第79話『両声類仲間ですから!?』
ミャータは真剣な眼差しをアオイに向けたまま、静かに言う。
「この前、ウララちゃんしか知らんこと知っとったから、なんかおかしいなって思うてん。それがずっと引っかかっとって、今日レコーディングやって聞いて、来てみたんよ」
彼女の言葉が耳に届いた瞬間、アオイの思考は激しく回転し始めた。心臓の鼓動が早まるのを感じる。まさか……ミャータはすでに何かを確信してるのか? どうする? どう言い訳する?
否定するか、誤魔化すか――いや、違う。ここで不用意に動揺を見せたら、それこそ怪しまれてまう。
アオイはそう思いながら、ぎゅっと唇を噛む。すると、彼の脳内であることを閃いた。
「わかった。今ウララに電話かけるよ」
ミャータの表情がわずかに動いた。沈黙のまま、その場に留まる。
アオイはポケットからスマホを取り出し、画面を見つめる。指先がわずかに震えていた。発信履歴を呼び出し、シロの番号を見つけると、そのまま電話をかける。
コール音が鳴り、ほどなくしてシロが電話に出た。
「もしもし、どうしましたかアオイさ――」
「もしもしウララ、レコーディングお疲れ様」
シロは一瞬、沈黙した。アオイは冷や汗が背筋を伝うのを感じながら、祈るように待った。
「……どういうことで――」
「なっ、なんかミャータくんがウララと話したいらしくて、スピーカーにするから話してもらっていいかな?」
アオイの頬を一滴の汗が流れる。
――頼むシロさん、気づいてくれえええ!
シロはクスッと笑った。
「なるほど……わかりました。いつでもスピーカーにしてください」
その言葉に、アオイは内心安堵しながら、素早くスピーカーに切り替えた。
「もしもしー! ミャータくん、どしたの?」
シロはウララの声を完璧に再現し、明るく話し始めた。ミャータは驚きの色を浮かべる。
「ウッ、ウララちゃんなんか!?」
「当たり前じゃん! えっ、ほんとどしたの?」
ミャータはあたふたしながら答えた。
「たっ、大した話ちゃうねんけど、この前は電話ありがとな〜!」
「こちらこそだよー! てか、直接かけてくれればいいのに!」
シロの発言にアオイの心臓が跳ね上がる。
――余計なことは言わないでえぇええ!
「ほっ、ほんまそれやな!」
「変なミャータく〜ん。てかてか表見さん、配信のことで相談あるから、帰ったら電話くださーい」
「わっ、わかった」
「はーい! じゃあまたねミャータくん!」
「まっ……またなぁ」
通話が切れると、スマホから微かな電子音が響いた。
ミャータは動揺した様子で口を開く。
「ごっ、ごめんな! 変なこと言うて……」
顔を真っ赤にして、申し訳なさそうにうつむく彼女の姿に、アオイは思わず口元を引き締めた。
「ぜっ、全然!」
ミャータは両手で顔を覆い、恥ずかしさに耐えかねるように肩を震わせる。
「普通に考えてアオイさんがウララちゃんなわけありえへんのに……うち、何言うてるんやろ」
アオイは一瞬、罪悪感を覚えた。
――騙してるつもりはない……でも、結果的にそうなってることに変わりはない……
ミャータは、指先で髪をくるくると弄びながら言った。
「うちのこと、変なヤツやと思ったやろ」
「そんなこと思ってないよ! 気にしないでね」
「ありがとう……アオイさん、ほんま優しいな」
彼女は恥ずかしそうにモジモジしながらそう言った。
「ほな、うち、そろそろ帰るわ!」
「うっ、うん! 気をつけて帰りなね」
ミャータは笑顔を向けながら小さく手を振ると、足早に帰っていった。
アオイはその背中を見送りながら、胸に残る罪悪感を静かに嚙み締める。
――なんとかなった……けど……
***
アオイは足早に帰宅し、ドアを閉めた途端、すぐにスマホを取り出してシロに電話をかけた。するとすぐに彼女の声が聞こえた。
「もしも――」
「助かりましたあぁぁあああ!」
アオイは思わず叫ぶように言った。
電話の向こうからシロの笑い声が響く。
「ふふふっ。わたしもバレないかドキドキしちゃいましたよ」
「いや……完璧な声帯模写だったので大丈夫だと思います……」
「それならよかったですね。でも、いつまでもバレないまま突き通すのは難しいかと」
アオイはその言葉に、一瞬言葉を詰まらせた。
「はい……」
「正直、時間の問題だと思いますよ。それに、アオイさんは人が良さそうなので、秘密を抱えたままでいるのは辛いんじゃないですか?」
アオイは黙り込んだ。
「正直、そう思うことはありますね……」
「アオイさんの問題なので、わたしがこれ以上口を出すことはしませんが、何かあればお話聞きますからね」
「ありがとうございます……」
「ふふふっ。両声類仲間ですからね」
「"りょうせいるい"ってなんですか?」
「男女両方の声が出せる人のことを、両生類の"生"の字を"声"に変えて両声類と言うらしいですよ」
「なるほど……」
「思い詰めすぎないでくださいね」
「はい……。でも、少し考えてみるきっかけにはなりました」
「そうですね。ただ、どちらにせよアオイさんの気持ちが大切ですよ」
「はい……今日は本当にありがとうございました」
「ふふふっ。いえいえ」
そして通話を終えた。
***
それから数日後、アオイのスマホにメッセージが届いた。
『クロっちの仕上げ作業が終わったらしいから、今日の17時からクロっちのスタジオでお披露目会するからこれるー?』
西園寺からの連絡だった。
アオイはスマホを握りしめながら、そのメッセージを何度か読み返す。期待が膨らみ、胸が高鳴るのを感じた。
『いけます!』
一言だけ返したものの、アオイの頭にはシロとの会話が残っていた。
――いつまでも秘密を抱えたままは難しい
――時間の問題だ
西園寺に相談すべきだろうかアオイは悩む。しかし、答えは出ない。
時計を見れば、16時を過ぎている。考えすぎても仕方がない――とりあえず、支度をして東ヶ崎のスタジオに向かうことにした。
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