12話 連休のご予定は?
「こちらお見積もりです」
「はいはい……もうちょっと欲しいなぁ……」
竜治は手元の電卓を叩いた。こういう事を言われるのは予想していたのでほとんどポーズのようなものなのだが。
「四掛け……うん……契約達成今何パーセントだっけ」
「今、前年104ですね」
「ならまぁいいか……」
バイヤーは不満そうな表情をしながらも竜治の提案を受け入れた。それもまた小芝居なんだろうな、と竜治は思いながら提案の再度見積もりを提出する旨を伝えると、得意先を後にした。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
すでに日も暮れた頃に竜治が帰社して自席につくと、女性社員の広井さんが話しかけてきた。
「急ぎでこれに判子貰っていいですか」
「ああ、待たせちゃった?」
「ぎりぎりに出してくる方が悪いんです、はい今度は所長!」
竜治はようやく職場に馴染んできたと感じていた。一部の若手社員からはまだ少し距離があるが。
「……そうだ、そろそろゴールデンウィークか……一度東京に戻ろうかな」
竜治はざっとメールチェックと決済書類を片付けて、帰りの仕度にかかる。そして帰り道をてくてくと歩きながら母に電話をかけた。
「あ、母ちゃん? ゴールデンウィークなんだけど……は?」
『だからー、ニューカレドニアにダイビングにいくのよ』
「あ……母ちゃんダイビングなんてしたっけ」
『そんな暇、今まであるわけないでしょ! はじめてよ。楽しみだわー』
「あはは……じゃあ楽しんできて。お土産よろしく」
竜治はそれだけ言うと、電話を切った。
「はぁーっ」
母は今、遅く来た青春を謳歌しているようだ。竜治はあてが外れて連休をどうしたもんかと考えた。これからどこか旅行を予約できるだろうか。
「ただいまー」
「おかえり、パパ」
「令央……ん? なんだ」
玄関を開けるとぷーんとなじみのある匂いが漂ってくる。
「あ、おかえりなさい」
「れ、蓮か」
竜治は目をこすった。蓮は台所に立って鍋をかき回している。食卓にはカレーのいい匂いが漂っていた。
「びっくりさせようかと思って」
「うん……びっくりした……」
何年ぶりだろうか、家に帰ってきてご飯が出来ているなんて。
「公園で令央君に会って、一緒に買い物してきたんですよ」
「へぇ……」
「商店街、面白かったー」
「そ、そうか」
実は竜治はシャッターが降りてる店が多いのを良いことに商店街には足を運んでいなかった。自分がスプレーで落書きしたり、喧嘩で凹ませた店の主が自分のことを覚えてないかと心配で……。
「はい、ルーは甘口で牛乳入れて大人はガラムマサラですよね」
「お、おう……?」
「本にメモがはさまってたっす」
「ああ、なるほど」
竜治は頷きながらジャケットを脱いで食卓についた。一口食べると、それは確かにいつものカレーだった。
「うん、うまい」
「良かった」
「……でも蓮、こんな事毎回しなくていいからな。ちゃんと家帰れ」
「……はい」
蓮はちょっと微妙な顔をしながら頷いた。作って貰ってこの言いぐさはなかったかな、っと竜治は思った。
「まぁ、今度一緒に手巻き寿司でもしよう」
「え、本当ですか」
「タコパでもいいぞ。たこ焼き器買ったんだけどあんまり使ってないし」
「わーいタコパー」
令央が嬉しそうに両手を挙げた。
「あ、そうだ令央。ばぁば、連休は海外だそうだ」
「えー!? 本当?」
「あー。これからどっか行くとこ探さなきゃ。レンタカーでも借りるか……」
竜治が食器を水につけながらぼやいていると、ふいに蓮が呟いた。
「あの……車なら俺が出しましょうか?」
「え……お前車あるの?」
「家の車だけど、二台あるから……」
「そっか……」
こっちってそんなもんだったな。通勤用とかで一台持っててもおかしくない。
「温泉とか山とかこの辺日帰りで回るのもいいんじゃないですかね。あ、そうだふれあい牧場とか」
「牧場? 牛がいるの?」
「うん、ミルク絞りとかできるよ」
「へぇぇぇぇ!」
令央の顔がキラキラと輝きだした。竜治がアパートだったのと、留守がちなので飼うのを諦めていたが令央は動物が大好きなのだ。
「パパ! 行こう、牧場!!」
「お、おう……」
竜治は蓮をちらりと見た。蓮はにっこりと笑ってそれに答えた。
「車出します。俺も牧場行きます!」
「あ、はは……」
竜治は、蓮が日常にどんどん浸食してくる感じをひしひしと感じていた。