23話 運動会!
「こっちにも心の準備ってものがあるんすけど!」
「悪かった悪かった。……けど良かったな」
「……はい」
バイト終了後、竜治の家に来た蓮は抗議の声を上げていた。
「ほい、お詫びの角煮ができたぞ」
「うわ、うまそう。俺でも作れますかね」
「圧力鍋がないと大変だぞ」
蓮にはご飯と味噌汁を添えて角煮定食にして、すでに夕食を済ませた竜治はそれをつまみにしつつ発泡酒を飲んでいた。
その時である。明日の準備にランドセルを整理していた令央が「あっ」と声をあげた。
「どうした、令央」
「パパ、ごめんなさい……お知らせのプリント忘れてた」
「なんだなんだ……おい、これ運動会じゃないか」
「ごめんなさーい」
それは二週間後に迫った運動会のお知らせだった。それを横から眺めながら蓮は令央に聞いた。
「令央君はどの競技に出るの?」
「えーと大玉転がしとダンスと徒競走とリレー」
「多くない?」
「僕、クラスでいっちばん足早いの」
令央は胸を張って答えた。竜治も運動神経が良い。この辺は遺伝だろう。
「へぇ、すごいね」
「蓮君も見にきてね」
「え、いいの……」
蓮はちらっと竜治を見た。そんな顔すんな、と竜治は思いつつ頷いた。
「いいんじゃないか? バイトに穴開けなきゃ」
「空いてます!」
「やったー」
という訳で蓮の運動会見学の予定が決まった。
「……運動会、かぁ」
竜治はこのひと月とちょっと、学校との接触は最低限にしていた。普通に生活するぶんには平気だが、令央の小学校の父兄に竜治の知り合いがいる可能性はとても高い。竜治も18で親になったが不良は結婚と出産がとにかく早い。
「ま、わかんねぇだろ……」
竜治はやぼったい黒縁眼鏡を押し上げて呟いた。
そして二週間後、運動会当日がやってきた。ポンポンと花火の上がる音を聞きながら、お弁当を持って竜治は学校に向かった。
「こっちっす!」
「ありがとな、場所取り」
「いいですって。お弁当作って場所取りして荷物持ってって一人じゃ大変過ぎでしょ」
「……助かるよ」
そうだな、もししおりが生きていたら分担して参加してたんだろうな、と思うと竜治はちょっと切なくなった。
「あれー、田中さんじゃないですか」
その時、声をかけてくるものがあった。竜治が振り返ると……そこには川瀬が立っていた。竜治の得意先の跡継ぎ息子にしてかつての友人だった川瀬だ。
「あ、あああ……か、川瀬さんのお子さんもこの小学校に!?」
「そうなんですよー。今年入ったばっかりで」
「そそそ、そうなんですか……」
「田中さんは、何年生なんですか」
「うちは四年生です」
竜治は冷や汗をかきながら答えた。すると川瀬はじーっと竜治を見てくる。う……バレたか……?
「お若く見えたんですが、お子さん大きいんですね」
「結婚早かったんです」
竜治は心臓がきゅっとなった。
「あ、そろそろはじまるっすよ!」
そして蓮の声で我に帰った。
「おっと、戻らなきゃ。じゃあ田中さんまた後で!」
「は、はい……」
川瀬は気の良い笑みを浮かべて去っていった。思わず竜治ははーっとため息をついてしまう。
「知り合いっすか」
「そ、その……仕事先の人……」
「それはなんか気まずいっすね」
「ああ……家と職場が近いのも考え物だな」
何かボロを出したら蓮にも昔この檜扇町にいた事がバレてしまう。すなわち、蓮の憧れる檜扇の竜が何者か、という事も……。
「ほらほら、令央君!」
竜治はカメラを構えながら入場する児童を夢中で撮影している蓮を見ながら頬を掻いた。