第9話『五目並べで勝負ですよ!?』
翌日、会社に着いたアオイは、西園寺を見つけるとそのまま歩み寄り、声をかけた。
「西園寺さん、おはようございます」
「あっ、昨日はお疲れ様! よく寝れたかい?」
「あの後、心臓の音がうるさくてしばらく寝られませんでした」
「あはは、でも紅音ウララが板についてきたんじゃない?」
そう言われると、アオイは恥ずかしそうに顔を伏せた。胸の奥でドクンと跳ねる心臓を押さえ込むようにして、小さく息を吐く。
「それで今日なんだけど、うちの登録者190万人のVTuber”翠月アリアと紅音ウララで、コラボ配信しようと思うんだ」
「こ、コラボ配信ですか!? また急ですね……心の準備が……」
「大丈夫だよ! 物腰の柔らかい子を選んだから安心して。それにVTuber同士の掛け合いって、ファンも大喜びのコンテンツだからね!」
「りょっ、了解です」
アオイは流されるまま返事をした。西園寺に振り回されるのはいつものことだと心の中で言い聞かせた。
「じゃあこれからアリアの中の子と一緒に、打ち合わせしよう!」
「何もかもが急ですねぇえ!!」
「あっはっはっはっはっ!」
西園寺の笑う姿を見て、アオイは少し力が抜けてきた。それとは裏腹に、心の中では緊張が増していくのを感じていた。
***
二人が会議室に入ると、一人の女性が座っていた。アオイはその姿を見つけるなり、勢いよく駆け寄り、元気よく挨拶する。
「し、しっ、新入社員の表見アオイです! よろしくお願いします!」
アオイの勢いに女性は一瞬驚いたものの、すぐに優しく微笑み、穏やかに返す。
「はじめまして。わたしは翠月アリアの中の人をやっている"二茅ミドリ"です。ミドリって呼んでくださいね。実家が和菓子屋でして、これちょっとしたものですが」
そう言いながら、ミドリは柔らかな笑みを浮かべ、アオイと西園寺に丁寧に和菓子を差し出した。
落ち着いた物腰に、アッシュグリーンのセミロングヘアが上品に揺れる。
ふんわりとした垂れ目と愛らしい表情に、曲線の美しい体つきと穏やかな雰囲気が相まって、場の空気を和ませるような存在感を放っている。
「いつもありがとねー! ミドリちゃんのところの和菓子は美味しいんだよね」
挨拶を交わした後、打ち合わせが本格的に進み始める。
「さて、今日のアリアとウララのコラボ配信だけど、ゲーム配信なんてどうかな?」
西園寺が提案を切り出すと、ミドリは興味ありげに言葉を発した。
「ゲーム配信、いいですね。シンプルで盛り上がりますし、見ている方も参加しやすいです。うーん、五目並べなんてどうでしょう?」とミドリが提案した。
その言葉を聞いた瞬間、アオイの脳裏にふと懐かしい記憶が蘇った。
「あ、五目並べいいですね! 昔、おじいちゃんとよくやってたんですよ。久しぶりにやりたいです」
思わず笑顔で答えると、ミドリがクスクスと笑った。
「表見さんがやるわけじゃないですよね?」
その一言に、アオイはぎくりとし、慌てて手を振る。
「え、えっと……いや、その、個人的にやりたいなーって思っただけです!」
「あはは、表見さんって面白い方なんですね」
ミドリの優しい笑顔に救われたものの、アオイの心の中は冷や汗でいっぱいだった。
「じゃあ今日は、翠月アリアのチャンネルで紅音ウララをゲストに迎えて、五目並べの配信をしよう! 時間になったら、会社の通話ルームにアクセスするように"表見くんからウララちゃんに"連絡しといてよ」
「りょっ、了解です!」
***
こうして打ち合わせが終わり、アオイは自宅に戻ると急いで準備を始めた。
「いやぁ、危なかった。俺が紅音ウララの中の人だなんて、きっと思いもしないだろうけど。今後はもう少し気をつけないと」
アオイはそう呟きながら、胸を軽く叩いて自分を落ち着ける。そして、これから始まる配信に向けて、心を整えた。
時間になり、アオイが通話ルームにログインすると同時に、翠月アリアのライブ配信がスタートした。
◆◆◆
画面に映し出された翠月アリアが、柔らかく微笑む。
彼女は明るめの緑系の髪色を持ち、セミロングの長さで緩やかなウェーブがかかった髪が特徴的だ。光を受けてふわりと揺れる髪が、本人のように優雅で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
