオの答えを待たず、

「フ・クェーンだって」

「えっ?」

 テオは思わず声を上げて写し絵を手にした。

「フ・クェーンって、テルセウス一世陛下と共に戦った英雄だよな……。200年前に」

「うん、火産みの山の大祭司。まだご存命だそうよ」

「200年前だぞ……」

「あら、『水晶の奥方』やオイディプス老師だって、この方と一緒にアブロヌの軍勢と戦っていらしたんだよ」

「確かにそうだが……」


 言いながらテオはテーブルに散らばる写し絵に目を引かれた。そこには知らない世界の光景が散りばめられていた。

「この写し絵は……」

「ショールが撮ってきたものだよ」

 リディアはテオを促してソファーに座らせ、黙って座るショールに向き直った。その手には、フ・クェーンの別の写し絵があった。

「レフリテス卿がアマーリロに行った時お会いしたっておっしゃっていたから、うらやましいと思ってたんだよね。レフテリス卿もまさかフ・クェーンに会えるとは思ってなかったらしいけど」

「……」

「ねえねえ、これとかどこの光景?」


 リディアの質問攻めがはじまる横で、テオはテーブルの写し絵の数々に目を奪われた。

(旅か……)

 旅に出るなら、フォルスも一緒かな。そんなことを考えながらその風景を想像し、目を細めた。

 それから、

「従士さま……」

「別に堅苦しくしなくていい。ショールでかまわないよ」

「では失礼して……。ショール、ここにある写し絵はどこの風景なんです? 暗黒大陸ですか?」

 テオの手には、獅子の群れを写したものと、巨大なピラミッドの写し絵がある。


「暗黒大陸という呼び方は好きじゃないが……、南大陸セムカで間違いない」

「あなたは学者だと聞きましたが……、調査のため?」

「一応は調査員の肩書をもらっている」

 言いながら、ショールはテーブルの上に5冊の本を置いた。彼が記録し、書き溜めたものだ。

「だからテルセニア大学に提出する資料も作ってはいるが……。私の旅の目的は、これを追うことだ」

 本の上に、一枚の写し絵を置く。


「島船……?」

 衣のように霧をまとい、断崖の上に立つ砦のような建物。

 霧とともに現れ、幻のようにたどり着けず、そして何をするでもなく霧とともに消える城。島船と呼ばれるものだった。

「この3年の間、これはセムカにあった。私はずっと、これを追っていた」

 テオは顔を上げ、

「なぜ島船を?」

 ショールは視線を下げて黙考した。なんと答えるか考えているようだ。


 すると頬杖をついたリディアが、

「奥さんよ」

「え?」

「ショールの奥さんがいるの」

 テオは言っていることが分からないと口を半開きにしたが、何か言う前にリディアが手を叩いて、

「ひょっとしてショール、奥さんにヨレンのこの辺りを見せるために、わざわざ西から入国したの?」

「ああ、その通りだ。ヨレンの西部は歩いたことがなかったからな」

 ショールは新たな写し絵をテーブルに置いた。国境の町、フォルスの車から見た平原の風景、夕日に照らされるこの町の光景。


 呆れたようにその写真を手にすると、リディアは釘を刺した。

「言っておくけど、ゆっくり観光する時間はないからね」

「レオンティウス殿下からも言われているよ」


 テオはその会話についていけない。手に持つ写し絵をテーブルに戻すと、再びフ・クェーンの写し絵が目に入った。

「意外と小さい人なんだな。格好もみすぼらしいような……」

「見た目で判断するようじゃまだまだね」

 リディアにからかい半分で言われ、テオはじろりと彼女を睨んだが、

「フ・クェーンは魔術師なのよ。体の大きさとか、魔術師に関係ないよ」

 そう言われて、フ・クェーンの写し絵に視線を戻したとき、その顔には憂いの陰があった。

「結局、英雄とか呼ばれる人は、みんな魔法の才能があるもんなんだな」

 そのつぶやきにリディアは笑みを消し、声を上げかけたが、


「君は自分にその手の才能がない、と、言いたげだな」

 ショールが先に口を開いた。

 テオは自嘲するような笑みを浮かべた。

「はい、俺に魔法の才能はありません」

(そうか?)

 突然、ショールの声が頭の中に響いた。

「うわっ!?」

「念話の受信はできるようだな」

 思わずのけぞったテオに向けられたショールの顔は、平坦なままだった。

「念話というものは、素質のない人間には受け取ることもできない。少なくとも君は、精神感応に関する才能はあると思うぞ」


 何も言えなくなったテオは、横から強い気配を感じて振り向いた。じっと自分を睨みつけるリディアの視線があった。

「な、なんだよ……」

「私が試したときは聞こえなかったくせに」

「そんなこと言われても……」

 答えながら、頭蓋骨を繰り返しノックされるような、妙な頭痛を感じた。

「聞こえない?」

「な、何が……」

(ひねくれ者!)

 頭の中にリディアの大声が聞こえて、テオはソファーから転げ落ちそうになった。

(これで聞こえた!? よほど大きな声で伝えなきゃ通じないみたいね!)

