第78話『突然の来訪者!?』
レコーディングブース内の照明が柔らかく照らす中、アップテンポなロックの曲が始まろうとしていた。ギターのひびくリフとドラムの強烈なビートが、スタジオの空気を一変させる。ベースの低音は、まるで大地の鼓動のようにアオイの全身に染み渡っていく。
アオイは深呼吸しながら、何度も練習してきたことを思い返す。数日の厳しい練習、ミドリの細やかな指摘、そして東ヶ崎の鋭い眼差し――すべてが、このレコーディングのためにある。彼はヘッドホンを装着し、鼓動と一体となるかのように自らの声を解放する準備を整える。
――いける……
穏やかな自己鼓舞とともに、アオイは曲の最初のパートに身を委ねた。ボーカルが力強く立ち上がり、ロックサウンドに合わせて低くも熱い声がスタジオ内に響く。瞬く間に、彼の歌声がギターのリフとドラムのパワーに融合し、まるで一つの楽器となってリズムを刻み始めた。
曲は徐々に高まる緊張感の中、アップテンポのエネルギーを全開にする。サビに差し掛かると、アオイは全身から力を振り絞るように、胸の奥深くから声を引き出す。その瞬間、スタジオに満ちる熱気は、彼の情熱そのものとなってゆく。
そして、最も難易度の高いラップパート。ここでは、ただ歌うだけではなく、一音一音に命を吹き込むかのような集中力が求められる。アオイは目を閉じ、リズムに乗る感覚と一体化しながら、言葉が流れるように丁寧に、一語一語を刻み出していった。言葉と言葉の間に生まれる微妙な隙間すら、彼なりの表現となった。
一通りのテイクが終わると、録音室内に静かな余韻が漂った。アオイはヘッドホンを外し、額に浮かぶ汗を拭う。
「オッケー、一旦休もうか」
西園寺の柔らかな声が室内に響き、一旦休憩の時間に入った。彼は端正な笑みを浮かべながら、アオイに向かって軽く頷く。アオイも、その声にほっとした様子で頷いた。
休憩の合間、水を飲むアオイの前に、東ヶ崎が鋭い視線を向けながら向かってきた。彼女は腕を組み、口元にわずかな笑みを浮かべながら、まずは客観的な意見を口にする。
「序盤はいい感じだったわ」
しかし、すぐに彼女は続けた。
「ただ、ラップの部分が、ちょっと単調になってる。全体にもっとエッジが欲しいわね。あと、もっと音に乗る感覚を意識して、言葉を躍らせるようにしなさい」
アオイは真剣な表情で東ヶ崎を見つめ、頷いた。彼自身も、自分に足りないものを痛感していた。東ヶ崎はさらに、声の厚みを意識したアドバイスを続けた。
「あとサビ。もっと深く息を吸い込んで、胸の奥から声を放つイメージにして。声の広がりを感じさせなさい」
「はい!」
アオイは力強く答えた。
再びレコーディングブースに戻ると、緊張と期待が交錯する中、イントロの強烈なギターリフが再びスタジオを満たした。アオイは、先ほどの東ヶ崎からのアドバイスを真摯に受け止め、息づかいの一つ一つに全力を込めて挑む。リズムに乗るとき、彼は自らの内面に眠る熱を感じ取り、言葉が音に乗り流れる感覚を実感した。
まずは、ロックパートでのエネルギッシュな歌唱。声がギターとドラムに負けないよう、しっかりとした力強さで放たれる。その後、ラップパートに入ると、以前にも増して音と一体化する感覚が研ぎ澄まされていく。息継ぎのタイミング、言葉のアクセント、そしてリズムとの調和――すべてが見事に噛み合う感覚が、アオイの身体中に伝わる。
ラストパート、アオイの得意とするガナリ声が、スタジオの空気を強く揺らす。アオイの目に、西園寺の表情が興奮に染まっているのが見えた。
そして曲が終わり、アオイがヘッドホンを外すと、スタジオ内に西園寺やスタッフの大きな拍手が響き渡った。アオイが録音ブースを出ると、西園寺がすぐに口火を切った。
「ばっちり」
続いて、東ヶ崎が低い声ながらも、満足げに呟く。
「いいんじゃない」
アオイは興奮冷めない中、自然と二人に向かって頭を深く下げた。
「ありがとうございます!」
レコーディングが終わると、スタッフが各機材の電源を落としていく中、帰り支度が始まった。機材のケーブルを片付け、スマホにメモを取りながら、アオイは今日の一日を振り返る。温かい励ましと厳しい指摘――すべてが、今後の成長に繋がる大事な経験だと感じた。
スタジオの廊下に出たとき、西園寺が東ヶ崎に向かい、軽い調子で尋ねる。
「これからすぐ仕事にかかるのかい?」
東ヶ崎はわずかに笑みを浮かべながら答えた。
「もちろん。アオイからもらったこの熱を、ぶつけたくてうずうずしてるのよ」
その言葉に、アオイは真剣な眼差しで東ヶ崎に向かい、感謝の念を込めて返した。
「よろしくお願いします!」
東ヶ崎は少し肩をすくめると、冷静な口調で続ける。
「別にあんたのタメじゃないけど……まぁ、楽しみにしときなさい」
「はい! でも……無理はしないでくださいね」
東ヶ崎はちらりと西園寺の方を見、軽く笑みを交えながら言う。
「わかってるわよ。西園寺もうるさいしね」
西園寺は得意げに笑い、口をはさむ。
「分かってるんじゃん」
そのやり取りに、アオイは思わずフフッと笑いながら、心の中で今日の達成感を噛み締めた。
「じゃあ、僕もこれからまだ仕事あるから、表見くんは気をつけて帰りな」
西園寺が軽い調子で声をかけ、アオイはスタジオを後にした。
***
外に出ると、夜の涼しい空気が心地よく感じた。すると、こちらに近づいてくる一人の女性が目に入った。ミャータである。彼女は真剣な表情で、アオイに向かってゆっくりと近づいてくる。
「ウララちゃん、レコーディングやったんやんな?」
その柔らかくも鋭い声に、アオイの心臓は一瞬激しく高鳴った。驚きと戸惑いが入り混じった声で、彼は問い返す。
「そっ、そうだけど……どうしたの?」
ミャータは一度、ゆっくりと目を細めた後、さらに真剣な口調で続ける。
「ウララちゃんに会わせてくれへん?」
アオイは焦りと戸惑いが顔に走る。
「ウララは……先に帰ったよ……」
焦る気持ちが胸を締め付ける中、ミャータは次の言葉を投げかける。
「ほな、ウララちゃんに電話してや」
その瞬間、アオイの心臓はドキリと大きく弾んだ。
「えっ、いや……それは……」
ミャータはにこりと微笑みながら、さらに言葉を続ける。
「ぼくがしてもいいんやで」
アオイは言葉を失い、喉が詰まるのを感じた。その横で、ミャータはさらに問い掛けるように低い声で呟いた。
「やっぱり、ウララちゃんの正体って……アオイさんなん?」
突然の言葉に、アオイは一瞬、呼吸の仕方すら忘れた。視界の隅が揺れるような錯覚に襲われ、笑ってごまかそうとした唇が、思うように動かなかった。
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