8話 蠢動
「ふぁぁあ」
「パパー。朝ですよ」
「ぐえっ」
すでに着替えた令央がぐっすり眠っていた竜治の首元にしがみついた。呼吸は苦しいがぷにぷにほっぺが気持ち良い。最近はあんまり抱っことかさせてくれなくなったので竜治は狸寝入りを決め込んだ。
「パーパー。トースト冷めちゃうよ」
「なぬっ」
その言葉に竜治は飛び起きた。最近令央は竜治の真似なのか休日にたまに朝食を作ってくれる。メニューは決まってトーストとプチトマトとプロセスチーズなのだけれど、息子の成長を感じて嬉しい。
「引っ越してオール電化になったからなぁ……そろそろ目玉焼きくらい教えるか」
「ほんと?」
それでもプライパンは熱くなるし、ちょっと心配なのだが横で見張っている時ならいいだろうと竜治は考えた。
「パパは冷たいコーヒー牛乳」
「アイスカフェラテな」
竜治が着替えて食卓につくと、リキッドタイプのコーヒーと牛乳をカップに注いで令央が出してくれた。
仕事は苦労が多いけど、休日にこんな朝を迎えられるのは幸福以外のなにものでもない。
「……そういやあれっきり静かだな」
竜治はトーストをかじりながら、ふと蓮の事を思い出した。
「ま、いいか……」
蓮の出で立ちと言動を見るに、地元のやんちゃな若者と繋がっているのは明白である。そこから竜治の昔が漏れ出たりするのは当然考えられる訳で、関わりあいがないのはかえってありがたいはずなのだが。
「……」
ちょっと気に掛けてしまうのは蓮がどことなくしおりに似ていると感じたからだ。しかし話しているみるとそんな風に思うことはなかった。
「パパ、今日は?」
「うーん買い物いかなきゃな」
駅前にほど近い竜治のマンションからは駅ビルまですぐだ。竜治と令央はそこで少し薄での服を見繕ったり、食材を購入したりした。
「買った買った」
ずっしりと買えるだけ買った荷物を抱えて、竜治はいいかげんそろそろ車を購入した方がいいかな、と思い始めた。東京だと駐車場代も馬鹿にならないしあまり必要性を感じなかったが、こっちで徒歩で買い物となると駅ビルとコンビニくらいしかない。買い物だけじゃなくてあちこち行くなら車がいる。
「来週でもディーラーに行ってみるか」
「でぃー?」
「車屋さんだ」
「わー、車買うの?」
「いいのがあったらな」
そう言いながら昼食を取ろうと竜治と令央はファミレスに入った。
「僕ハンバーグと海老フライ!」
「あとネギトロ丼とドリンクバーふたつ」
「かしこまりました」
先にドリンクバーを取りに行った令央が返ってきたので、入れ替わりに竜治も飲み物を取りに向かった。竜治がウーロン茶をコップに注いでいると、見覚えのあるピンクの背中が脇を通った。
「……蓮」
「た、田中さん……」
蓮は黒々とした例の良く分からない飲み物を手にぎょっとした顔で竜治を見た。
「お前……」
竜治は眉をひそめた。と、いうのも連の顔は目と頬が腫れ、口の端が切れていた。
「どうしたんだ」
「いや、ちょっと転んで」
どう考えても転んだ傷じゃないだろう、と竜治は思った。この傷のせいで今週は蓮は竜治のところに寄りつかなかったのだろうか。
「嘘吐け。今、連れいるのか?」
「い、いや一人っす」
「じゃあ、俺達の席に移れ。令央もいるから」
「……はい」
蓮はすごすごとポテトを持って竜治の後ろを着いてきた。
「蓮くんだ! ……すごい怪我!」
「ははは……バイトで失敗して……」
「そんなバイト辞めちまえ」
竜治は吐き捨てる様に蓮に言ってネギトロ丼をかっ込んだ。
「蓮くん僕の海老フライ一個あげるね」
「あ、え……いいの?」
「たんぱくしつをとるといいんだよ!」
「ありがとう……」
蓮は令央から貰った海老フライを食べた後はじっと二人が食事を終えるのを待っていた。
「……さて」
令央が最後のハンバーグの一口を食べ終わったあと、竜治は重い口を開いた。
「令央、一人で帰れるな」
「うん」
「ちょっと蓮と話があるから」
「わかった。おとなのおはなしだね!」
令央は頷いて出口に向かうとすぐに戻って来た。
「帰りにアイス買っていい?」
「……分かった」
竜治は令央に500円玉を握らせた。令央はにっこりと笑うと、それを受け取って家に戻っていった。
「何をしてそんなになった」
「だからバイトで失敗して……」
「どんなバイトだよ」
竜治は蓮を見つめた。蓮は何もかも見抜かれてしまいそうな強い眼光にぞくっとした。
「警備のバイトでそんなボコボコにするのか? しないよな? 本当はなにしてる」
「……倉庫の見張り」
「ふーん」
カタリ、と竜治は眼鏡を外してテーブルに置いた。
「中身は?」
「発電機とか……工具とか……」
「盗品か……」
低い声で竜治が呟くと、蓮は肩をすくめて黙って頷いた。
「ちょっとコンビニいって席外したのばれちゃって……」
「その間になんかあったら、殴られるくらいじゃすまないな」
「うん……そうっす」
竜治は深いため息を吐いた。
「ケチな盗みの片棒なんか担いで……ダチは選べって言ったよな」
「そう……なんですけど……そうすっと俺、つるむ奴いねーし……」
蓮のその言い訳に、竜治は一瞬体の血が沸騰するような感覚を覚えた。
「気にくわなねーな……」
「た、田中さん……?」
蓮は息を飲んで、竜治を見つめ返した。