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3話 ヤンキー君再び

「はああ……」


 翌日竜治は職場の席で盛大なため息を吐くことになった。慌てて帰ったものの、令央はぶすくれていて連絡もなく遅くなった事をひたすら謝るしかなかった。


「おい、田中。少ししたら得意先に引き継ぎにでるぞ」

「はい。準備できてます。あ……ちょっとトイレ行っときます」


 事業所長に声をかけられて、竜治は先にトイレを済まそうと廊下に出た。


「しっかし、大丈夫かね。東京から来たあの係長」

「なんか覇気がないというか」

「ずいぶん若いしな」


 トイレの横の喫煙所から聞こえてきたそんな声に、竜治は思わず足を止めた。


「……」


 竜治の会社の採用はほとんど大卒で、高卒の自分は珍しい。この不況の中、会社の規模も徐々に小さくなっているのでポストも少なくなっていくばかり。社歴は長いが歳は若い竜治が妙に目立ってしまうのも仕方のない事だった。


「どーせどっかのコネだろ。期待しないでおこ」

「なんかやらかしたのかね?」


 心ない噂話。でも東京にきたばかりの時はもっと非道かった。それこそ最初は我慢できずにバイト先で暴れて首になった事もある。そこを令央としおりの為に竜治はぐっと堪えていままでやって来たのだ。前の事業所では入社当初から知っている人も多かったし、しおりの闘病などもあってある程度事情は分かって貰っていたがここではそうはいかない。


「……また一からか。よし、パパ頑張るぞ」


 竜治は拳をぎゅっと握りこんでその場を離れた。ちょっとキリキリする胃を抑えながら。


「それじゃ、お先失礼します」

「お疲れ様ですー」


 まだ残っている人の多いフロアだったが、竜治は立ち上がった。仕事も大事だけど令央の子供時代は一度きり。シングルファーザーにだらだら残業する暇などないのだ。

 竜治が帰り道を急いでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「おー!? 田中さーん」

「あっあ……昨日の……」

「ここで待ってれば通りかかるかと思ってー」


 そうだ、昨日通りかかった路地は会社と家の間だった。蓮はどうやら竜治を待ち伏せていたらしい。


「な、な……何で分かった……?」


 竜治は今はリーマンモード。


「……匂いが同じだから」

「えっ」

「嘘嘘。いや、カバンが同じなんで。随分雰囲気違いますね」

「うっさい」


 竜治は蓮から目を逸らした。イチイチ相手にする事もないのだが、問題は蓮の顔面だ。どうもこの手の顔には弱い。


「……野郎だぞ、しっかりしろ竜治」

「田中さん、飲みいきません? 今懐あったかいし」

「昨日の今日で何言ってんだ」

「へへへ……今日大分勝っちゃって。パチンコ」

「……」


 竜治は蓮を無視してスタスタと先を急いだ。


「待って待って」

「お前、昨日は今月やばいって言ってたろ。なんでパチンコしてんだよ」

「えー、ちょっと手持ち増やそうと思って。負けたらまぁ……飯抜けばいいかなって」

「あのなぁ、そんなんだからガリガリなんじゃないのか。成長期は飯食え飯!」

「うーん、もう二十歳だからなぁ……」


 竜治の早足に連は駆け足でついてくる。まずい、もう家の前だ。


「……蓮。お礼とか本当にいいから帰ってくれ」

「えー! そんなぁ」


 蓮は不満そうに頬を膨らませて、竜治の腕を掴んだ。その時である。


「あれ、パパ。お帰り!」

「……れ、令央……なんでここに」


 マンションの入り口で揉め合っていた二人の前にいつの間にか令央がいた。


「郵便とりに」

「ああ……そう……」

「田中さんの子供?」

「田中令央です! 小四です!」

「可愛いっすねー」


 蓮は令央を見て顔をほころばせた。……やっぱり、連と令央は歳の離れた兄弟みたいに似ている。と竜治は首をひねった。


「言う訳で蓮、うちは小さい子がいるから飲みにはいけない。以上!」

「なるほど、分かりました。じゃあ連絡先教えてください」

「……は?」

「なんでもいいんで」


 竜治は大分迷ったがこのまま居座られたり、家に押しかけられるよりはマシだと思いしぶしぶスマホを取りだした。


「……へへっ、じゃあまた」

「はぁ」


 連は竜治の連絡先を手にすると嬉しそうに笑って立ち去って行った。


「パパ、あのお兄ちゃん誰?」

「え、ええと……通りすがりに助けたんだけどお礼するって聞かなくて」

「ふーん」

「それにしても令央、それなんだ」


 令央の手には郵便受けから出した大量の便せんが握られていた。


「前の小学校の子がね、お手紙くれたんだって」

「凄い数だな……」


 数だけではない。みんなピンクだったりハートが散っていたりと気合いの入った便せんばかりのような気がする。


「とりあえずうちに帰ろう」

「うん」


 自宅についてスーツを脱ぎ、スエットに着替えて台所に立つ。適当に肉野菜炒めと味噌汁を作っている間、令央はリビングで手紙を開封していた。


「それ、みんな女の子か」

「みんなじゃないけど……お返事書かなきゃ」

「今度の休みは便せん買いに行こうか」

「うん」


 親の欲目を抜きにしても、令央は同級生の女の子に人気があるみたいだ。自分のこともあって女を泣かせるような男になるな、と竜治が口を酸っぱくして言い聞かせたのがちょっとおかしな方向に働いているような気がする。だからといって悪事を働いている訳ではないので竜治もどう言ったらいいのか分からないのであった。


「新しい学校はどう?」

「うん、校庭広い。二クラスしかないけど。あと、みんな東京のこと聞いてくる」

「そっか」


 特に虐められたりはしてないみたいで竜治はとりあえずほっとした。


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