「やめろリディア、聞こえてる! 聞こえてる!」

 意味もないのに耳を塞ぐテオの頭には、リディアの声が鐘の音のように響いていた。


 落ち着いたテオがソファーに座り直したところで、ショールが口を開く。

「魔法の才能と言うが、とても漠然とした言葉だと私は思う。現代の魔法は高度に細分化されている。たとえばこの部屋を照らすエーテル灯ひとつとっても、いくつもの分野が関わっていて、その専門の魔法使いがいる」


 発光魔法の研究者、エーテル回路やコンバーターなどのシステム構築に関わる者たち。エーテルを抽出するエネルギー源について研究する者。魔法に適した材料を研究する者。さらに言えば物品を作る工場の機械設備にも魔法が欠かせない。そして作られたものを管理、整備する者。それらすべてが専門の知識と技術を持つ魔法使いともいえる。


「中世代のように、ひとりの力で様々な奇跡を起こすことで、はじめて魔法使いと呼ばれるようなら、そんな才能を持つ人間はごく限られるだろうが、今は誰しもひとつふたつ持つ魔法の素質を、専門的に特化させる時代だ」


 魔力操作ができずとも、レバーひとつで大岩を爆破する魔法の道具もあるが、その力がより強力であったり、そうでなくとも繊細な操作が求められるものであるほど、優れた魔法使いが必要になる。その分野は広く、魔法によらない科学技術や機械工学とも互いに影響し合いながら日々進歩している。魔法使いに求められるものは、より狭く深くなっていくだろう。


「だから、どんな魔法の才能を求めるかが問題だな」

「……」

 ショールの言葉に、テオは反抗期の少年のような顔で口をつぐんだが、

「あんた、戦士団に入る?」

 横からリディアに言われ、彼は目を丸くした。


「いやちょっと待て、聖戦士って、子供のころから訓練を続けるもので……」

「そんなの今じゃ戦士団の半数以下よ」

 それから、からかうような笑みを浮かべ、

「そもそも、正規の聖戦士って言ってないよ、私」

 言われてテオは少し頬を染めた後、苦い顔になった。リディアは腕を組み、

「聖戦士の補助を任されるいろんな構成員もいるのよ。それだって神殿と王家に仕える名誉ある仕事なんだから」

「いや、俺はヤルハの信徒でもあるんだぞ。ルーン神殿には……」

「十大神なら問題ないわよ。神官や聖戦士は別として、他の奉仕者にはルーン信者以外の人間もチラホラいるわよ」

「だけどリディア……」

「リディア、テオの立場はどうなっているんだ? 本職としては君の実家の使用人なのか?」

 ショールが問うと、

「うん。ルディース家の使用人。ある程度の階級になれば、戦士団の許可を受けたうえで私的な従者を連れたりできるの。なんだかんだで聖戦士は名家出身が多いからね」


 リディアはそのままショールに、

「ねえショール、参考までに、あなたの知ってる方法で、何か魔法の適性を調べるものってないかな」

 それについてショールは、

「魔法の適性とはまた難問ではあるが……。参考程度でよければ、私の持ち物の中に使えそうなものがある」

「ほんとに?」

「他の荷物と一緒に預けてしまったから、明日、試してみよう」

「お、いいね」


 ショールとリディアの横でテオは、

「いや、いいんですよ、俺は……」

 リディアはじれったそうな顔になった。そしてテオを睨みつけると、

「うだうだ言うんじゃないの。あんた、やることなくてウチで使用人なんてやってくすぶってるくらいなんだから、何でも試してみればいいじゃない」

「いや、ちょっと待ってくれ……」


 テオに嚙みつきながら、リディアはショールに念を送る。

(ねえショール)

(なんだ)

(あなたテオに、適性のない人間は念話を受け取ることもできないとか言っていたけど……、ひょっとして、あなたはそんな人間にも思念を送れるんじゃない?)

(いや、無理な相手もいる。聞こえても信じない人間とか)

(つまり送ることはできるってことじゃない……)

(しかし彼は君の念を受けることもできるようになった。少なくともそれだけの素質が元々あった。思うに、彼は魔法というものに対して固く心を閉ざしていたのだろう)

(心の扉ってやつ? それを開くために念話をかけたの?)

(自分はできない、才能がない、という思い込みには、穴くらい開けられたと思う。だが、彼の心には……、とてもかたくなな、拒絶や嫌悪、あるいは恐怖を感じる)

(魔法に対して?)

(それに関わる物事……。あるいは人物か。恐らく、過去にあった何らかの経験によるのだろう)

(……)

(だが一方、憧憬も感じる。魔法への漠然としたあこがれも捨てきれずにいるようだ。これは、彼の長い髪を見た時も思ったが)

(こいつの髪?)

(髪には魔力が宿るという信仰がある。髪を伸ばす魔法使いは多い)

(まあ私もそうだけど。ふうん、やっぱりこいつもか)

(それと、彼には英雄へのあこがれもあるかな。君に戦士団に誘われた時も、心が揺らいだように感じた)

(……へえ)


 リディアは目を泳がせるテオの肩をつかみ、

「明日向かうルデリアで、あんたを戦士長に引き合わせるから」

「だからちょっと待って……」

「いいじゃない、紹介するだけなら。見た目は無口でおっかない人だけど、きっとあんたを気に入ると思うよ」


今夜この後、ある場面まで一気に投稿してみます。

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