第85話『まさかの大活躍!?』
ヘッドセットを装着すると、通話ルームに小さな通知音が鳴った。
「こ、こんばんは。お待たせしました」
ナマリの声だった。アオイは即座にマイクをミュートにし、喉の奥を鳴らしてウララ用の声帯に切り替える。それからミュートを外し、柔らかく語りかけた。
「私も今ちょうど入ったとこだよ〜。ナマリちゃんは準備おっけー?」
「は、はいっ……! よろしくお願いします」
間もなく、もうひとつの通知音が響いた。
「二人とも、お待たせしました」
透き通るような、それでいてか細い声――シロだった。
「シロさんこんばんはっ!」
アオイが少し上ずった声で挨拶する。シロはアオイの正体を知っているが、ナマリの前ではそれを悟らせてはならない。だからこそ、彼はウララの声を崩さないよう神経を尖らせる。
「おっ、お久しぶりですシロさん!」
「ナマリちゃん、久しぶりですね。また一緒にゲームができて嬉しいです」
ナマリの声はいつもより緊張を帯びていた。
「わっ、ワタシもです。まさかシロさんと“Bullet Blast”ができるなんて光栄です……」
「ふふふっ。ナマリちゃんも最近やってるみたいですね。楽しみです」
「恐縮です……」
ナマリは自他ともに認めるゲーマーだ。その彼女がここまで言うことに、アオイは内心驚いている。
――シロさんって、本当に何者なんだろ……
「ライブ開始」ボタンが点灯する。アオイは呼吸を整え、ウララとして笑顔を作った。
◆◆◆
「みんなこんばんは〜、紅音ウララだよ〜っ! 今日もみんなでロックンロール!」
▼「ウララちゃーん!」
▼「こんばんは〜!」
「やっほやっほー! ギラギラ輝くみんなのアイドル、銀城ユイラだよーん! ピースピース!」
▼「ユイラちゃんだ〜」
▼「今日もテンションたけぇwww」
「今日もお前らを喰らいにきたぜ。白き野獣、卯ノ花レオだ。今日は俺とユイラと、そしてウララの三人で“Bullet Blast”やってくから、最後まで見逃すなよ」
▼「レオ様とバレブラコラボはやばい」
▼「声かっこよ……」
「レオ様の言う通り、今日は三人で、バレブラのオンラインチーム対戦に挑戦するよ!」
「戦いは連携。単独じゃ意味ない。お前ら、背中は俺が預かるから、しっかりついてこい」
そしてレオからの招待が届き、マッチングが完了する。
画面に、対戦相手のチーム名と共に「WORLD RANK:87」の文字が表示された。
「えっ、世界ランク87位!?」
アオイが思わず声を上げる。
「強豪チームだな。連携も個人技も一級品のはずだ」
レオの分析に、空気が一瞬張り詰めた。
「わ、わたし、大丈夫かな……」
「ユイラたちでサポートするから気楽に行こ〜」
「う、うんっ……!」
戦場マップが表示され、カウントダウンが始まった。
――緊張する……
第一試合、開始。
アオイの指先がじっとりと汗ばむ。スコープを覗いても焦点が合わず、敵の動きに視線が追いつかない。ひとつ呼吸を整える間もなく、画面の中で銃声が走った。
撃たれた。アオイのキャラが崩れる。
「えええっ、何が起きたの!?」
驚きと焦りが混ざった声が漏れる。どう操作したのかもわからないままやられてしまった。
▼「あああウララ〜!」
▼「初めてだもんね」
▼「かわいいからオールOK!」
続けてナマリが挟み撃ちにされてやられる。
「相手上手いよこれ〜悔しい〜」
残るはレオ一人。敵は三人。
だが、レオは動じていなかった。
まずはスモークグレネードを投げて視界を遮る。霧の中から一人の敵が接近してくるが、レオはあらかじめ待ち伏せていたかのように背後を取り、瞬時に射殺。
「一人」
すかさず壁沿いを移動して回避。飛び出してきた二人目に対しては、ジャンプからのヘッドショット。立て続けに敵を仕留めていく。
「二人目」
だが、三人目のスナイパーがその動きを待ち構えていた。遮蔽物の陰から飛び出した一撃が、レオの背中を貫いた。
敗北。
それでもコメント欄は絶賛で埋め尽くされていた。
▼「レオ様すげぇ……」
▼「1対3でここまでやるか?」
▼「これが王の戦い……」
「ま、最初はこんなもんだな。次で挽回しようぜ」
「まじ悔し〜! 次は絶対勝つし!」
アオイは唇を引き結び、小さく頷いた。
◆
二戦目。
開始直後、レオの声が飛んだ。
「敵、左に偏ってる。俺が先行する。ユイラ、援護。ウララは建物の裏から出てきたやつを狙え」
「りょ〜か〜い。ウララちゃん、タイミング任せるよ〜!」
「わかった! ウララだってやる時はやるよ!」
三人がそれぞれのルートへ散る。アオイは裏手に回り込み、スコープを覗いた。
敵の姿が現れる。息を止め、引き金を絞る。
命中。
