第81話『ユリス様のソロライブ!?』
「「ユリス様、ソロライブ開催おめでとー!」」
二人の声が揃って響いた瞬間、画面の中でシオン――紫波ユリスのアバターがわずかに微笑んだ。
「二人とも、感謝します」
その丁寧な返しに、コメント欄が一気に湧いた。
▼「ユリス様まじでおめでとうー!」
▼「チケット取れるかな……」
▼「絶対行きます!」
▼「泣いてるの俺だけ!?」
「いや〜、本当にすごいことですよこれは! VTuberで幕張アリーナって……快挙ですよ、快挙!」
ミカン――琥珀リリカが興奮したように身を乗り出す。画面越しでも、その熱が伝わってくるようだった。
幕張アリーナのキャパは1万人。VTuberのソロライブは史上初。ライブでは全16曲とアンコール――ソロ曲に、グループソング、カバー、そして新曲まで――が披露される予定だ。
「Wens No.1 VTuber、ここに極まれりって感じですよね」
アオイも素直に感心しながら、ユリスのアバターを見つめた。配信者として、仲間として、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
「登録者も320万まで伸びてるし、流石としか言いようがないよ〜」
「視聴者の皆様にも心から感謝を申し上げます」
ユリスの言葉に呼応するように、スパチャが次々と飛び込んでくる。
▽「こちらこそいつも俺たちを癒してくれてありがとう!」
▽「ユリス様の配信が生き甲斐です」
▽「ライブ、絶対現地で観たい!」
「これからも皆様を楽しませられるよう、努めてまいります」
淡々とした声の裏側に、確かな決意が感じられた。その静かな熱意に、アオイはまたひとつ、胸を打たれる。
それから三人は、ユリスのソロライブ開催を喜び合い、視聴者とともにその快挙を祝う時間を過ごした。
◆◆◆
「シオンさん、本当におめでとうございます」
アオイが改めて言葉を贈ると、ミカンが言葉を重ねた。
「ほんとだよー。わたしも負けてらんない!」
「こちらこそ、二人にはいつも助けてもらってるわ」
そう応えるシオンの声は、普段より柔らかかった。
「あれ? なんか今ユリス様っぽかったかも」
「確かに〜。シオン様、どんどん素の自分が出てるんじゃないですか〜?」
アオイの言葉に、ミカンがどこか悪戯っぽく乗っかる。
「黙りなさい」
シオンが静かに言うと、ミカンが「ははーっ」と配下のように言う。
「あはは、戻っちゃった」
アオイが笑いながら言うと、シオンが小さくため息をついた。
「お兄ちゃんまで酷いじゃない」
「冗談ですよ」
クスクスと笑いながら返すと、ミカンが静かに言った。
「ほんと、わたしも負けてられないなぁ」
「競うものでもないでしょう」
シオンの冷静なツッコミに、ミカンは一瞬だけ間を置いて、ぽつりと呟いた。
「そうですね……」
その声音が少しだけ沈んで聞こえて、アオイは眉をひそめた。
「それじゃわたしはそろそろ落ちるわ」
「お疲れ様です」
シオンの言葉に、アオイが即座に応えた。
そして通話ルームから、彼女のアイコンがふっと消えた。
残された二人の間に、一瞬だけ静寂が流れた。
「……なんか浮かない感じだけど、どうしたの?」
アオイが口を開くと、ミカンは少し間を置いてから答えた。
「悩んでるんです。このままVTuberとの二足の草鞋で頑張るか、三浦ミカンとして、アーティスト一本で頑張るか」
その言葉を聞いた瞬間、アオイの胸の奥がざわついた。ミカンが言葉を続ける。
「VTuber活動は凄い楽しいんですけど、せっかく知名度がついてきたし、アーティスト一本で頑張りたい気持ちもあるんです」
「むっ、無理にどっちかにする必要なんてないよ……」
思わず声が裏返りそうになる。アオイは少しだけ息を整えて続けた。
「両方やってるからこそ、得られるものもあると思うし」
