第8話『ライブ配信ですか!?』
「昨日はお泊まりどうだったんだい?」
翌日のオフィス、西園寺が書類を片手に、ニヤニヤしながらアオイに問いかけた。
「変な言い方やめてくださいよ!」
アオイは声を荒げて言う。しかし、起きた時の柔らかい感触を思い出し、頬を赤らめた。
「おやおや〜これはただならぬ予感がしますねぇ〜」
西園寺はより表情を緩め、アオイをからかうような表情を浮かべる。
「なんもないですってば!」
「まあ、北大路先生の“密着取材”は有名だからねぇ。そういえば昨日の夜に先生からメッセージきたけど、来週には歌詞できるってさ!」
「そ、それなら良かったです!」
「それより、今日はこれからVTuberのグッズについて会議するけど、表見くんも参加してみない?」
西園寺が軽い口調でアオイを誘うと、入社したばかりで、しかもVTuberの活動しかしてない自分なんかを誘うことに、アオイは疑問の声を上げた。
「企画会議ですか?」
「VTuberのことはこれからの活動で身につけるとして、他のことも知っといた方がいいと思ってさ!」」
「た、確かに……そういうことならお願いします」
「おっけー! あと今夜はライブ配信してもらうからよろしくー!」
「ライブ配信ですか!?」
アオイは驚き、無意識に自分の顔を西園寺にぐっと近づけた。その行動に西園寺は一瞬、引いたような反応を見せた。
「う、うん。会議の後、表見くんの家に配信用の機材をセッティングしに行くからよろしくね。とりあえず質問コーナーでもやろうか」
アオイが目を見開き呆気にとられていると、西園寺は言葉を続けた。
「今はライブ配信でファンと触れ合うのが当たり前だからね。それに質問コーナーは自分のことを知ってもらういい機会だよ。最低限の設定はあるけど、他は表見くん本人のことをそのまま言えばいいよ。もちろん性別に関する内容には気をつけてね!」
アオイは少し不安があったものの、観念して頷き「……やってみます」と応えた。
「よし、じゃあそろそろ会議室に行こうか」
***
西園寺とアオイはグッズの企画会議に参加する。会議室に入ると、デザイナーやマーケティング担当らしき人々が集まり、次々に意見を交わしだした。
「これがアリアちゃんの新グッズ案ですね。Tシャツのロゴはこのデザインで――」「コストを抑えるには――」
アオイは周囲の会話に耳を傾けるが、内容が専門的すぎて全然ついていけなかった。
「表見くん、このロゴどう思う?」
西園寺が突然、アオイに商品の感想を求めた。
「えっ!? あっ、いいと思います。なんかファンタジーな感じが綺麗です!」
アオイは適当に答えてしまった気がして焦るが、周囲のスタッフはそれを悪く思うどころか、頷きながらアイデアをさらに膨らませているようだった。
会議が終わると、アオイは苦笑いしながら西園寺に呟いた。
「正直、何を話してたのか全然わからなかったです……」
「あははっ。数字とか企画の話はこっちの専門分野だからね。とりあえずこれから表見くんの家にスタッフと機材持っていくから、先に帰って準備しといてよ」
***
アオイはひと足先に家に着くと、部屋を軽く片付けて、西園寺とスタッフ達がくるのを待っていた。
――ピンポーン
「はーい!」
アオイがドアを開けて西園寺やスタッフ達を招き入れると、スタッフ達がテキパキと動き始めた。カメラやマイク、照明、配信用のパソコンが次々と設置されていく。
「これからは、収録やレコーディングはスタジオで、配信は家でやってもらうからね。配信ソフトの設定も済んだし、とりあえず今日は僕が横にいるから安心して」
「ありがとうございます……」
アオイは感謝しながらも、少し緊張した面持ちだった。
「じゃあ配信のやり方とか説明するから、一緒に操作しながら覚えてね」
「よろしくお願いします!」
