7話 エンカウント
「痛だだだだ……」
竜治は呻いた。土曜日のレジャーから二日後、月曜日の職場のデスクで竜治は呻いていた。
「係長大丈夫っすか……ロボットみたいですけど」
部下がちょっと引いた顔をして見ている。そう、竜治の全身を激しい筋肉痛が襲っていたのだ。それは土曜日に令央と蓮と年甲斐もなくはしゃぎすぎたせいである。
「う……うん、子供と遊びに行ったらこのざまで……」
「ははは……」
部下はどう反応したらいいのか分からない顔をして笑っていた。
「二日後に……筋肉痛か……」
「そのうちに三日後とかになるぞ」
「わっ、所長」
「ほら、大事な得意先の社長のとこに行くぞ」
「は、はい」
竜治は所長に連れられて、得意先に向かった。このあたりのローカルチェーンのホームセンターの本社である。一流メーカーとは言えない竜治の会社の製品を手厚く扱ってくれる貴重な得意先だ。
「こちらでお待ちください」
「……」
緊張しつつ所長と待機していると、社長が現れた。名刺交換を終えると気さくな笑顔を見せた。
「なぁんだ、城山さん。東京の本社から来たっていうからもっと澄ましたのがくると思ってたよ」
「すみません、ご期待にそえず……川瀬社長」
「ははは、うちの息子と同い年くらいか」
「そうなんですか」
「これくらい落ち着いてくれたらいいんだけど、ははは」
「でも、やっと継いでくれる気になったんですよね」
所長と川瀬社長の話を聞きながら、竜治はぐるぐると考えていた。川瀬……聞き覚えがあるぞ、と。
「親父、これなんだけど……」
その時、応接室にガチャッと入ってきた人物がいた。
「馬鹿! 来客中だ」
「あ、すんません」
ぺこりと頭を下げたその顔を見て、竜治は血の気が引いた。多少地味になってはいるが間違いなく同級生で一緒に悪さをしていた川瀬だ。そういえばいつも羽振りが良くて竜治もよく奢って貰ってた。
「……お邪魔しました」
「はい……」
俯きながら竜治は答えた。幸か不幸か川瀬は竜治には気付かなかったみたいだ。
「あんなですけどうちの跡継ぎで。よろしくお願いします」
「は、はい……」
竜治はなんとかその場をやり過ごした。
「ちょっと一服してくるわ、車戻ってて」
「……あい」
竜治は所長が離れた瞬間に、深い深いため息をついた。
「ふあああ~。大丈夫だよな、大丈夫だよな!」
「……あの」
「ふあい!」
竜治が飛び上がるようにして振り向くと、そこには川瀬が立っていた。
「新しい営業さんですよね。さっきはすいませんでした。よかったらこれ」
川瀬は缶コーヒーを差し出した。竜治は震える手でそれを受け取った。
「ああああ、あるがとうございますっ」
「俺も仕事覚えたばっかなんで、業者さんにお世話になる事も多いと思うんだけど」
「あ、お任せください……はは」
「じゃ、よろしく!」
川瀬はそのまま立ち去っていった。がっくりと竜治の体から力が抜けていく。結構至近距離で話したけど気付いていないようだ。
「良かった……」
「なにが?」
「わっ、所長! い、いや……あ、コーヒー貰いました!」
「そうか。なぁ田中、田舎はあったかいだろ」
「そ、そうですね、はい」
竜治はまだドキドキする心臓を抱えて、なんとか事業所へと車を走らせた。
「あそこの社長にはほんとお世話になってるから。そこを任せるってこと……分かってるな」
「はい……」
竜治は所長の期待をビンビンに感じながらも、一刻も早く担当を変えて欲しいと願ってしまっていた。
「疲れた……無駄に疲れた……」
仕事を終え、竜治は家路を急ぐ。
「令央く~ん、ただいま~パパだよ~」
「おかえりー!」
「あ、お帰りなさい」
「あ゛?」
世界一キュートな令央と一緒にお迎えしてくれたのは……蓮だった。
「すんません、もうちょっと早く帰ろうと思ったんだけど」
「えーっ、蓮くん勝ち逃げ!?」
「こら令央。もうゲームはお仕舞いしろ……じゃなくてなんで家にお前が……」
竜治は口をぱくぱくしていると令央が当然のように答えた。
「そこの公園で会ったの!」
「……そう」
「あのっ、じゃあ俺帰りますんで!」
「えーっ」
「令央、蓮もうちに帰んなきゃだよ」
むくれる令央を竜治はそう宥めた。その様子を蓮は頭を掻きながら見ていた。
「俺は、その……バイト? なんですけどね」
「夜勤か? 大変だな」
「なんのバイト?」
令央がそう言うと蓮は難しそうな顔をした。
「うーん……見張り?」
「警備か。何時から?」
「十時くらいです」
「そっか、じゃあ飯食ってけよ」
竜治はジャケットを脱いで寝室に着替えに向かいながら蓮に言った。
「そんな悪いですよ」
「二人も三人も変わんないし。もう一戦令央と対戦してやってくれ」
「……わかりました」
竜治はジャージに着替えてエプロンを身につけると、シチューを作りはじめた。野菜を切って煮込んでいる間にサラダを作る。
「……手際いいっすね」
いつの間にか蓮が背後からその様子を見ていた。
「シチューくらいだれでも作れるだろ?」
「俺出来無いっす」
「あのなぁ」
竜治は呆れた顔をして蓮に向き合った。
「出来ないってこたねーの。やろうとしてないだけだろ」
「……へ」
「今はサイトでも動画でも作り方調べたら出てくるんだしさ。ちょっと覚えたらどうだ? どうせカップ麺とか牛丼ばっか食べてるんだろ」
「……その通りっす」
蓮の顔からへらへらした笑みが消えた。しょんぼりとしてしまった蓮を見て、竜治は慌てて付け加えた。
「あのその、俺も令央が生まれてから覚えたから! その前はそれこそお前みたいに……」
「覚えてみます。料理」
「ああ」
竜治は素直にそう言った蓮を見て、この間といい思ったよりこいつは真面目なのかもしれない、と思った。