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11話 固めの杯

「蓮……?」

『竜さん、俺です。お話が……』


 モニターの向こうの蓮の姿に、竜治は戸惑いつつもドアを開けた。


「どうした」

「……あの、俺礼儀とかそういうのよくわかんないんですけど、ちゃんと挨拶しなきゃって思います……て……」


 蓮は大事なとこで噛んでしまいながら一気にまくし立てた。


「……まあいいや、上がれよ」


 竜治は緊張で強ばっている蓮を中に招いた。熱心に筆をとっていた令央が蓮に気付いて声をあげた。


「あれっ、蓮くん。……え、お顔前より腫れてない?」

「はは、また失敗しちゃって……」


 蓮は頭を掻きながらそう誤魔化した。


「コーヒーでいいか?」

「あ、いやっ」

「じゃあ紅茶に……無いな、あれ?」


 台所の戸棚をごそごそと漁っていた竜治はドンとテーブルが鳴る音に振り向いた。


「お前……それ何?」

「酒、です。結構いいやつ……らしいっす」


 蓮は日本酒の一升瓶をテーブルに載せて思い詰めた顔をしていた。


「あとこれ……」


 蓮がそっと出したのはタッパーだった。


「あれなんですね、俺でも分かる動画がいっぱいありました」

「肉じゃが……」

「やっとまともなのが出来たんで」


 竜治は日本酒と肉じゃがを前に困惑した。とりあえず、蓮が竜治の言った事を覚えていて肉じゃが作りをした事は素直に嬉しく思ったのだが。


「えっと、昨日のお礼ってことでいいのかな……?」


 竜治が笑顔を貼り付けて蓮に聞くと、蓮は急に立ち上がり床に綺麗に土下座した。


「俺を! 竜さんの舎弟にしてください!」

「舎弟……!?」


 竜治は度肝を抜かれた。こいつ二十八の男に向かって何言ってんだ、と思った。


「そーいうのは……」


 十年前に卒業した、と言いかけて竜治は口をつぐんだ。その横で令央が首を傾げている。


「しゃてー……」

「あっ令央……」


 令央はソファの上のタブレットで検索し始めた。


『MIKIPEDIAに寄れば自分の弟、弟分……』

「わーっバカバカ!」

「弟……? 蓮くんパパの弟になりたいの?」

「え? ああ、うん……」

「そっかぁ、パパ全然友達いないから遊んであげてよ」

「令央……」


 竜治はそれを聞いてこめかみを押さえた。


「令央君のOKでました」

「あのなぁ……まぁ……妙なやつらとつるむよりましか……」


 竜治は自分が高校生の頃のことを思い出していた。学校と地元だけが世界の全てで、どんなに人に囲まれていてもどこか孤独感を感じていたあの頃を。竜治はその後、子育てと仕事に邁進していたが、きっと蓮はまだその延長線上にいるのだ。


「じゃあ、あのあれしましょう。固めの杯」


 蓮はずいっと竜治の前に一升瓶を差し出した。その為に持って来たのか、と竜治は頬が引き攣った。


「本気か……コップとワイングラスくらいしかないんだけど」

「なんでもいいです」

「しまらんなぁ……」


 竜治は食器棚からコップを出して机に置いた。


「パパ、僕も!」

「いや、これお酒だから……令央はりんごジュースにしなさい」

「はーい」


 そんな訳で、杯代わりに日本酒を満たしたガラスのコップ、令央はりんごジュースをテーブルに並べた。


「……どうしたらいいんですかね」


 蓮はいざとなると首を傾げた。そんなもの、竜治だって知らない。


「とりあえず飲めばいいんじゃないか……?」

「かんぱーい」


 戸惑う大人達を横に、令央はジュースのグラスとカチンと慣らして飲み干した。慌てて竜治と蓮もそれにならって日本酒を飲み干す。


「ぷは」

「これで蓮くんはパパの弟になったって事……?」

「そう、だね……」

「お父さんの弟はおじさん……だから蓮おじさん……?」

「おじさん」


 蓮は令央の言葉にちょっとショックを受けたようだった。


「うーん、やっぱ蓮くんは蓮くんでいいか」

「うん、そうして」


 こくこくと蓮は頷いた。竜治は空いたコップを洗いながら、令央と蓮に言った。


「さ、お昼にするから座ってて。蓮の作った肉じゃが食べよう」

「え、今食べるんですか」

「丁度お昼時だし。……味見してやるよ」

「え、ちょっと恥ずかしいんですけど」


 台所をウロウロしている蓮を無視して竜治はさっと冷凍のご飯を温めながらインスタント味噌汁とだし巻きとウインナー炒めを作った。レンジで温めた蓮の作った肉じゃがを添えてお昼の完成だ。


「さあ、いただきます」

「いただきます」


 蓮がほかほかのだし巻きを口にした。


「ふわぁ……美味しい……」

「めんつゆ使った手抜きだよ」

「いやーでもあっという間に作ってこんなに美味しいなんて」

「主夫の料理は手際が命だからな」


 今度は竜治が蓮の作った肉じゃがに箸を伸ばした。


「うん、うまい」

「ほ、本当っすか!!」

「ただ、ジャガイモはメイクイーンじゃなくて男爵いもの方が俺は好きかな。肉じゃがだと」

「……いも?」

「ジャガイモの品種。男爵いもはホクホクしてる。メイクイーンは口当たりが滑らかで煮崩れしにくい」

「へー……面白いっすね」


 蓮は興味深そうに頷きながら自分でも肉じゃがを食べて頷いた。


「いいもんみせてやろうか」

「なんです?」


 竜治は食器棚の片隅にある本を取り出した。それは油や醤油の染みがついて、何度もめくったせいで表紙の反り返った料理本だった。


「……すごい」

「この黄色い付箋が良く作る奴、青い付箋が令央が好きなやつ」

「ピンクは?」

「……うちの奥さんが食べたやつだ」

「奥さん」

「ああ、もう五年前に天国に行ったけどな」


 蓮はその言葉を聞いて一瞬泣きそうな顔をした。竜治はそんな顔しないでくれ、と内心思いつつ、本を閉じた。


「あの」

「なんだ?」


 しおりの死を伝える度に、幾度となく憐れみを向けられてきた竜治は無意識にちょっと尖った声色で答えてしまった。


「その本、貸して貰えませんか?」

「え……まぁ使ってないけど……汚いだろ。料理本なら新しいの買ったら」

「いえ、その本がいいんです。だってこれが田中家の味なんでしょ」

「……分かったよ」


 竜治は、蓮に使い込んだ料理本を渡した。


「ありがとうございます……」


 それを受け取った蓮は嬉しそうに微笑んだ。


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