29話 ご都合いかが
「田中さん、お電話です。kawaseさんの商品部長から、保留2番です」
「はい」
広井さんから電話を引き継いで受話器を上げると、川瀬の陽気な笑い声がした。
「ははは、本当に出た。御堂の声だ」
「はい、もちろんです……」
完全に面白がっている川瀬の声に、竜治はいらつきながら丁寧に答えた。
「ご用件はなんでしょうか、川瀬部長」
「ああ、うちのバイヤーと一緒にどうかな一杯」
「いいですけど……」
そうして、会食の候補日をいくつか聞き出してこちらで手配する旨を伝えて竜治は電話を切った。
「今の電話、川瀬さんとこからか」
「はい。バイヤーと商品部長と一席設ける事に……所長もいいですか」
「ああ! 良くやったな。あそこの商品部長はなかなか出て来ないんだよな。気に入られているじゃないか」
「は、はは……」
事情が分かっている竜治は苦笑いをしながら事業所長の話を聞いていた。
「シッターさんを頼まないと……」
夜間はなるべく令央を一人にしないように努めている竜治である。社内の飲み会はなるべく遠慮するにしても社外ともなるとそうもいかない。
「おーい竜さん!」
家路を急ぐ竜治の足を止めたのは蓮の声である。
「おお、蓮。何してんだ」
「え、バイト終わって飯くってました。それからちょっと買い物」
蓮はがさごそとビニール袋を漁った。
「じゃーん、これが今売れまくってるレシピ本らしいっす!」
「へーっ」
「本屋でマンガ以外買ったの久し振りで店員さんに聞いちゃいました。俺、この本制覇してみせます!」
「……ってことは」
「はい、竜さんから借りた本でうちの鍋とフライパンで作れるやつは全部作りました!」
蓮は誇らしげに胸を張った。
「よくやった!」
竜治はくしゃくしゃと蓮の頭を撫でてから、はっと子供扱いしすぎたかな、と思った。
「すまん!」
「いや……はは、うれしっす。それじゃ今度借りた本返しに行きますんで」
「ああ」
かっこだけの下っ端ヤンキーだった蓮はちょっとずつ変わっているのかもしれない。そう思った。元狂犬ヤンキーの自分がその一助になったのだろうか、と竜治はちょっと感慨深くなった。
「そっか、じゃあな」
そんな蓮と駅前で別れると、竜治はそそくさと自宅に戻った。
「え、シッターさん?」
「ああ、ちょっと外せない仕事で」
「別にいいよ。お仕事だもんね」
良かれと思って頼んでいるシッターだが、令央の顔が曇ったのを竜治は見逃さなかった。
「……ごめんな。頼まない方がいいか? 自分でレンジ使えるもんな」
「うーん。あの……蓮くんじゃ駄目?」
「え?」
「シッターさん一緒にゲームしてくれないの。そういうの分かんないって。あとすぐ帰っちゃうし」
「ううーん?」
今、令央が夢中になっているのは竜治でも手こずる格闘ゲームだ。シッターさんはそういう仕事だから仕方ないといえば仕方ないのだが……。令央はこないだの運動会の時もそうだったが随分蓮に懐いている。蓮も出会った時よりずっとまともになった。
「分かった……聞いて見る。駄目だったらシッターさんな」
「うん!」
竜治は早速、蓮に通話をした。しばらく呼び出し音がなった後に蓮が出た。
「うーい!」
電話の向こうには何かを焼くジュージューという音が聞こえる。
「なんすかー? あっ焦げた!?」
「とりあえず火を消せ……。あのさ、ちょっともう一個バイトしてみないか?」
竜治はそう切り出した。