「それはありますね。でも……わたし、三浦ミカンとして横浜ドームでライブやるのが、一つの夢なんです」
その言葉に、アオイの中で何かが弾けた。意識の奥底に沈んでいた記憶が、突然ノイズのように蘇る。
◇◇◇
――小さな女の子と手を繋いで、一緒に歌っている。
「よーし! じゃあいつか横浜ドームでライブだー!」
◇◇◇
――なんだろう……何か懐かしい感じがする
「表見さーん!」
ミカンの声にはっとして顔を上げる。
「あっ、ごめん。ぼーっとしてた!」
「大丈夫ですか?」
クスクスと笑うミカンの声に、アオイも自然と笑みをこぼした。
「あはは。でも、ミカンちゃんなら叶えられると思うよ」
「わたしだけですか?」
「へっ?」
「なんでもないですよーっ」
ミカンが不貞腐れたように声を上げ、それが妙に可愛らしくて、アオイは何も言えずに頬をかいた。
「じゃあわたしもそろそろ落ちますね」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさーい」
ミカンのアイコンが消え、通話は静かに終了した。
***
次の日の夜、いつものように配信を終えてくつろいでいると、スマホが震えた。
「ん?」
画面を見ると、ミャータからの着信だった。通話ボタンを押すと、明るい関西弁の声が耳に届いた。
「いきなりごめんなぁ。アオイさんって土曜の11時から17時って空いてへん?」
「大丈夫だけど、どしたの?」
「実は……」
***
「アオイさん、向こうのテーブルの片付けお願い」
「了解!」
アオイは、ミャータの働く執事カフェで黒服として手伝っていた。慣れない業務にてんやわんやで、店内を右へ左へと奔走している。
「15分の休憩入ってええよ」
ミャータが耳打ちすると、アオイは小さく息を吐きながら頷いた。
「ありがとう」
スタッフルームの扉を開けると、アオイはふぅと息をつきながら中へ足を踏み入れた。ささやかな休憩時間。それでも、慣れない接客で張り詰めた神経には十分ありがたい。
扉がすぐにもう一度開く音がして、ミャータが顔を覗かせた。
「すまんな〜! 中々、黒服の人が見つからなくてな。なんとか17時からの人は一人確保できたんやけど……」
そう言いながら入ってくるミャータの表情には、申し訳なさと感謝が入り混じっていた。
アオイはタオルで額の汗をぬぐいながら、小さく笑った。
「大丈夫だよ。土曜日だけなら、しばらくは入れると思う」
決して無理してるわけではない。アオイはミャータの方を見て軽く頷いた。
「お疲れ様です」
その声にアオイは振り向くと、そこには執事姿のミドリが立っていた。
パリッとした燕尾服に身を包み、背筋をぴんと伸ばして立つ彼女。その姿は新鮮そのもので、アオイの脳が一瞬だけフリーズする。この前のミドリとの電話のこともあり、妙に意識してしまう。
「ミドリさんもすまんなぁ。ほんと人手不足で……」
「大丈夫ですよ。困った時はお互い様です!」
鼻息を鳴らしながら、手をグーにして頼もしそうに言うミドリ。その健気さに、アオイの胸がキュッと締めつけられた。
だが――その燕尾服の胸元が予想以上にパツンパツンで、目のやり場に困る。思わず目線を逸らすアオイ。
――ラッキー……かも
そんな軽い考えが頭をよぎった自分に、さらに困惑する。
休憩が終わり、再び店内へと戻ったアオイは、姿勢を整えながら、仕事をこなしていく。
「お帰りなさいませ、ご主人さ……えっ!?」
突然のミドリの驚いた声に、アオイは反射的に彼女の方へと視線を向けた。
その先には、カレハとその背後からほんの少しだけ見えるナマリの姿があった。
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また『30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




