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第86話『それは悲報か朗報か!?』




 会場に足を踏み入れた瞬間、アオイはその熱気にたじろいだ。高級感あふれるシャンデリアが光を散らし、黒服のスタッフがきびきびと立ち回っている。ホテルの大広間を貸し切ったパーティー会場には、華やかなドレスやスーツを身にまとった人々が集まり、あちこちで会話と笑い声が飛び交っていた。


 アオイは黒のスーツに細めのネクタイを締め、周囲に馴染もうと努めるも、どこか落ち着かない。視線のやり場に困っていると、明るい声が背後から飛んできた。


「表見くーん!」


 振り返ると、西園寺が手を振りながら歩いてくる。そのすぐ後ろで、カオルが控えめに頭を下げた。アオイも慌てて会釈を返す。


「お疲れ様です。……すごい人ですね、これは」

「でしょ? Wensの社員はほとんど来てるからさ。でも、今日は楽しんでよ! 表見くんにサプライズもあるからさ」


 そう言って、西園寺は片目をつぶってウインクを送ってきた。


「……なっ、なんか怖いですね」


 アオイが一歩引きながらそう言うと、西園寺は笑いながら軽くアオイの肩を叩くと、「ちょっと挨拶まわりしてくるね〜」と言って、カオルと共に人混みの中へと消えていった。


 そのすぐ後ろから、別の声が響いた。


「表見さん」


 アオイが振り返ると、そこにはワイングラスを手にしたミドリと、彼女の隣に立つカレハの姿があった。


「こんばんは。表見さん、似合ってますよ」


 ミドリの言葉に、アオイは言葉を返す前に息を飲んだ。


 ミドリはいつもの雰囲気とは打って変わって、ドレッシーなワンピースに身を包み、メイクもきっちりと施されていた。髪もいつも以上に整えられ、優雅な印象を際立たせている。


 思わず見惚れていたアオイに、カレハがくすくすと笑う。


「表見さん見惚れてる〜、やらし〜」

「な、なっ……! ち、違っ……!」


 慌てふためくアオイに、今度はミドリの方が顔を赤らめた。


「かっ、カレハさんは、足は大丈夫なんですか?」


 焦って話題を変えるアオイに、カレハはにこりと笑った。


「もう大丈夫です〜。おかげさまで、スタスタ歩けちゃいますよ〜」

「それはよかったです……」

「みんな来てるわねん」


 聞き覚えのある声とともに、ミツオが近づいてくる。肩幅の広い正装姿で、上半身は筋肉によってジャケットが今にも裂けそうだった。


「また筋肉量、増えました……?」


 アオイが思わず呟くと、ミツオは口角を上げて目を細めた。


「あら、どこ見てんのよん!」


 肩をドンと叩かれ、アオイの体がよろける。


「あはは……」


 すると、カレハが少し恥ずかしそうに視線を下げながら、頭を下げる。


「ミツオさん……この前はありがとうございました……」

「あら、もう足は大丈夫なのかしら?」

「はい。おかげさまで……」

「また怪我したらおぶってあげるわよん」


 その言葉に、カレハの頬がみるみる紅く染まっていく。


「あ、ありがとうございます……」


 アオイはその様子を見て、内心驚いた。


 ——カレハさんも、あんな表情するんだ……


 視線を横に流すと、コガネとナマリがテーブルの料理に夢中になっていた。ナマリはおずおずとした動きでサンドイッチを皿に取り、コガネがそれにツッコミを入れながら次々と料理を試している。


 少し離れた場所では、ミャータとモモハが談笑していた。ふとミャータがこちらに気づいたのか、小さく手を振ってくる。アオイも軽く手を振り返すと、モモハが丁寧にお辞儀をし、アオイは手を振ったまま小さく頭を下げた。


 さらに奥では、北大路と東ヶ崎が数人の関係者らしき人物と話をしていた。北大路がこちらに気づき、控えめに手を挙げてくる。アオイも同じように軽く会釈した。


 ほどなくして、マイクの音が会場に響いた。


「皆様、ようこそお越しくださいました!」


 司会を務める西園寺が壇上に立ち、マイクを片手に満面の笑みを浮かべている。


「本日はWensを支える多くのタレント、スタッフ、関係者の皆様にお集まりいただきました。今宵は、喜びと祝福に満ちた時間となるよう、精一杯おもてなしさせていただきます!」


 拍手が湧き上がる。アオイも、その中に手を合わせた。


「それではまず、南野代表よりご挨拶をいただきます」


 壇上に立った南野は、変わらぬ凛とした佇まいで、マイクの前に立つ。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私たちWensは、日々新しい才能と表現を追い求め、皆様と共に成長を続けてまいりました。本日の催しは、その成果の一端を皆様にご覧いただく機会として設けました。どうか最後までごゆっくり、お楽しみください」


 拍手。アオイは、その言葉の重みを静かに受け止めていた。


「それではまず一つ目の発表です。紫波ユリスこと九能シオンの、幕張ドームでのソロライブ開催が決定いたしました!」


 会場のあちこちで驚きと興奮が入り混じったざわめきが起き、次の瞬間、壇上に姿を見せたシオンに大きな拍手が贈られる。シオンは落ち着いた笑顔を見せながら、力強く挨拶をした。