アオイにとっては初めて触る機材が多く、扱い方を教えてもらいながら、配信のやり方を学んでいった。 機械を触ることが苦手な方ではなかったアオイは、思っていたより簡単そうだったことにホッとする。
「じゃあ、少し休憩したら早速配信してみようか! 今日の流れをまとめたメモを、画面に出しておいたよ。それと、配信中は僕から声をかけることはできないけど、画面にメッセージが表示されるようにしてあるから安心してね!」
「ありがとうございます! やってみます!」
そしていよいよ、紅音ウララの初ライブ配信がスタートした。
◆◆◆
「みんな、紅音ウララだよー! 今日もみんなでロックンロール!」
ウララが画面越しに元気よく挨拶すると、コメント欄が一気に賑わいだした。
▼「ウララちゃんの初ライブ配信だー!」
▼「この瞬間に立ち会えて感激……」
▼「めちゃめちゃ可愛い〜!」
アオイは驚きながらもいくつか抜粋して読み上げた。
「みんなありがとねー! それじゃあ早速、質問コーナーいってみよ〜!」
質問コーナーでは、気軽なものから核心を突く質問まで、ウララは視聴者と活発にやり取りをした。
「なぜVTuberを始めたの?」という質問に対しては「私のロック魂で、世界中を盛り上げたいからだよー!」と答えると、コメント欄は盛り上がった。あっという間に同時接続者数が5万人を超えると、その数字にアオイは思わず目を丸くした。
「みんな、ありがとー!」
アオイはフォークシンガーをしていた頃のガラガラの観客席を思い出し、形は違えど、5万人もの人々が自分の配信を観ているという事実に胸が熱くなっていた。
紅音ウララは、西園寺さんやスタッフ達が長い時間をかけて企画や宣伝に力を注いできたプロジェクトだ。
自分の力なんてほんのわずか。それでも、このプロジェクトに関わることができ、多くの人に紅音ウララとして自分をアピールできることに、アオイは心から感謝していた。
アオイが画面を観ると、西園寺から『じゃあ最後に何か一曲アカペラで歌って締めよう』とメッセージが届いていた。
――えっ、いきなり!? でも、これくらいできないとやっていけないか……
アオイは西園寺の方を見て、小さく頷いた。
「じゃあ、最後に感謝の気持ちを込めて、私の好きな曲を歌います!」
アオイは緊張を抑えるために目を閉じ、歌い始める。その歌声は優しく、部屋中に響き渡った。
パソコンの画面を横目に西園寺の方を見ると、彼は目を閉じ、微笑みながらその声に耳を傾けていた。
その様子が嬉しくて、アオイも自然と目を閉じ微笑みながら歌い続けた。
やがて、アオイは歌い終わりそっと目を開けると、画面には大量のスーパーチャットが流れ込んでいた。コメント欄も今日一番の盛り上がりを見せている。
「すごい……こんなに……」
驚くアオイに、西園寺から『スパチャのお礼を言って、今日は終わりにしよう!』とメッセージが届いく。慌ててスパチャを読み上げると、ウララは最後の挨拶をした。
「みんなありがとー! スパチャもまた配信に遊びに来てねー!」
◆◆◆
こうして紅音ウララとしての初ライブ配信は、無事に終了した。
配信を切った途端、アオイは椅子に深く腰を下ろした。疲れがじわじわと体に広がるのを感じながらも、その中に満ち足りた気持ちが混じっていた。手のひらで顔を軽く押さえ、ふっと息をつくと、達成感がじんわりと心を満たしていくのがわかった。
「お疲れ様! どうだった?」と、西園寺が興味深げに尋ねてきた。
「疲れました……でも、楽しかったです!」
その言葉に、西園寺は満足そうに頷き「今日はゆっくり休んでね。ほんとお疲れ様!」と言って、アオイの家を後にした。
一人になったアオイは、配信中のコメントやスーパーチャットを思い出しながら、確かな手応えを感じていた。
「早く歌の動画も出したいな……」
静かになった部屋で、アオイの高鳴る心臓の音だけが響いていた。
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