第74話『ウララしか知らないこと!?』
「もしもし、ウララちゃん?」
ミャータの声が飛び込んできた瞬間、アオイは一気にスイッチを切り替えた。
「そだよー! ミャータくんどしたの?」
「いやな、ウララちゃんと交友関係を深めたいと思って」
少し照れくさそうなミャータの声に、アオイは小さく首をかしげる。
「なにそれー! てかてか、この前はスパチャありがとね!」
「当然やん。ウララちゃんの1番のファンやもん」
「あはは……嬉しい〜」
アオイはそう言いながら、口元に微妙な笑みを浮かべた。嬉しさは本物だったが、どこか気まずさが混じる。ミャータの熱烈なラブコールに、少しだけたじろぐ自分がいた。
「邪魔者がいなければ、ぼくが配信に乱入しようと思ったのに……!」
ミャータが冗談めかして笑う声に、アオイの脳裏にシオンとミドリの顔が浮かび苦笑する。
「まっ、またコラボしてね!」
「もちろん、いつでも歓迎やで!」
アオイはミャータの明るさに釣られて、自然と微笑みが深まった。電話越しの彼女の声はいつも通り軽快で、気がつけば緊張はどこかへ消えていた。
「そっ、そういえば……」
ミャータの声が急にたどたどしくなり、アオイは眉を軽く上げた。
「なぁに?」
「あっ、アオイさんとはよく会うん?」
――ん? なんで俺の名前が?
アオイの頭に一瞬疑問が浮かび、胸が小さく跳ねた。だが、ウララのトーンを崩さないよう、軽やかに返してみる。
「配信や案件のこととか、頻繁に連絡は取り合ってるけど、会うことは一週間に一回くらいかな〜」
「そっ、そうなんや……」
「それがどうしたの?」
「アオイさんとミドリさんって、仲良いんだよね?」
突然ミドリの名前が出てきて、アオイの思考が一瞬止まった。
――なんでミドリさん?
頭の中が軽く混乱しながらも、わざと大げさに驚いてみせた。
「そっ、そんなんだ〜! しっ、知らなかったなぁ〜!」
「二人って……付き合ってるんかな?」
ミャータの声が恥ずかしそうに小さくなるが、それとは対照的に、アオイは思わず声を上げてしまった。
「ふぇ!?」
「いっ、いや、もしかしてって思っただけやで!」
「つっ、付き合ってないよ! そんな、ミドリさんに申し訳ない!」
「ん? なんでウララちゃんが申し訳なく思うん?」
――しまった!
アオイの心臓が一瞬大きく跳ね、頭の中が慌ただしく回転した。まずい、つい本音が漏れそうに。焦りを隠すように、急いで言葉を繕う。
「ほらっ、表見さんとミドリさんじゃ年齢も少し離れてるし、あの人ちょっとドジだし頼らないから、ミドリさんみたいな素敵な人もったいないじゃん!」
言いながら、心のどこかがズキッとした。
――なにこのセルフダメージ!
アオイは思わず自分にツッコミながら笑顔で涙を流す。
「そっ、そんなことないで……。アオイさん、めっちゃ男前で頼りになるよ」
ミャータの声が急に高くなり、乙女のようなトーンに変わった。アオイは一瞬ドキッとして、胸が小さく締め付けられる。
「でもそうか、付き合ってないんやね。ふ〜ん」
ミャータが意味深に呟いた瞬間、アオイは次の言葉を探して口ごもった。 頭がぐるぐるしていると、ミャータが先に話を進めた。
「ありがとな! また何かあったら連絡させてもらうわ!」
「うっ、うん! またね!」
「ほな〜」
ミャータの声が最後は軽快に弾み、電話が切れた。
アオイはスマホを握ったまま、ソファにどさっと背を預けた。
――なんだったんだろ……
ミャータの意図が掴めず、頭の中がモヤモヤする。
***
次の日、アオイはオフィスで西園寺と新曲の打ち合わせに臨んでいた。机の上には資料が広がり、コーヒーの香りが部屋に漂っている。
「クロっちにしては珍しく時間かかってるみたい。いつも以上に気合い入ってるって連絡がきたよ」
西園寺が目を細めて満足げに言うのを聞き、アオイは内心で期待が膨らんだ。あの天才作曲家の東ヶ崎が本気を出している新曲。どんな仕上がりになるのか、想像するだけで胸が高鳴る。
「楽しみです」
「それと、この前紹介したシロと、近々、案件動画の配信をやってもらうことになったから」
シロの名前を聞いて、アオイの頭に彼女の姿が浮かんだ。華奢な体に宿る鋭い瞳と、驚くほど多彩な声。あの技術は本当に圧巻だった。
「彼女から学べること色々あるからさ、いい経験になると思うよ」
「わっ、わかりました!」
「そのことで今日はシロも呼んで……あれ、ミャータくん?」
西園寺の視線がオフィスの入り口に向き、アオイもつられてそちらを見た。そこにはミャータが立っていて、こちらに気付くと笑顔で近づいてくる。
「今日はどうしたの?」
西園寺が質問を投げかけると、彼女は弾けるような笑顔で答えた
「近くにきたから顔出しただけやでって、アオイさんもいるやん!」
ミャータが目を丸くして驚いていると、アオイは昨日の電話のことを思い出し、気まずさから言葉に詰まりつつも、なんとか返した。
「きっ、昨日の電話ぶり……」
「昨日? アオイさんとは電話してへんよ?」
――やばっ!
