22話 お仕事とは
「……」
蓮はそう早く出て行った訳ではないらしい。布団にはまだぬくもりが残っていた。まったく気付かなかった。
蓮がそれだけ気を遣って出て行ったのかな、と思うと緊急とは言えちょっと悪い事をしたと思いつつ、日頃の疲労から竜治はそのまま寝入ってしまった。
「パパ、そろそろ起きようよ。もうお昼だよ」
「ふあっ、まじか……」
随分ぐっすり寝ていたらしい。令央に揺り起こされた竜治は慌てて飛び起きた。
「朝ご飯食べて公園行って帰って来たらパパまだ寝てるんだもん」
「そっかそっか、悪かった」
「ねぇ、お腹空いたよ」
「そうだな……」
竜治の腹もぐーっと音を鳴らした。もっとも竜治の場合は単純に朝からなにも食べていないからなのだが。せっかくの休日だし昼は外で済ますか、と竜治は考えてふと思いついた。
「なぁ……令央。ラーメン食べにいかないか?」
「うん、いいよ」
「蓮のバイト先に行ってみよう」
「えっ! うん! 行く行く!」
令央の顔がぱっと輝いた。いつの間にか令央は蓮によく懐いている。もしかしたら兄弟がいないから兄のように思っているのかもしれない。
「よし、じゃあ行くか」
二人は早速外に出た。蓮のバイトしているラーメン屋は駅前の味噌ラーメンの店である。竜治が地元にいた頃からあるからラーメン屋としてはそこそこ老舗に入るだろう。
竜治と令央は赤いのれんのその店を目指してがらっとサッシを開ける。
「らっしゃっせー」
「二名、出来たらテーブルで」
「え、あっ! ……はい!」
出迎えてくれたのは頭にタオルを巻いた蓮だった。竜治と令央の姿を見てびっくりした顔をしたが、ぐっと堪えて返事をしたのがおかしくて竜治はちょっと笑った。
「お冷やでーす」
「……来ちゃった♡」
「来ちゃったじゃないすよ」
蓮は小声でからかう竜治を非難した。そんな蓮に令央は質問する。
「ねぇ、蓮くんはラーメン作らないの?」
「俺はまだ入ったばっかだから……」
「そっかー」
「おおい、6番味噌チャーシュー!」
「は、はい!」
店主の呼び声で蓮が行ってしまったので、二人はその間にメニューを決めた。
「味噌ラーメン煮卵付きだな」
「僕チャーシュー!」
「食べきれるか? まあ良いけど」
この頃の令央の食欲は凄まじい。これが成長期ってやつなんだろうか。そして再度注文をとりにきた蓮にメニューを伝えて、竜治と令央はラーメンを食べた。案の定令央はチャーシューを残してしまってそれを竜治が食べる羽目になったが。
「ふう……」
二人が食べ終わってお冷やを飲みつつ一息ついていた時だった。
「なにやってんだ。お前!」
「すんません」
「まったく!」
威勢のいい店主に蓮が怒られている。
「こわいね……」
それを見て令央がそう呟いた。確かに客前で大きな声はどうかと思わなくもない。だが……。
「しかたないさ、バイトはじめたばっかだ。失敗もするさ」
「パパもする?」
「ああ、失敗して怒られてもうやだーってなる事もあるよ。でもな、令央の事とか考えると全然頑張れちゃうんだ」
「そうなの。……じゃあ蓮くんも頑張んなきゃだ」
「そうだな」
すると令央がふいに椅子から立ち上がった。
「蓮くんー! がんばれー!」
「えっ、あ……はーい……」
唐突な令央のエールに蓮の顔がばっと赤くなった。
「なんだ? 弟か?」
「いやその……ま、そんなもんです……」
店主は苦笑いをし、可愛らしい声援に店内の客も微笑んだ。そして竜治は……けっして吹き出すまいと堪えながら腹筋を震わせていた。