大きな瞳は垂れ目気味ながらも力強く、その視線にはどこか芯の強さが感じられる。本人よりもややキリッとした表情をしており、優しさの中にも意志の強さが滲んでいた。グラマーな体型も相まって、画面越しでも堂々とした存在感を放っている。
「みなさんこんばんはー! みんなのマイナスイオン、アリアリこと翠月アリアだよー! 本日はスペシャルコラボですよ〜。今話題の新人VTuber、紅音ウララちゃんでーす!」
元気いっぱいなアリアの声が響く。アオイは待機画面が切り替わるのを確認し、深く息を吸った。そして、声帯をウララモードに切り替えると、勢いよく挨拶をする。
「みんな、紅音ウララだよー! 今日もみんなでロックンロール!」
コメント欄が一気に流れ始める。
▼「ウララちゃんだー!」
▼「アリアリとウララの組み合わせ尊い……」
▼「ウララちゃん降臨だー!」
「初めましてー! 今日はよろしくお願いしますねウララちゃん」
「こちらこそお願いします! それでアリアさん、早速ですが今日は何をしましょうか?」
「今日はですねー、五目並べで対決しましょー!」
「おおっ、五目並べですか? わたし負けず嫌いなんで、先輩だからって容赦しませんよー!」
「きゃーお手柔らかにお願いしますー!」
和やかなやり取りのあと、ついに五目並べが始まった。アオイは盤面に集中しながらも、アリアとの掛け合いを楽しんでいた。手を打つたびにアリアの反応が返ってきて、それに合わせるように視聴者のコメントも勢いを増していく。
画面越しでも、熱気が伝わってくるようだった。
▼「頑張れアリアリー!」
▼「ちょっ、ウララちゃん強っ」
▼「いい勝負ですな〜」
アオイは盛り上がるコメント欄に手応えを感じながら、ゲームに没頭する。
「えーっと、ここに置いたら……あれあれアリアさ〜ん? これで四三ができちゃいますよ〜?」
「だあぁああ! 見落としてたあああ!」
アリアの叫びに、アオイは思わず吹き出しそうになるが、なんとか抑えて楽しげに笑う。
「ふふふっ、これで10勝8敗でわたしの勝ち越しですね〜!」
「くぅ〜ウララちゃん強い〜! 参りました……っということで、今日はこの辺りで配信を終わりたいと思います! 紅音ウララちゃん、ありがとうございましたー!」
「はーい! みなさんありがとうございました。よかったら私のチャンネルにも遊びにきてくださいね。さようならー!」
配信の締めくくりをしながら、ウララは画面越しの視聴者に明るく声をかける。
◆◆◆
「ふぅ〜なんとか勝ち越せた〜って、勝ち負けじゃないか」
アオイは呟きながらクスクスと笑う。無事に配信が終わり、アオイは心地よい疲労感に包まれながらも、コラボ配信の楽しさを実感した。
「土日もライブ配信してみようかな」
そう思い立ったアオイは、西園寺に電話をかけた。
「あ、もしもし、はい、お疲れ様です。あの……相談なんですが、週末もひとりで軽く配信していいですか?」
アオイの問いに、西園寺は声を弾ませながら言った。
「もちろんだよ! むしろ週末は視聴者が一番多いからね、遅かれ早かれ提案しようと思ってたところさ!」
「ありがとうございます! じゃあやってみます!」
こうして週末も軽い配信を試みることになったアオイ。独りでの配信にもかかわらず、その活動は順調そのものだった。
***
そして迎えた月曜日の朝。アオイが会社に出勤すると、西園寺が勢いよく駆け寄ってきた。
「表見くんすごいよ! 登録者数が50万人を超えたんだ!」
「俺も朝見て驚きました!」
「週末に頑張ったおかげだね!」
褒められ、少し照れるアオイ。そんな彼に、西園寺は言葉を続けた。
「それと北大路先生から歌詞ができたって連絡があったよ。今日は軽く練習して、明日から調整しつつレコーディングを進めよう! この勢いのまま100万人まで駆け抜けようじゃないか!」
期待と興奮で輝く西園寺の瞳を見つめ、アオイは拳を握りしめた。
「はい! 全力で頑張ります!」
アオイは力強く返事をした。そうしてまた、忙しくも充実した一日が幕を開ける。