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19話 すしパ!

「これお土産です。みなさんでどうぞー」


 竜治はつつじレイクランドで買ったミルクサブレを配って歩いていた。


「あー、あそこ行ったんですか。どうでした」


 同僚にそう聞かれて、竜治は照れながら答えた。


「ええ、息子が大興奮で。牛とか見るの初めてだったから」

「よかったですねぇ」


 連休は十分に父親の義務を果たし、温泉でリフレッシュした今日の竜治は労働意欲まんまんである。


「ではこちら決済お願いします」

「はいはい」


 決済承認のボタンタップも軽やかである。そんなご機嫌に仕事を終えた一日だった。


「パパ、蓮くん次いつ来るの?」

「はっ!?」


 仕事を終えて夕食を息子の令央ととっている最中にふと令央がそんな事を言い出した。


「いつって……決めてないけど」

「えーっパパの弟分なんでしょ!」

「そうだったな、はは……」


 竜治は曖昧に笑って誤魔化した。


「別に俺からは用事ないからな」


 令央を寝かせてからの一人晩酌タイムに竜治は発泡酒をすすりながらぼやいた。旅行の後、蓮からは例のふざけたウサギのスタンプが飛んで来たきりだ。


「あいつは……あいつなぁ……」


 蓮は一応関係を断ったといっても地元のヤンキー君である。それが竜治とは知らないけれども竜治の過去の一端も知っている。深入りすればするほどボロが出る危険性を孕んでいた。

 ただ……竜治の抱いている抵抗感はそれだけではなかった。なんだか蓮と居ると、竜治は胸のどこかがざわざわするのだ。その理由は竜治にも分からない。


『ぴろりん』


 その時竜治のスマホに通知が来た。見れば間抜けなウサギが飛んできている。蓮だ。そのままなんのメッセージもなく黒いTシャツの写真が送られてきた。


「なんだこれ……?」


 竜治はそれをそのままメッセージに打ち込んだ。するとすぐに既読がついて返信が来た。


『ばいとはじめました♡』

「おお」


 良く見るとそれは駅前のラーメン屋の店名が入ったTシャツだった。


『めっちゃ怒られてるけどがんばる』


 そうか、まともな仕事に就こうって気になったか。と竜治はホッとした。


『ほめてください』


 竜治が返信しないうちにポンポンとメッセージが飛んでくる。竜治はちょっと迷った末に『えらい』と入力して万歳している猫のスタンプを押した。


『俺はえらいので、おいわいしてください』

「え、え……お祝い……?」


 バイトごときで大袈裟な……と思ったが、前回の旅行も手配から運転まで結構まかせてしまった事を思い出した。令央も楽しみにしてたし、アレでもやるか。


『タコパか手巻き寿司か』

『すし』


 了解の意のスタンプを押して、竜治はぐっと残りの発泡酒を飲み干した。


「おじゃましまっす」


 その週の土曜日、蓮がやって来た。以前の気負いのようものはもう無くなっていた。


「蓮くんいらっしゃーい」

「令央君、これシュークリーム。好きかな」

「うん!」

「良かったなー令央、冷蔵庫入れといてくれ」


 俺は寿司ネタを冷蔵庫から出してスペースを空けた。


「蓮、見ろこのマグロの柵。大奮発だ。中トロ」

「うまそう!」

「もうすぐご飯が炊けるから寿司飯つくるぞー」


 竜治がそう言うと、令央はうちわを二つ持って駆けてきた。


「ぱたぱたするよ! これ蓮くんの分!」

「俺もやっていいの?」

「いいよ、パパの弟分だから!」


 木桶に炊きあがったばかりの白飯を四合どん、とひっくり返して寿司酢を注ぐ。


「切るように! 混ぜる!」

「ぱたぱた!」


 三人がかりで作った寿司飯とネタをテーブルに並べて手巻き寿司パーティのはじまりだ。


「いくらでも食え! まずは乾杯!」

「かんぱーい!」


 竜治達はコップを掲げて乾杯をした。竜治と蓮はビール、令央は炭酸ジュース。


「ぷはー!」


 令央がいっちょまえに息をついてコップのジュースを飲み干した。


「げふ」

「いっぺんに飲むからげっぷが出るんだぞ。……それにしてもバイト探してるとは思わなかった」

「ぶらぶらしててもしかたないんで。あとびっくりさせたかったから」

「そうか。じゃあ……就職おめでとう」


 竜治は蓮のグラスにグラスをぶつけた。


「バイトっすよ……」


 蓮は頭を掻いて照れている。そんな蓮を見て、竜治は令央に目配せをした。


「ほら」

「うん。蓮くん、蓮くんはえらいからプレゼントがあります!」

「えっほんと!?」


 蓮は目を見開いた。令央はにやにやしながら蓮に聞いた。


「さて、プレゼントはどこでしょう?」

「うーん……?」


 蓮は首をかしげた。


「答えは、今蓮くんが持ってます!」

「えっ?」

「今持ってるコップがプレゼント。三人おそろいだよ。ペンギンさんのが蓮くんの、僕のが象、パパはライオン」

「嘘……ありがとう」

「こっちも、こっちはあったかいの」


 さらに隠していたマグカップを取り出して、令央は蓮に渡した。


「その、なんだ。令央がうちで使う蓮の食器が無いっていうからな」

「まじすか……令央君ありがとう。こんなんずるいっすよ……」


 蓮は鼻声だ。


「蓮くん泣いてるの」

「泣いてないよ! ……俺がんばります!」


 蓮はじっとペンギン模様のグラスを見つめると、中身のビールを一気に飲んだ。


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