第82話『頼もしきカレハさん!?』
「え〜っ、ミドリちゃんと表島見さんがいる〜!」
カレハの声が店内に響く。アオイが振り返ると、そこにはカレハと、その後ろからひょこっと顔を覗かせるナマリの姿があった。
「ミドリちゃん、可愛い……アオにいも似合ってる」
ナマリがぽつりと漏らすように言い、アオイは思わず背筋を伸ばした。
「カレハちゃんはここの常連なんやで」
耳元でそっと囁くミャータの声に、アオイは驚きながらも頷いた。確かに馴れた様子だった。
ミドリが気恥ずかしそうに頬を染めながらも、カレハとナマリを執事らしく優雅に席へと案内する。
「どして二人がここで働いてるの〜?」
席につくや否や、カレハが訊ねてくる。
「人手が足りなくて、助っ人で入ってるんです」
「そうなんだ〜。表見さん、似合ってますね〜」
カレハの無邪気な言葉にナマリも隣でこくこくと頷いている。
「あっ、ありがとう」
照れくささを誤魔化すように言いながら、アオイは軽く頭をかいた。
「ご注文をお伺いします、ご主人様方」
ミドリが執事らしい落ち着いた口調で声をかける。少し声が上ずっているのは緊張か、それとも照れか。
「私はストロベリーティーとチーズケーキで〜。ナマリちゃんは〜?」
「ワタシもおっ、同じやつで」
「かしこまりました」
ミドリはにこやかに会釈し、その場を離れていった。
「カレハさんって、こういうお店に来るんですね。ナマリーも」
アオイが素朴な疑問を投げかけると、カレハはちょっぴり照れたように笑った。
「わたしって大っきいから、あんまり女の子扱いされなくて。でも、ここなら執事たちが女の子らしく扱ってくれるんだ〜」
言葉とは裏腹に、その表情はどこか誇らしげにも見えた。
「ちなみにナマリちゃんはわたしが誘ったの〜。緊張してる〜?」
「うん。でも、なんかお店も可愛くて執事さんもいて、楽しそう」
ナマリはそう言って柔らかく笑った。
「ナマリちゃん可愛い〜」
カレハは思わずナマリを抱き寄せ、その頭を自分の胸にぐりぐりと埋める。
「カレハさん、くっ、苦しいです」
「あっ、ごめん〜」
慌てて手を離すカレハ。アオイはその光景を見て、自然と口元をほころばせた。
「表見さん、そちらのお片付けをお願いします」
執事然とした口調で指示を出すミャータ。アオイは姿勢を正し、にこやかに応じた。
「かしこまりました」
そう言って席を離れたアオイは、空いたティーカップなどを片手にキッチンへ。すると、中でミドリと鉢合わせた。
「なんだか、知り合いにこの格好見られるのは……ちょっぴり恥ずかしいですね」
彼女は頬を染め、視線を逸らす。
「あはは。俺にも見られてるじゃないですか」
そう言うと、ミドリはふいに顔を上げて上目遣いになり、囁くように言った。
「表見さんには……見てもらいたいです」
その言葉に、アオイの心臓が一気に跳ね上がった。鼓動が早くなり、耳の奥で自分の息づかいがやけにうるさく感じる。何かを返そうとしたその瞬間――
ガシャーン!
鋭い破裂音が、店内から響いた。
「……!」
アオイは反射的に駆け出した。店内に戻ると、床には割れたティーカップと皿。その前に立っていたのは、以前トラブルを起こした女性客だった。
「なんでわたしが帰らなきゃなんないのよ!」
ヒステリックに声を張り上げるその女性客に、ミャータが冷静に対応していた。
「お客様は、当店のオーナーより出入り禁止となっております」
「こっちは客よ!? 執事なら執事らしくもてなしなさいよ!」
「これはお仕事です。周囲のお客様にご迷惑ですので、退店をお願いします」
「っ……! なによもー!」
客が怒りに任せて手を振りかざそうとした瞬間、アオイは咄嗟に前に出ようとする。
「ミャータく――」
だが、ミャータが後ろ手でアオイを制するように手を伸ばした。思わず足が止まる。
バシンッ!