「いつか、こんな大舞台でソロライブすることが夢でした。ようやく、皆さんとその夢を共有できます。これからもよろしくお願いします」


 アオイは自然と微笑み、手を叩いた。


 「続きまして……七塚シロが休養から復帰して、正式に活動を再開しました!」


 西園寺の声が響いたと同時に、会場の照明が少しだけ落とされ、スポットライトがひとつ、壇上に立つシロを照らす。


「お久しぶりです。七塚シロです。……こうして、また皆様の前に立てることを本当にうれしく思います」


 その声は、静かで、けれど確かな芯を持っていた。


「これからも、私らしい活動を大切にしながら、また皆さんと一緒に歩んでいけたらと思っています。どうか、よろしくお願いします」


 穏やかな拍手が、温かく包み込むように広がった。アオイも手を叩きながら、ふと心の奥がほんのり熱くなるのを感じた。


「それでは続きまして……紅音ウララの新曲PVを初公開いたします!」


 会場が一気に暗転する。中央のスクリーンに、ノイズ混じりの赤黒い映像が現れ、ウララの姿が浮かび上がった。


 ロックとラップが高速で交錯する。ウララは狂気を帯びたような笑顔でリズムに乗り、突き刺すような言葉を次々と叩き込んでいく。コミカルさとダークさが紙一重で混ざり合い、観客の視線と意識を強引に奪っていく。


 アオイの心臓が高鳴る。自分の声が、この空間を支配しているのだという実感が、身体の奥底を熱くさせた。


 ——サプライズって、このことか……


 映像が終わると、場内に歓声と拍手がどっと湧いた。


「ありがとうございます。このPVは明日の19時にアップされるので、そちらもぜひチェックしてくださいね!」


 西園寺の明るい声が場を和ませたその瞬間、彼の表情が少しだけ引き締まった。


「それでは最後に、皆様にお知らせがあります」


 アオイは自然と背筋を伸ばす。


「Wens所属VTuber・琥珀リリカこと三浦ミカンは、“本人名義”でSocial New Soundに出演します!」


 会場がざわつく中、アオイは拍手しながら微笑む。


 だが——。


「それに伴い、三浦ミカンはWensを卒業し、琥珀リリカとしての活動を終了いたします!」


 その一言で、アオイの世界が停止した。


「え……?」


 その声は、誰にも届かないほど小さかった。

 ミカンがゆっくりと壇上に上がる。クリーム色のドレスに身を包み、髪をまとめた姿は、まるでひとつの“答え”を体現しているかのように見えた。


「三浦ミカンです。この度、来月いっぱいでWensを卒業し、“三浦ミカン”として、表に出る活動に集中させていただくことになりました」


 その声は覚悟に満ちていた。


「二刀流をこなせるほど器用じゃないから……本気でひとつに集中したくて。もちろん、リリカとして活動できた時間は、私の大切な宝物です。関わってくれた皆様、応援してくださった皆様……本当に、ありがとうございました」


 観客から拍手が起こる。けれどアオイの耳には、それが遠く霞んだノイズのように聞こえる。


「表見さん……」


 隣にいたミドリが小声で心配そうに名を呼ぶ。だが、アオイはそれに応えることすらできなかった。


「それでは皆様、三浦ミカンさんの新たな門出を、ぜひこの場で祝福してください!」


 西園寺の掛け声とともに、グラスが一斉に掲げられる。


「乾杯!」


 グラスがぶつかり合い、音が広がる。だがその喧噪の中、アオイの心は静まり返っていた。


 壇上を降りたミカンが視界に入る。アオイは思わず、その場から足を踏み出していた。


「……いつから決めてたの?」


 ミカンは驚くこともなく、まっすぐに答える。


「決心したのは、Social New Soundの出演が決まった、あの撮影の日です」

「電話で相談してくれればよかったのに……」

「どうしてですか?」


 その返しが、あまりに真っ直ぐで、アオイの言葉を遮った。


「それは……」

「私は、表見さんの“なんでもない”じゃないですか」

「……そうだけど」


 そのやりとりに、ふっとミカンが微笑む。


「応援してくれますか?」


 アオイは、逃げるように逸れかけた視線をもう一度ミカンに向けた。そして、小さくうなずいた。


「……するよ。当たり前だよ」


 ミカンはくすくすと笑った。


「表見さんのばーか。でも、ありがとうございます」


 その笑顔は、眩しくて、そして遠かった。


 アオイは、少しだけ複雑な表情を浮かべた。

 もちろん、ミカンがWensを卒業することを寂しく思っていた。でも、それ以上に——


 ——三浦ミカンとしてどんどん有名になっていく、前に進んでいく彼女が、羨ましかった。


 そんな自分に気づいてしまったことが、いちばん嫌だった。




お読みいただきありがとうございます。

もし楽しんでいただけましたら「ブクマ」や「いいね」だけでもいただけると励みになります!

また、誤字脱字や気になる点がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。


また『30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。

最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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