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17話 上げ膳、据え膳、ぼく温泉!

お刺身に天ぷらとお約束の献立に、N県特産の野菜のミニサラダやポタージュ、ブランド牛の陶板焼きなどなどが美しい盛り付けで供された。


「きれーい」


 宝石のような手まり寿司を見て令央が歓声をあげる。いつもがさっと盛り付けた男飯かファミレスだからな、と竜治は思った。


「これなら家でもできるかもな」

「本当?」

「多分ラップでこう……後でネットで調べてみるか」

「うん!」


 ちなみに令央はよく食べるし一緒じゃないとちょっとすねるようになってきたので竜治達と同じメニューである。


「この牛肉うまっ……なんでこんなちょっとなんすか」

「そりゃ……あれだよ、高いんだよ……肉ならさっきいっぱい食べたじゃないか」

「食べたけど、うまいもんをたらふく食べたいっす」

「はは……」


 最近油もので胃もたれを感じはじめた竜治は蓮の若さが眩しかった。


「パパー。海老の天ぷらちょうだい」

「ああ、おいもも食べな」


 そっと息子に天ぷらを譲るのは何も親としての態度、というだけではないのだ……。

 目にも舌にも楽しい夕食を終えて、三人は大満足で部屋へと戻った。

 部屋に戻るとすでに布団が敷いてある。


「蓮くん対戦しよ」

「いいぞ」


 蓮と令央がゲームをしている間に、竜治は露天風呂を覗いてみた。家の湯船よりはやや大きい檜の浴槽になみなみと温泉が流れ込んでいる。

 その横には木の寝椅子があって、玉砂利と竹製の目隠しが配置してあった。


「いい雰囲気だな」


 ただしカップルでくれば。竜治が今回個室温泉を選んだのには訳があった。さて、問題は蓮なのだが……。


「おい、蓮」

「なんすか?」

「ゲームは終わったか?」

「ちょうどキリがいいとこっす」

「じゃあ、令央と一緒に風呂入れ。良い感じだぞ」


 竜治は露天風呂の方を顎でしゃくった。


「わーっ! 蓮くん早くはいろ!」

「あっ、うん」


 蓮は令央に引き摺られるようにして浴場へと消えていった。


「ふう……」


 竜治はそれを見届けると惰性でテレビをつけた。ぼんやりとバラエティ番組を流しながら、ふと喉の渇きを感じた。


「そういえば蓮が色々買ってきてたっけ……えーと、ビールにチューハイ……まだあったような」


 竜治は蓮が買って来た袋をガサガサと漁った。すると地酒の小瓶とさらに紙袋を見つけた。


「……やる気まんまんじゃないか」


 その紙袋からはあまり高いものには見えなかったが、ころりと徳利と猪口が出てきた。竜治はどれだけ「アレ」がやりたかったんだとちょっと呆れながら、蓮の願いを叶えてやる事にした。そっとスマホで検索してみると熱燗を作るのはこの部屋にあるものでいけそうだった。竜治は酒器をさっと水で洗い、部屋に据え付けてあるケトルに湯を沸かす。


「あっちち」


 沸いた湯に日本酒を入れた徳利をいれてそのまま……適当に待った。


「こんなんでいいだろ」


 そこそこ温まった徳利とお猪口を持って竜治は露天風呂に向かう。


「おおーい」

「あっ!? 竜さんっ?」


 湯船で令央と談笑していた蓮が驚いたようにこちらを見た。


「ほら、これがやりたかったんだろ」

「わぁ!」


 蓮に徳利を見せると蓮の顔が赤くなった。


「竜さんをびっくりさせようと思ったのに」

「十分びっくりした。さ、これって桶に浮かべるんだったか」


 竜治は桶を湯船に浮かべると、そこにそっと酒器を並べた。


「うおおお、本格的!」

「蓮くんなにそれー。いいなーいいなー」

「ほら、令央はジュースな」


 竜治は令央にキンキンに冷えたぶどうソーダの缶を渡してやった。


「じゃあカンパーイ」

「乾杯」


 キュッとぬる燗を飲む蓮。ごくごくとソーダを飲む令央、そして竜治はその横のウッドチェアでビールを飲む。


「いい一日だったな」

「はいっ!」

「楽しかった!」


 今日の小旅行の感想をそれぞれ口にしながら、東京ではお目にかからない星空を眺めていると、蓮が浴槽の縁に頭を寄っかからせてうめいた。


「ふわぁ……」

「ほらみろ、酒がまわるだろ。もう出ろ。あと令央もそろそろ湯あたりするぞ」

「はーい」


 ざぶんと令央は浴槽を飛び出して部屋へ戻っていった。


「ほら、蓮……しっかりしろって」

「はぁい」


 湯のせいか酒のせいか、蓮の頬と耳たぶは赤く染まっている。のそっとゆっくりした動きで蓮はようやく湯船がから出た。


「やぁん、見ないでくださいよう」


 蓮はタオルで前を隠しながらニヤニヤ笑っている。ばさりと長い前髪も今はお湯で後ろに描き上げられていてくりくりとしたつり目がこっちを見ていた。


「ばぁーーか!!」


 なぜだか無性にいらっとした竜治はお湯をばしゃっと蓮にかけた。


「ひでー。竜さんのばーか」


 蓮はそう捨て台詞を吐いてようやく風呂から出て行った。


「はぁ……俺も風呂入っとくか」


 竜治は浴衣とその下の肌着を脱いで、さっと体を洗うと湯船に浸かった。


「ふう……」


 温かい温泉の湯が全身に染みわたるようだ。竜治は日々の疲れが洗い流されるような心地を味わっていた。

 その時である。がらりと浴場のサッシが開いて蓮が戻って来た。


「竜さん、お背中流します!」

「う、うわっ!?」


 竜治は慌てて首まで湯船に縮こまった。ま、まずい……。


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