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第70話『リバースでライブ!?』




 店を出たとき、夕陽が街を柔らかなオレンジ色に染めていた。アオイはミドリと並んで歩きながら、静かに暮れゆく空を見上げた。帰り道、ミドリがふと足を緩め、口を開いた。


「表見さん、かっこよかったです」


 アオイは一瞬言葉に詰まり、照れ隠しに首を振った。


「たっ、大したことないですよ!」


 勢いよく否定すると、ミドリがじっとこちらを見つめてきた。その瞳には、どこか探るような光が宿っている。アオイは彼女の視線に気圧されそうになりながらも、目を逸らさずにいた。


「……あれがわたしだったとしても、守ってくれてました?」


 ミドリの声は静かで、どこか試すような響きを帯びていた。アオイは反射的に口を開いた。


「とっ、当然ですよ!」


 勢いで飛び出した言葉に、ミドリがぷっと小さく吹き出した。次の瞬間、彼女は我慢しきれなくなったように「あははははっ」と明るい笑い声を上げた。アオイは少し面食らう。


「ありがとうとございます」


 ミドリはそう言い穏やかな笑みを向けてきた。その一言に、アオイは肩をすくめて小さく息を吐いた。彼女の柔らかな表情が、夕陽の光の中で一層温かく見えた。



 ***



 家に着くと、アオイは大きくため息をついた。コンカフェという慣れない環境や、迷惑客との騒動が原因で疲れが溜まっていた。背中に残る薄い熱は、カフェでの出来事を鮮明に呼び起こす。ソファに腰を下ろし、深く息をつくと、ようやく肩の力が抜けた。アオイはテレビの音を小さく流し、ぼんやりと画面を眺めた。


 テーブルの上でスマートフォンが震え、目をやるとミャータの名前が表示されている。アオイは少し驚きつつ、通話ボタンを押した。


「もしもし、どうしたの?」

「いや、改めて謝りたかってん」


 ミャータの声には微かな緊張が混じっているようで、アオイは首をかしげた。


「いやいや、ミャータくんが謝ることじゃないって。ああいうことって、やっぱりあるの?」


 アオイが尋ねると、ミャータは一瞬言葉に詰まったようだったが、すぐにいつもの軽い調子に戻った。


「初めてやで。さすがのぼくも焦ったわ。でも、オーナーに話したら出禁にするってさ。それに、同じようなことがまたあったらあれやから、男性スタッフを一人雇うって」


「それなら安心だね」


 アオイが安堵の声を漏らすと、電話の向こうでミャータが一瞬沈黙した。数秒の静寂が流れた後、彼女の声が再び響いた。


「アオイさんがおってくれてホンマによかったわ」


 その声は柔らかく、どこか女の子らしい高いトーンを帯びていた。アオイは以前のコラボ配信で聞いた浅葱コスモの照れた声を思い出し、胸が小さく跳ねた。


「アオイさんって、意外と頼りになるな」

「だから"意外"は余計だって」


 アオイが苦笑交じりに返すと、ミャータが弾んだ声で続けた。


「よっ! 男前!」


「からかわないでよ。それにミャータくんこそ、意外と女の子らしくて可愛いところあるじゃん」


 軽い気持ちで返した言葉だったが、電話の向こうから反応がない。アオイは一瞬、自分が何かまずいことを言ったのかと焦った。


「あれ? ミャータく――」


 言いかけた瞬間、通話が途切れた。アオイは目を丸くし、慌ててスマートフォンを耳から離して画面を確認する。切れている。急いで掛け直したが、ミャータは出ない。心臓がドクドクと鳴り、変なことを言ってしまったのだろうかと頭を巡らせた。