アオイの頭が一瞬真っ白になり、心臓がバクバクと跳ね上がった。
――まずい、ウララとして電話してたこと忘れてた!
焦りが全身を駆け巡り、冷や汗が背中を伝う中、なんとか誤魔化そうと口を開いた。
「いや、『ミャータくんと電話した』ってウララからメッセがきてさ!」
ミャータの顔が急に赤くなり、目を泳がせて焦った表情を浮かべた。
「うっ、ウララちゃん、何か言うてた?」
ソワソワしながら聞いてくるミャータに、アオイは少し気まずさを感じつつも平静を装う。
「いや、特には言ってなかったよ……」
「そっ、そか〜」
ミャータが視線を逸らし、どこか落ち着かない様子を見せる。すると、西園寺が和やかに口を挟んだ。
「ウララと言えば、この前のスパチャ合戦は笑ったな〜!」
西園寺が笑い声を上げると、ミャータもつられて笑った。
「愛しのウララちゃんに仰山、貢いでもうたわ〜」
その軽いやりとりに場の空気が和み、アオイもホッとして笑顔になる。
「あはは、でも、シオンさんとミドリさんのことを“邪魔者”は酷いんじゃない」
つい口を滑らせた瞬間、ミャータが驚いたように目を大きく見開いた。その表情に、アオイの胸がギクリと締まる。
――しまった、つい!
「なんでそのことアオイさんが知ってるん?」
ミャータの鋭い視線に、アオイは慌てて言葉を繕った。
「うっ、ウララが面白おかしく送ってきたんだよ!」
「……そか」
ミャータが納得していないような表情で呟き、アオイは息を呑んだ。
――まずい、バレた……?
頭の中がぐちゃぐちゃになりかけたが、ミャータが先に話を切り上げた。
「まぁええわ! ほな、ぼくそろそろ帰るわ」
「まっ、またね……」
「気をつけて帰りなね〜」
アオイと西園寺が見送ると、ミャータは軽く手を振ってオフィスを出て行った。アオイは肩の力を抜きつつも、心の中のモヤモヤが消えない。
「さっきのって、何かあったのかい?」
西園寺が不思議そうに聞いてきた。アオイは少し迷った後、正直に打ち明けることにした。
「実は……」
昨日、ウララとしてミャータと電話したときに「邪魔者」という言葉が出てきて、それをうっかり口にしてしまったことを説明した。話しながら、自分のミスに軽く頭を抱えたくなる。
「まっ、まぁ、流石にそのくらいでバレたりはしなんじゃないかな! シロみたいに変態的な聴力があるわけじゃ――」
「誰が変態さんですか?」
「どぅわあああ!」
突然背後から聞こえた声に、西園寺が飛び上がった。アオイも驚いて振り返ると、そこにはシロが呆れ顔で立っていた。
「何を驚いてるんですか。コラボ配信の件で呼んだのはタクミさんですよ」
シロが淡々と言うと、西園寺が苦笑いを浮かべた。
アオイは軽く会釈すると、シロが柔らかく微笑み返してきた。
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