魔王の裏側
「フハハハ!! 思い知ったか勇者め! これが魔王の力ぞ!!」
高い山の上に聳え立つ、黒く濃い霧に包まれた城。その中にある、終焉の間。
今まさにそこで、勇者とその仲間が、世界の命運を掛けて魔王と戦っている。
魔王は様々な魔法や魔力を駆使し、勇者達へ攻撃する。
勇者の仲間達も、一人は魔法を、一人は道具を、一人は遠距離系の武器を使いそれに対応する。
勇者は、強力な剣技を繰り出し、魔王へと直接斬りかかる。だが、強大な魔王の力の前には、無残にも弾かれてしまう。
仲間の一人が、攻撃力上昇の魔法を使おうとしたその時、魔王は目から怪しい光を放ち、勇者達を一瞬の内に吹き飛してしまった。
次々に倒れていく仲間達、勇者は最後の力を振り絞って仲間の一人を生き返らせようとした。
しかし、魔王の容赦ない追撃によって、その場で力尽きてしまった。
「フハ、フッハハハハハハ!! 無様な勇者よ! 世界は、我輩のものだ!!!」
魔王は高らかに笑い、その場で両手を開いたままのポーズで止まる。
静寂と沈黙。
「………………はいっ! オッケーでーす! お疲れ様でーす!」
「魔王様、休憩入りまーす!」
「おいっ、六千八百五十二番おわりっ! 次は? 次はっ??」
「次の人まだ待たせといてー!!」
「おーい! 誰かこれ片付けて!! はやく!!」
「前の人、はけてはけて!!」
「この人達どっから来たって書いてある? どこに持ってくの?」
誰かのオッケーの言葉を合図に、今まで隠れて見ていた魔王の手下達が続々と出現し、忙しく叫びながら動き回っている。
勇者一行は、手下達に担がれて、終焉の間の外へと運び出されていく。
魔王はというと、首をパキパキと鳴らし、着ていたマントを畳み、ジャージ姿になる。
そして、魔王の座の後ろにある、控え室のカーテンを開けて中へと入っていく。
「ふぃー、やれやれ。休憩何分?」
「休憩三十分でお願いしまーす!」
「おーい。終わったよー」
控え室の中では、魔王妃は椅子に座り「月刊第三ワールド」を読んでいる。
入ってきた魔王には見向きもせず、雑誌に捲りながら話しかけてきた。
「ねぇ、あなた。今度、神界行きのチケットが安くなるんだって。三人で行ってきてもいいでしょ?」
「え、いや、あれ? 我輩は?」
「あなたはだって、お仕事があるじゃない!」
「いや、でも、ほら、我輩にも休養は必要なわけであって」
「バカ言っちゃやーよ! 魔王が休んだら、いったい誰が勇者の相手するのよ!」
「でも、ほら、君にも仕事があるわけであって」
「あたしは別に、いてもいなくてもただの消化試合じゃない。へーきよ」
「そ、そうか……」
魔王娘と魔王息子は後ろの座敷で何やら話し合っている。
勇者達との戦闘を観戦していたらしく、二人で意見を交し合っているところだ。
「今のやつさー、あそこで仲間生き返らせようとしちゃ、ダメだよなー!」
「でも、一人を生き返らせて回復してもらって、自分が戦ってる間に他の人達も生き返らせるってのは、いい作戦だと思ったけど?」
「ダメダメ! それなら最初っから、誰か一人に防御力上昇の魔法かけ続けとかないと!」
「それだと、他の人達へのサポートが出来なくなっちゃうじゃない」
「だいたいさ、律儀に、仲間全員を違う職業にするからいけないんだよ!」
「その方がカッコいいじゃない」
「それがダメ! 本気でパパを倒したいなら、二人剣士で、もう二人は魔法使いとかじゃないと! 二人攻撃して、二人サポートが一番効果的だよ。パパなんて、バカみたいに全員攻撃と防御力低下の魔法ばっかなんだから!」
「あたし達なら、もっと簡単にパパを倒せるのにねー!」
何気ない子供達の会話に少し傷ついた魔王は、隣の部屋へと向かった。
机の前に座り、パソコンでメールをチェックする。
どうやら、新着メールがあったらしく、喜びながら傍の受話器を取る。
数回の呼び出し音の後に、相手が電話に出た。
「あ、もしもしー? 第五ワールドの魔王? あ、我輩我輩、第三ワールドの! うん」
どうやら、他の世界の魔王友達に掛けているようだ。
この業界では、横の繋がりが大切らしく、自然と魔王同士は仲良くなるらしい。
「今、休憩中。メール見たよー! うちなら丁度いいんじゃない? 雀卓もあるし。うん、うん、オッケー! じゃあ、第一と第十二のにもそう伝えといて! よろしくー!」
何やら、魔王同士の集まりの予定が決まったらしい。
こうやって、常にお互いの情報交換が必要なのだと言う。
魔王は、何やらまた誰かに電話を掛け出した。
「あっ、もしもし? お母ちゃん? 我輩ですー。えーっと、メール、見ました。魔王妃も同じ事言ってたので、どうせなら子供達と四人で行ってきたらどうですか? 我輩は仕事があるので、行けないと思います。またその事については後日ゆっくり。それじゃあ、魔王でしたー」
どうやら相手は、留守電になっていたようだ。伝言メッセージを残して切る。
置いてあるソファーに横たわり、額に腕を乗せ、目を閉じる。
物思いに耽っているが、何かしらの悩み事でもあるのだろう、ため息ばかりついている。
「魔王様、準備お願いしまーす!」
手下の呼び声で、目を開ける。そして、深いため息を一つついて、気だるそうに立ち上がる。
控え室に戻ると、魔王妃は、携帯で誰かと楽しそうにしゃべっている。新作の、ブランド物の防具の話をしているようだ。
宿敵との戦闘へ出向く夫には、まったく興味がないようだ。
子供達は子供達で、駆け寄ってきて、それぞれに声を掛ける。
「パパ! もっと他の技も使いなね!」
「パパ! 一回くらい負けてみてね!」
その言葉に対して、魔王は苦笑いで返すしかなかった。
この悲惨な家庭の現状を目の当たりにして、涙が出るのをグッと堪え、カーテンを開けて控え室を後にする。
「はい、魔王様入りまーす!」
印の付いた定位置に立ち、マントを着け、手下に喉シュッシュを借りて調子を整える。
頭の中では、相手のいくつかの行動パターンに対して、どう対処するかを考える。
ふと、魔王は自分に言い聞かせる。この職業に就いたのだから、やるしかないのだと。やるならば全力で、使命感を持ってやろうと。
手下が外へ向かって叫ぶ。
「次の挑戦者の方々!! どうぞー!!」
その声を合図に、手下達は皆隠れ、魔王だけが残される。
少ししてから、勇者一行がぞろぞろと入ってくる。その目は、憎き敵に対する憎悪と、世界を救うという使命に燃え滾っていた。
魔王も気を引き締め、禍々しさを見せ付ける事に集中する。
そして、思う。自分もどうにかして旅行には行けないものかと。
それから、もう何千回と口にしてきたそのセリフを、また吐き出すのだ。
「フハハハハハ! よく来たな勇者よ!! 我輩が魔王、この世界を征服する者ぞ!!」
こうしてまた、勇者と魔王の世界の命運を掛けた戦いが、今、はじまる。