 数分後、再び電話が鳴った。ミャータからだ。アオイは慌てて通話ボタンを押した。


「ごめん、俺、変なこと言っちゃったか!?」


「ちゃうちゃう! スマホのバッテリー切れちゃっただけや!」


 ミャータの明るい声に、アオイは大きく息を吐いた。


「なっ、なんだ……焦ったよ」


 肩の力が抜け、アオイはソファに背を預けた。ミャータが笑いを含んだ声で続ける。


「じゃあ、ぼくはそろそろ配信始めるからこの辺で。またウララちゃんとコラボしたいって伝えておいてな~」


 その言葉に、アオイはふと思い出した。ウララ用のスマホのことだ。


「あっ、そういえばウララの連絡先、後で送っとくよ! 知ってた方が何かと便利だろうし!」


「お〜、それは助かる〜。ありがとな!」


 たどたどしいミャータの様子が少し気になったが、二人はそのまま通話を終えた。アオイはスマートフォンをテーブルに置き、しばらく天井を見つめた。


 しばらくして、アオイはいつものように配信を始めた。ヘッドセットを装着し、カメラの前で笑顔を浮かべる。ウララとして、視聴者と軽快に会話をしながらゲームを進めた。コメント欄が次々と埋まり、ファンの声に答えつつ、雑談を織り交ぜていく。配信は順調に進み、アオイは心地よい疲れを感じながらマイクを切った。



 ***



 翌朝、目を覚ますとスマートフォンにメッセージが届いていた。西園寺からだ。


『お疲れ〜! 撫子ミアの登録者数が100万人に迫る勢いだよ〜。プロデューサーとして鼻が高い。表見くんもうかうかしてると抜かれちゃうよ〜笑』


 アオイは少し眉を寄せ、画面を見つめた。モモハの勢いは確かに凄まじい。最近、彼女の配信を何度か覗いたことがあるが、元々のアイドル性のある性格や才能が光り、視聴者を引き込む力があった。


『ウララももうすぐ150万人いきます。抜かれないよう頑張ります!』


 送信ボタンを押すと、アオイは小さく息をついた。モモハの勢いにアオイは嬉しさと負けたくない気持ちの半々の気持ちだった。


 その日の夜、アオイはモモハの配信を観ることにした。パソコンを開き、彼女のチャンネルにアクセスする。画面に映る撫子ミアは、明るい声で視聴者と絡みながらゲームを進めていた。コメント欄は熱狂的なファンで溢れ、その勢いに圧倒される。アオイは画面を見つめながら、ふと考える。モモハと新人同士でコラボ配信できたら面白いかもしれない。


 だが、彼女はウララをライバル視している。コラボを提案しても受け入れてくれるか、アオイには自信がなかった。同じ新人同士で切磋琢磨するのはいいことなのかもしれない。それでも、彼女との距離感が、どこか遠く感じられ、アオイは少し寂しさを覚えつつ、配信が見守った。


 配信が終わり、パソコンを閉じようとしたとき、スマートフォンが鳴った。画面にはミカンの名前。


「もしもし、アオイさん!」


 ミカンの元気な声が耳に飛び込んできた。アオイは微笑みながら応じた。


「もしもし、どうしたの?」

「リバースでライブに出てみませんか!?」

「ライブ!?」


 アオイは思わず声を上げた。


「そうです! 最近投稿した動画のコメント欄に、『二人でライブやってほしい』って声がいっぱいきてて」


 アオイはスマートフォンを耳に当てたまま、パソコンを再び開き、二人が投稿した動画のページにアクセスした。確かに、コメント欄には「リバースのライブやってほしい!」「生で聴きたい!」といった声が溢れている。アオイの胸が温かくなり、同時に少しざわついた。


「正直、めっちゃ嬉しいよ。昔と違って、動画の影響もあるし、客も結構来るかもしれない」


 アオイが呟くと、ミカンが勢いよく返した。


「でしょ! やってみませんか?」


 アオイは一瞬言葉に詰まった。嬉しい気持ちは本物だった。だが、今はウララとしての活動が生活の中心で、そこにやりがいを感じていた。配信に集中したい気持ちもある。アオイはスマートフォンを握りしめ、迷いを声に出さずに胸にしまった。


「ちょっと考えさせて」

「わかりました! でも、前向きに考えてくださいね!」


 ミカンの明るい声に励まされ、アオイは小さく笑った。


「うん、ありがとう」


 通話を終え、アオイはスマートフォンをテーブルに置いた。ミカンへの返信をどうしようかと考える。頭の中では、表見アオイとしてライブに出る自分の姿と、Vtuber紅音ウララとして活動する自分の姿が交錯していた。アオイは静かに目を閉じ、自分の心に問いかけた。




お読みいただきありがとうございます。

もし楽しんでいただけましたら「ブクマ」や「いいね」だけでもいただけると励みになります!

また、誤字脱字や気になる点がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。


また『30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。

最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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