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序「青灰の湖」

※  ※  ※




※この物語の世界地図を広げると、そのシルエットは地球の地図によく似ている。ただし、数えきれないほどの違いもある。特に陸の上は。




※この物語の世界には、地球の19世紀から20世紀初頭にかけて存在したものと似た文明圏が、おおよそ同じような場所に存在する。酷似した言語や文字があり、長さや重さの単位も同じだ。ただし、異なる点も多く存在する。たとえば、20世紀の地球でははるか昔に滅んだ文化や国家に似たそれが、各地に存在する。




※この物語の世界には、魔法が存在する。それは人間だけのものではない。地球にいるものと同じような獣や鳥、魚、虫、時には植物ですらそれを用いる。そしてこの世界には、地球ではとうに滅んだ生き物や、地球では伝説の中でしか見られない生き物も、時に目にすることがある。




※この物語の世界には、人間の五感では捕らえられない存在がある。その中には、恐るべき存在も多々あり、物語の時代でもなお、その姿を覗かせている。




※  ※  ※

 大河ダウは黒き山脈より始まり、西方世界ローレアのいくつもの国々を横断して東に向かう。

 ローレアにおいて第二位の長さを誇るこの大河は、カルバート山脈を南に迂回し、トルキアを抜けると、テルセニアの平原をうねりながら進む。そして広大なデルタ地帯を形成すると、最後は黒海へと注がれる。

 この大河ダウが最後に行き着く地に、ヨレン王国はあった。


 大河は国境となっていた。ヨレンの西から北へと外周をなぞって流れる。その旅の終わりに作られたデルタ地帯には、手付かずの広大な湿地と森林が広がっていた。

 地図を広げて見れば、そのダウ・デルタの周囲にも、大小無数の湖沼が点在している。

青灰(せいかい)の湖」も、そのひとつだった。


 名の通り、青みがかった灰色の湖で、周囲を深い森が囲んでいる。

 不気味に澱んだ見た目と、不穏な伝承が伝わる場所だった。周囲の森を含め、王国から禁足地として扱われており、あえてそれを破ろうとする者もいなかった。


 ある時その「青灰の湖」が、深い霧に覆われた。

 この霧が普通のものではないことを、ヨレンの国政に関わる者たちは知っていた。

 飛行魔法の道具を用い上空から俯瞰したところ、案の定、それはあった。


 湖を覆うほどの霧の中心に、古代の趣を持つ、絶壁に囲まれた無骨な城。

「島船」と呼ばれるものだった。

 そこから2キロメートルほど離れたルデリアの町。北の森を背に、月の女神ルーンの神殿が鎮座していた。

 女神像のある主神殿の左脇に、それを守るように設けられた、聖戦士たちのための守護殿がある。

 その最奥の広間に、衣をまとう戦士が参進した。

 初老の偉丈夫だった。眼光鋭く、肩まで伸びた灰色の巻き毛は獅子を思わせ、総髭に覆われた口元は厳しく引き絞められている。エナメルのような胸甲の上にまとう紫の衣は、神殿騎士であり、王の守護者でもある聖戦士の中でも最上の位を示すものだった。


 聖堂のごとく仄暗く静謐なその場所に、足音だけが響く。

 偉丈夫は広間の中央で跪いた。

 戦士を案内した小柄な老人が、恭しく声をあげる。

「奥方様、レオンティウス殿下でございます」

 その眼の向かう先では、小さな天窓の光を受け、巨大な水晶の原石のようなものが、ぼんやりと白い光をたたえていた。

 水晶の中に、人のシルエットが浮かんだ。


『久方ぶりですね、レオンティウス』

 涼やかな女性の声がした。ささやくような声色であるのに、清閑な空気に凛と響き渡った。

 水晶が、何かに照らされたかのように、わずかにその輝きを強くした。そして、その中に封じられている、女性の姿がはっきりと表れる。

 眠るように目を閉じた、若く美しい女性だった。エナメルのような白い鎧に身を包み、その上に肩回りを覆う紫の外衣をまとい、折れた矛の柄と、丸く小さな盾を手にしている。長い黒髪は浮き上がるように広がり、傍には、左右に羽飾りのある兜があった。

 夫たる義勇王とともに戦場を駆けた、200年前のその時の姿のまま、彼女は水晶の中にあった。


『ここに来た理由は察しがついています。島船が来たのですね』

「ご存じでしたか」

『「星の影」の来訪に気づかぬことはありませんよ……』

 女性が放つ声に、微笑むような響きが見えた。

 しかし、次に発した声色には、弓弦を引き絞ったかのような強い緊張が含まれていた。

『青灰の湖ですね』

「はい。青灰の湖に」

 レオンティウスを案内した老人も、その目を厳しく細めた。

「奥方様、やはりこれは……」

『要石はすでに外されています。あとはいかにして失ったものを取り戻そうとするか……。かの者の信奉者たち、我らの宿敵たちの動きも気になります』


 そしてわずかな沈黙の後、

『島船が来たということは、彼も来ますね。4年ぶりでしょうか』

 レオンティウスはうなずいた。

「そうなりますな。アマーリロの地で最後に確認されてから、ひと月がたちます」

『レオンティウス。彼が現れたら私の元へ招くよう、手配してください』

「かしこまりました。迎えには、聖戦士をよこします」



 ——青灰の湖。それを望む岬に雷神ヤルハを祀る神殿があり、境内には石造りの祠があった。人ひとりがようやく礼拝を行える程度の大きさで、その扉は固く封じられ、周囲には堅牢な鉄柵がめぐらされていた。

 この祠で何が祀られていたのか。それを知る者はごく限られていた。

 それは200年前に移設されたものだ。祠そのものは、ヨレンがこの地に再興してまもなく……、すなわち2500年以上昔に造られ、修繕を繰り返したものと言われていた。


 その祠が、三か月前、爆破された。

 魔法に対する一切の反応がないことから、付呪されていない純粋な爆薬、ただし強力なものが用いられたと見られる。


 焼け残った壁には、いにしえの時代の壁画、その一部が残されていた。

 ひとりの英雄が描かれていた。その姿は、焼け崩れた壁ごと、首から上を失っていた。その足元には頭上に小さな雷雲が浮く白い犬の姿があり、英雄と白犬の向かう先には、金色鎧の巨人が。その胸から上は焦げと崩落で失われているが、この国のものなら、その巨人が何者であるか、すぐに答えを出すだろう。


「クレトスの青銅巨人」と。




この作品には、前作「海と炎のアマーリロ」があり、基本的な世界観の説明は「アマーリロ」で行っておりますが、この作品単体でも楽しめるようにはしたつもりです。

前作に興味をもっていただければ幸いですが、この「ヨレンの青銅巨人」に比べれば、少々取りつきづらい作でもあり、しかも長いですので、あらすじを用意してここに張ろうと考えています。

なおこの作品ですが、このエピソード投稿時点で完結寸前まで書ききっており、何もなければ毎日投稿する予定です。

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