第73話『白き美女と白き野獣!?』
目の前に立つ女性"七塚シロ"は、今にも砕け散ってしまいそうなほど華奢な体つきだった。それなのに、その眼差しは鋭く力強く、深みのある輝きを宿し、アオイは吸い込まれそうな感覚に襲われた。
「表見くん、見惚れすぎだよ」
西園寺の声が耳に届き、アオイはハッと我に返った。彼は軽く口元を緩め、からかうような視線を投げかけてくる。その隣で、シロが小さく微笑んだ。
「タクミさん、"初代"という表現は古株みたいなのでやめてくださいね」
か細い彼女の声は穏やかで、どこか儚い。アオイは再び彼女に視線を戻す。細い肩、透き通るような肌。そして何より、その瞳。鋭さの中に宿る不思議な温かさに、アオイは魅入られる。
「だから、見惚れすぎだって!」
西園寺が、今度は少し声を大きくして笑いものぞかせた。アオイが慌てて視線を逸らそうとした瞬間、シロが静かに口を開いた。
「七塚シロです。よろしくお願いします」
彼女の自己紹介は簡潔で、どこか落ち着きを湛えていた。アオイは一瞬言葉を探し、やっとの思いで口を開く。
「あっ、えっ、男性じゃないんですか?」
驚きがそのまま声に乗り、シロがハッとした表情を浮かべた。すると隣で、西園寺が堪えきれずに吹き出し、大きな笑い声を上げた。アオイは混乱しながら彼を見やる。
「卯ノ花レオは確かに男性キャラのVTuberだけど、シロ自身は女の子だよ」
西園寺の言葉に、アオイの思考が一瞬停止した。
「えっ、どういうことですか?」
「まぁその内分かるよ。あっ、ちなみにこちらは表見アオイくんで、紅音ウララのマネ――」
「びっくりです」
「「え?」」
西園寺の言葉を遮る彼女の言葉に、アオイと西園寺が同時に声を上げた。二人の声が重なると、シロは穏やかな表情のまま、言葉を続けた。
「まさか、紅音ウララさんが男性だったなんて」
――ッ!?!?
アオイの心臓が一瞬跳ね上がり、胸が締め付けられるような衝撃が走った。驚愕が全身を駆け巡り、言葉が喉に詰まる。
慌てて西園寺の方を見ると、彼もまた口を半開きにし、目を丸くして固まっていた。アオイは必死に声を絞り出す。
「おっ、俺が紅音ウララですか!?」
西園寺が我に返ったのか、慌てて手を振った。
「なっ、何言ってんのさシロ! 彼はウララのマネージャーで――」
彼がそう言いかけた瞬間、シロが小さく笑い、口元に手を当てた。彼女の瞳が細まり、どこかいたずらっぽい光を帯びる。
「タクミさん。わたしが耳いいこと、忘れてません?」
アオイが再び西園寺を見ると、彼の頬に一粒の汗が伝うのが見えた。そして西園寺は観念したように肩を落とし、苦笑いを浮かべる。
「さすがだね、シロ……」
彼は軽くため息をつき、アオイに視線を移した。そして、ゆっくりと紅音ウララについての説明を始めた。西園寺の言葉を聞きながらも、アオイは動揺を隠せなかった。
説明が終わり、シロが小さく笑みをこぼす。
「ふふふっ、わたしと逆ですね」
アオイは冷や汗をかきながら首をかしげた。
「どっ、どういうことですか?」
シロは一瞬目を閉じ、深呼吸をするように息を整えた。そして、次の瞬間、低く艶やかな声が部屋に響いた。
「今夜もお前たちを喰らいに来たぜ。白き野獣、卯ノ花レオだ」
その声はあまりにも力強く、男性的で、アオイは目を大きく見開いた。まるで別人が目の前に現れたかのような衝撃が全身を貫く。シロの華奢な姿からは想像もつかない迫力に、アオイの背筋がゾクッと震えた。
西園寺が口を挟む。
「シロは声帯模写の達人というか、アオイくんと同じで声帯のコントロールが得意なんだよ」
アオイは驚きのあまり言葉が出てこなかった。すると、シロが再び口を開き、今度は明るく弾むような声が飛び出した。
「こんにちはー、紅音ウララだよー! 今日もみんなでロックンロール!」
その瞬間、アオイは凍りついた。シロが放った声は、まさに紅音ウララそのものだった。自分の声が完璧に再現されていることの不可思議に、頭が混乱する。
