第72話『北と東の女神様!?』
グッズの企画会議を終えたアオイは、足早に駅前の居酒屋へと向かっていた。夕暮れの街並みを抜け、店の暖簾をくぐると、店員に案内された先には、北大路の姿があった。彼女はグラスを手にゆったりと座り、アオイを見つけると軽く手を振った。
「おっ、お待たせしました! 今日は急に来てもらってすいません!」
アオイが慌てて頭を下げると、北大路は柔らかな笑みを浮かべた。
「いいのよ。それより、相談なんてどうしたのよ」
「実は……」
アオイは席に着きながら、ミカンから誘われたリバースでのライブの話を切り出した。表見アオイとして大勢の前でライブができるチャンスに嬉しい半分、今は紅音ウララとしての配信が絶好調で、そこに集中したい気持ちも強い。
言葉を選びながらその葛藤を伝えると、北大路は静かに頷いた。
「なるほどね。確かに、まさかあんな形で表見くん自身の知名度が広まるなんて思わないものね……」
「嬉しいんですけどね……」
アオイが苦笑いを浮かべたその時、個室の引き戸がガラリと開く音がした。彼は反射的にそちらへ目をやった。
「なにクヨクヨしてんのよ。みっともないわね」
そこに立っていたのは東ヶ崎だった。アオイの目が驚きに見開かれる。
「とっ、東ヶ崎さん!? どうしてここに!?」
「私が呼んだのよ」
北大路が妖艶な笑みを浮かべながらグラスを傾け、アオイは思わず声を上げた。
「言ってくださいよおぉおぉおお!」
困惑が顔に滲むアオイを、東ヶ崎が宝石のように輝く瞳で鋭く睨んだ。
「なに? わたしがいちゃまずいわけ?」
彼女の冷たく刺すような言葉に、アオイは冷や汗を滲ませながら、慌てて敬礼のポーズを取った。
「いっ、いえ光栄でございます!」
「調子いいわね……」
彼女は小さく鼻を鳴らし、苦笑いを浮かべた。
アオイは改めて東ヶ崎にも事情を説明した。ミカンからの誘いと、紅音ウララとしての活動への思いを丁寧に伝えると、彼女は肩をすくめた。
「ふーん。まっ、わたし的にはどうでもいいわね〜」
「冷たっ!」
アオイが思わず突っ込むと、東ヶ崎は軽く目を細めた。
「てか、なんでそれをマリ姉に相談するのよ。西園寺に相談すればいいじゃない」
「さっ、西園寺さんはきっと、俺のしたいようにすればいいって言うだろうし……」
「確かに……アイツって放任主義というかなんというか……」
東ヶ崎が頷くと、北大路が静かに口を開いた。
「無理させたくないのよ……“あの子”のこともあったから……」
「あの子……?」
アオイが首をかしげると、東ヶ崎が話を引き取った。
「まぁ、それはそれとして。アオイはどうしたいのよ」
「はっ、はい。俺としては、今は紅音ウララに集中したいんですけど、正直、表見アオイとして歌えることも魅力的というか……」
言葉を濁すアオイに、北大路が穏やかに提案した。
「別にどっちかに絞る必要なんてないんじゃないかしら?」
「そうですかね……」
「別に今はVTuberとしての活動に集中して、ある程度落ち着いてから、そっちの活動にも力を入れてみたらいいじゃない」
東ヶ崎がそれに続けた。
「そうそう。別に今はライブまでしないとしても、ミカンたそと動画上げるくらいなら、配信活動にもあんまり影響しないでしょ」
「確かに……」
アオイが頷くと、東ヶ崎が急に真顔になり、低い声で呟いた。
「てか、わたしの推しを傷つけたらぶち◯めすから」
「もっ、もちろんでございます!」
東ヶ崎の鋭い視線に気圧され、アオイは背筋を伸ばし、焦りながら返した。
三人で食事を済ませ、店を出た後、アオイは二人に頭を下げた。
「北大路先生も東ヶ崎さんも、今日はありがとうございました」
「大したことないしてないわよ。それに、私は表見くんの味方だからね」
北大路がそう言ってウインクすると、東ヶ崎がスマホを取り出し、インカメで三人を収めた写真を撮った。
「これアイツに送ってやろ〜」
ニヤニヤと悪戯っぽい表情を浮かべる東ヶ崎に、アオイが慌てて止めに入った。
「まっ、まずいですって! 西園寺さんそういうの絶対拗ねますよ!」
「もう送っちゃったわよ」
北大路がクスクスと笑い出し、アオイは呆気にとられた。
「はぁ……知りませんからね〜」
東ヶ崎がゲラゲラと笑い声を上げる中、アオイは苦笑いを浮かべながら夜の街へと歩き出した。
***
翌日、アオイがオフィスに足を踏み入れると、西園寺がデスクでブツブツと呟いている姿が目に入った。彼は近づき、軽く挨拶した。
「おはようございます、西園寺さん」
西園寺は振り向きもせず、不貞腐れた表情で小声で何かをつぶやき続けている。アオイが首をかしげていると、カオルがそっと近づき、耳元で囁いた。
「表見さんたちが自分を除け者にしてるって、朝からブツブツ呪文のように唱えてるんですよ」
カオルが苦笑いを浮かべると、アオイは慌てて弁解した。
「すっ、すいません。北大路さんに相談があって……」
その声に反応したように西園寺が突然立ち上がり、鼻水を垂らしながら号泣し、アオイにしがみついてきた。
「僕のことぎらいになっぢゃっだのおぉぉ!?」
その叫び声に、オフィスの周囲の人々が驚いた顔でこちらを振り返る。アオイは顔を引きつらせながら、再度、弁解をした。
「ちっ、ちがいますよーー! 西園寺さんにはいつも迷惑かけてるので、たまには他の人に相談して解決しようと思ったんです……」
「そうなの? 気にしなくていいのに……」
西園寺が涙を拭き、鼻をかみながら言う。アオイはホッと胸を撫で下ろした。
「僕はプロデューサーだよ? なんでも相談してよ」
「あはは……ありがとうございます」
西園寺の言葉にアオイは素直に嬉しさを感じた。だが同時に、彼の大きな器に甘えすぎず、迷惑をかけたくないという思いが胸に広がる。いつも支えてくれる西園寺だからこそ、自分でできることは自分で解決したい。そんな気持ちが芽生えていた。
「そんなことより、今日は”シロ”を紹介するよ」
――切り替え早っ!
「シロさんって、この前言ってた人ですよね?」
「そうそう! Wensの最初のVTuber、卯ノ花レオの中の人だよ」
「だっ、大先輩だ……」
「あはは。そんなかしこまらなくていいよ。そろそろ来るはず」
アオイはソワソワしながら待った。そして15分ほど経った頃、西園寺の声がオフィスに響いた。
「おっ、シロー! こっちこっち!」
その声に反応し、アオイは入り口の方へ目を向けた。
そこに現れたのは、真っ白な髪と、光を受けてきらめく雪よりも淡い肌を持つ女性だった。
「紹介するよ! こちらがWensの初代VTuber”七塚シロ”さん」
薄いブルーの瞳が光を反射し、まるで妖精のような儚い美しさを湛えている。彼女の存在感は静かでありながら、どこか異世界めいた雰囲気を漂わせていた。
東ヶ崎とはまた違う"非現実的"なその美しさは、アオイの意識を一瞬、現実から切り離すほどだった。
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また『30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