鋭い音に、アオイは一瞬目を逸らす。そして視線を戻すと、ミャータが冷静に相手の手首を掴んでいた。
「これ以上は許容できません。警察を呼ばせてもらいます」
「ふざけんじゃ――」
「ね〜おばさん、さっきからうるさいですよ〜」
その声に、女がびくりと振り向いた。
「なっ、わたしはまだ28……えっ」
後ろにはカレハが立っていた。180センチを越える長身から放たれる威圧感は、まさに圧巻だった。そして、カレハの鋭い視線に射すくめられた女は、口をぱくぱくと開けたまま声を失った。
「うるさいんで〜。帰ってくれませんか〜」
にこやかな口調なのに、凄みすら感じるその言い方に、女は青ざめた顔で小さく頷く。
「あっ、えっ……はい、すいません……」
そう言い残し、女はすごすごと店を出て行った。
「……」
アオイはしばらく呆然としていた。ミャータもミドリも、ただぽかんと立ち尽くしている。
「カレハさん、かっこいい」
ナマリがそう呟いた次の瞬間、店内にいた女性客たちから拍手が湧き起こった。
「え〜、わたし何かしちゃった〜?」
困ったように笑うカレハが、拍手を受けながら女性客たちに囲まれていく。
「かっ、かっこよかったです!」
「身長高いですね! モデルとかしてるんですか?」
「あ〜、いや〜」
困惑気味に返すカレハに、アオイは苦笑した。そしてミャータの方に視線を向けると、彼女も肩をすくめて苦笑いしていた。
「ミャータくん、大丈夫だった?」
「大丈夫やで。でも、びっくりしたわあ」
「あはは……今みたいな時のために俺がいるはずなのにね……」
アオイが頭を掻きながら言うと、ミャータが少し照れたように視線を逸らした。
「アオイさんに……怪我してほしくないねん」
その言葉に、アオイの心臓が小さく跳ねた。それがどういう意味を指しているのか……。
「執事姿、似合いそう……」
カレハの周りにいた、女性客の一人がポツりと呟いた。その瞬間――アオイの脳裏に一つの考えが閃く。
「ミャータくん! ちょっといい?」
「ん?」
二人はバックヤードへと移動する。
「どうしたん?」
「カレハさんを、スタッフとして雇うのはどうかな? 女性だから執事役を問題ないし、カレハさんの圧力なら、さっきみたいな客もビビって逃げると思うんだ」
「ああ! その手があったなぁ!」
早速カレハを呼び、事情を説明すると、彼女は人差し指を唇に当てて首を傾げた。
「え〜どうしましょ〜」
「カレハさん、かっこよかった」
ナマリが羨望の眼差しで見つめる。すると、カレハは表情を一気に緩め、ナマリの頭を撫で出した。
「まぁ〜、いいですけど〜」
「助かるわぁ!」
ミャータがガッツポーズしながら喜ぶ。
「でもわたし、バイトとかしたことないから上手くできるか分からないよ〜」
「大丈夫やで! ちゃんと研修するからな!」
「ん〜、じゃああと〜、一つ条件があります」
「なんや?」
「今度、ナマリちゃんとコラボ曲を出すことになったんですけど〜。その歌唱指導を表見さんにお願いしたいんです〜」
――俺!?
「なんやそんなことか。もちろんいいで!」
「なっ、勝手に決め……」
アオイがそう言いかけると、ミャータが手を合わせ、視線で何か訴えかけてくる。
「はぁ、わかったよ。一応Wensのボイストレーナーってことになってるし……俺でよければ」
「やり〜」
カレハが満面の笑みを浮かべ、ナマリが嬉しそうに彼女の腰にしがみつく。
「さすがアオイさんやな!」
こうして、カレハが『執事カフェ Yes, My Lady』で働くことになった。
***
そして数日後。練習スタジオにて――アオイは、カレハとナマリの二人と向き合っていた。
「二人ともほんと上手いから、俺が何か教えられることなんてあるか分からないけど……」
「え〜、表見さん凄い上手いから自信持ってくださいよ〜。ミカンちゃんとの動画も観ましたよ〜」
カレハがそう言うと、ナマリも隣で頷く。
「じゃあ、とりあえず始めよっか」
アオイの一言で、カレハとナマリ――二人への歌唱指導が始まった
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