「ナイスショット。完璧だったな」
「ウララちゃんナイス〜!」
その間に、レオが敵前衛を一人倒し、ユイラが牽制射撃で相手の動きを止める。その一瞬の隙を突いて、レオが再び撃ち抜く。
絶妙なタイミング、完璧な連携。連射でもないのに、敵が次々に沈んでいく。
――なにこの人たち……強すぎる……
アオイは画面越しに呆然と二人を見ていた。自分が別の舞台に立っているかのような錯覚に陥る。
▽「ナイスうらら!」
▼「やったあああ!」
▼「ちゃんと成長してる」
勝利の文字が表示され、コメント欄には祝福とスパチャが舞い始める。
アオイの胸の奥に、小さな温かさが灯る。
◆
三戦目。
「こっちの動き、相手に読まれてるな。単純な正面突破は危険だ」
「どうするー?」
レオの分析は冷静だった。
「俺が中央を制圧する。ユイラは左から回って、圧をかけてくれ。ウララは高台に登って。そこなら撃ち下ろせる」
「イエッサ〜!」
「おっけー! 操作も慣れてきたから、挑戦してみる!」
「焦るなよ。ウララ、お前はちゃんとやれてる。自信持って狙え」
その言葉が、アオイの中の迷いを溶かす。キャラクターを高台へ走らせ、スコープを構える。
その頃、地上では激戦が始まっていた。
レオが中央で敵の攻撃を一手に引き受け、ユイラが側面から牽制をかける。フラッシュが一閃し、ユイラが先に一人倒す。
「レオ様そっちよろしく〜!」
「任せろ」
レオが飛び出し、敵の死角から正確に撃つ。二人目が倒れる。
すると残る一人が、今まさに二人に狙いを定めている――。
アオイはスコープ越しにその姿を捉えた。
「……今だっ!」
引き金を引く。銃声と同時に、敵の体が崩れ落ちた。
勝利。
▼「やったああああ!!」
▼「ウララ決めた!?」
▼「かっこよすぎる……」
▽「ナイスうらら!」
▼「これは神回」
▽「これはスパチャしか勝たん!」
「よくやった! ウララは遠距離狙撃のセンスがあるな!」
「ウララちゃん初めてなのに凄いじゃ〜ん!」
「ありがとー! 緊張したけど、なんとか上手くいったよ。レオ様の的確な指示と、ユイラちゃんの援護のおかげだね」
チャット欄には笑顔のスタンプや祝福のコメントが溢れ、画面の端には次々とスパチャの通知が流れていく。そんな中、アオイはマイクに向かって、締めの言葉を放った。
「それじゃあ、今日はここまでっ! 最後まで見てくれてありがとね〜!」
「俺たちの戦い、楽しめたか? 次も必ず観てくれよ」
「みんなまったね〜!」
◆◆◆
配信ツールの終了ボタンを押し、画面が暗転する。
――ふぅ。なんとか終わった……
ヘッドセットをずらしながら、アオイは深く息をついた。すると、ナマリの声が届く。
「ウ、ウララちゃん……初めてなのに上手でした……」
「ナマリちゃんのサポートのおかげだよ」
「い、いえっ! それにシロさんも、流石の指揮力で感動しました」
「ありがと。でも久しぶりだったから、やっぱり衰えてました」
――あれで衰えてるんだ……
「そっ、それじゃあワタシはそろそろ落ちますね」
「おつかれさま。ゆっくり休んでね」
ナマリが退室し、通話ルームにはアオイとシロだけが残った。静かな間が訪れ、やがてシロが口を開いた。
「アオイさん」
「はいっ!」
「今度、カラモンカードの大会があるんですけど、もしよかったら、私と一緒に出てみませんか?」
「え……俺がですか!?」
「まだ病み上がりなので、一人で行くのがちょっと不安でして。難しければ他の人を当たってみます」
――なるほど……そういう事情か
「……俺でよければ!」
「ふふふっ。ありがとうございます」
シロの声が、ぱっと明るくなる。
そのまま雑談は続き、話題は来月のWens社のパーティーへと移った。
「聞きました? 来月、Wens社でパーティーがあるらしいですよ。シオンさんのソロライブ、ウララさんの新曲発表、私の復帰……いろいろ重なるからって」
「そうなんですか? 俺の方にはまだ話きてないですね」
「わたしもタクミさんが電話で話してるところを盗み聞きしただけなんです。なので、そのうち言われるかもしれませんよ」
「わかりました!」
「ではわたしもそろそろ落ちますね」
「了解です。お疲れ様でした」
そして二人は通話ルームから退室し、ヘッドセットを外すと、椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「パーティーか……」
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最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