さらにシロは、翠月アリアや浅葱コスモの挨拶まで、まるで本人かと錯覚するほどの精度で次々と声を披露した。アオイはその技術に圧倒され、ただ呆然と彼女を見つめるしかなかった。彼女の声帯模写は、アオイのものとは比べ物にならないほど高度で、自由自在だった。
「すっ、凄い……天才だ……」
アオイがつぶやくと、シロは少し照れたように笑った。
「ふふふっ。流石に歌声まではまねできないですけどね」
西園寺が穏やかに口を挟む。
「近々コラボしてもらう予定もあるから、彼とは仲良くしてあげて」
シロがアオイに視線を向け、柔らかく微笑んだ。
「あら嬉しい。よろしくね、アオイさん」
彼女が手を差し伸べてくる。その指は細く、華奢で、アオイはそっと握り返した。触れた瞬間、壊れてしまいそうな儚さに一瞬不安がよぎるほどだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします……」
二人は連絡先を交換し、その場の空気が和やかな雰囲気に包まれる。
***
その日の夜、アオイは決断し、ミカンに電話をかける。
呼び出し音が数回鳴り、すぐに明るい声が飛び込んできた。
「こんばんはー! どうしたんですか?」
「えっと……今、少し大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ!」
ミカンの声はいつも通り弾んでいて、アオイの緊張を少し解いてくれた。彼は深呼吸し、言葉を切り出した。
「リバースでのライブのことなんだけど、ありがたい提案ではあるんだ……でも、今は紅音ウララの活動に集中したいと思ってさ……」
一瞬の沈黙が流れる。アオイの胸が小さく締め付けられた後、ミカンの声が返ってきた。
「そうですか……」
その声に少しの寂しさが混じる。アオイは慌てて続ける。
「ごめん……せっかく俺のこと考えて提案してくれたのに」
すると、電話越しにミカンが小さく笑う音が聞こえた。
「気にしないでください。残念ですけどねー!」
彼女の声は少し不貞腐れたように響きつつも、どこか軽やかで、アオイはホッとした。ミカンの明るさが、申し訳なさを少しだけ和らげてくれる。
「でも、動画を一緒に投稿するくらいなら、いくらでも協力するよ!」
「ほんとですか!? やったー!」
ミカンの声が一気に跳ね上がり、アオイは思わず笑った。
「おおげさだよ」
「そんなことないです! わたし、表見さんと歌うの大好きなんですから!」
その言葉に、アオイの頬が熱くなる。照れ隠しに軽く咳払いをし、彼は穏やかに返した。
「ありがとう。じゃあ、また動画のこととかいつでも連絡してきて」
「はい! ありがとうございます!」
ミカンの嬉しそうな声に、アオイの心が温かくなった。そして電話を切ると、彼はソファに深く身を沈めた。
ミカンへの申し訳なさが胸に残る。彼女の提案を断ったことが、心に小さな棘のように刺さっていた。その気持ちを振り払うように、アオイは立ち上がり、シャワーを浴びることにした。熱い湯が体を包み、頭の中を少しずつ整理していく。
シャワーを終え、タオルで髪を拭きながら部屋に戻ると、ウララ用のスマートフォンに通知がきていた。
ミャータからの着信だった。
ウララ用のスマホを手に取ったアオイは、ディスプレイに映る発信履歴を見つめたまま、しばらく指を止めていた。
ただの通話。なのに、ウララとしてかけるだけで妙に緊張する。コラボ配信前に通話ルームで喋るのとは違う、初めての完全プライベートな電話。
「……よし」
小さく呟いてから、アオイは通話ボタンを押した。
軽く喉を鳴らしながら、呼び出し音の向こうでミャータが出るのを待った。
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また『30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




