第7話『歌詞とお酒とお泊まりと!?』
アオイが息を呑むのを見て、北大路は慌てて手を振った。
「あっ、違う違う! 勘違いしないで、決して表見くんを責めてるわけじゃないの!」
勢いよく否定されたことで、アオイは目を丸くした後、拍子抜けしたように瞬きをした。鋭い指摘に身構えていた分、思わず力が抜けて、肩の力がふっと抜ける。
「ミュージシャンやってたって聞いたけど、作詞は自分でしてたの?」
「は、はい! やってました!」
「大切なのって、歌い手がその歌詞に共感できて、それをどう聴き手に届けるかってことじゃないかしら?」
「確かに……」
北大路の言葉に、アオイは妙に納得させられていた。彼自身、フォークシンガー時代に歌詞を書く際、最も大切にしてきたのはその部分だったからだ。
「私はモモハちゃんが歌うと思ってこの歌詞を書いたから、若者の不満や葛藤がメインなのよ……」
北大路は真剣な目でアオイを見据えた。
「歳の離れた表見くんがこの歌詞に共感するのって、凄く難しいと思うの。表見くんに合う歌詞に作り直していいかしら?」
「ぜひ、よろしくお願いします!」
アオイは北大路の言葉に胸が熱くなる。彼女は満面の笑みを浮かべると、西園寺へ視線を向けた。
「ということだから西園寺くん、レコーディングは歌詞ができてからでいいかしら?」
「もちろんですとも!」
西園寺がにやりと笑う。その表情にアオイは一抹の不安を覚えつつも、北大路に尋ねた。
「そ、それで、俺は何をすればいいんでしょうか?」
「そうねぇ、とりあえずうちに泊まりに来て」
「………はいっ!?」
***
気がつけば、アオイは北大路のマンションにいた。
「お酒とおつまみ用意するから、くつろいでていいからね~」
奥の部屋へ向かう北大路を見送り、アオイは頭を抱える。
――なんでこうなった!?
アオイは、スタジオでの西園寺とのやりとりを思い出す。
***
「北大路先生は、相手を知るために一日密着インタビューするんだよ。それで、その人のことをよく知った上で歌詞を書くんだ」
にやける西園寺はそう言うと、今度は耳打ちをしてきた。
「ちなみにモモちゃんも泊まりに行ったけど、次の日げっそりしてたんだよね。何をされたんだろう?」
***
――あの人、絶対こうなるの分かってたな……!
しばらくすると、北大路が飲み物とおつまみを手に戻ってきた。
「表見くん、お酒いけるんだよね? じゃあ今日は夜通し語り合おっか。ふふっ、優しくするから安心してね」
北大路はグラスを軽く揺らしながら、艶やかな笑みを浮かべた。すでに少しお酒が入っているのか、頬がわずかに上気し、その瞳には妖艶な光が宿っている。
アオイは思わず身を引きそうになった。
――こっ、この人、第一印象と違いすぎないか!?
落ち着いた物腰の知的な作詞家かと思いきや、まさかこんな砕けた雰囲気になるとは……。戸惑うアオイをよそに、北大路は楽しげにグラスを傾ける。
こうして、二人のサシ飲みが幕を開けた。
***
三時間ほどが経ち、アオイはすっかり酔っ払っていた。
「俺だって、本当はフォークシンガーとして認められて……大勢の前でライブして……ヒック!」
「うんうん」
北大路が優しく相槌を打つ。アオイは目元がじんわり熱くなり、缶チューハイを片手に話し続ける。
「でも才能なかったから辞めたんだ……ヒック! けど西園寺さんが拾ってくれて……少しずつ自信が持ててきて……感謝してます!」
自分の声が、どこか遠くで響いているような気がした。笑おうとしたが、力が入らずふらっと体が前に倒れ、手元の缶をひっくり返してしまった。中身がこぼれる音が、なんだか遠くで聞こえる。
「ふふっ、しょうがない子ね」
北大路の声がどこか優しく、アオイの耳にふわりと届く。彼女はアオイが倒した缶をさっと手に取る。その手の動きが、まるで夢の中の出来事のようにぼんやりと映った。
「でも、これで表見くんのことが色々と分かったわ。いい歌詞を書いてあげるからね」
その声が、アオイの意識の中で優しく揺れた。その声は、まるで風のように軽くて、追いかけても掴めそうで掴めなかった。
***
――あれ……ここ、どこだ?
アオイは重たいまぶたをゆっくりと開け、ぼんやりとした頭で周囲を見渡した。見慣れない天井。ふかふかの布団。微かに香る柔らかな匂い――まるでホテルの一室のような落ち着いた雰囲気だった。
しかし、違和感があった。顔に何か、妙に柔らかくて温かいものが当たっている。
――ムニュッ
「ん……むにゅっ?」
寝ぼけた頭で状況を整理しようとしたその瞬間、嫌な予感が走る。恐る恐る目を開けると、自分の顔を押しつぶすように覆っている二つのふくらみが視界に飛び込んできた。
――えっ、これって……!?
「だっ、だあぁぁあぁあああ!!」
アオイは飛び跳ねるように起き上がり、慌てて後ずさった。急な叫び声に、隣で寝ていた北大路が目をこすりながら顔を上げる。
「あら、表見くん。おはよう」
「えっ!? なっ、なんでこんな状況に!?」
混乱したまま布団の端をつかみ、必死に後ずさるアオイ。昨夜の記憶を辿ろうとするが、頭の中は霧がかかったようにぼんやりとしている。
北大路はそんなアオイを見て、ゆっくりと起き上がると、寝ぼけた様子で小さくあくびをした。
「昨日はすごかったわね」
その言葉に、アオイの顔は一瞬で青ざめる。
「す、すみません! いや本当に申し訳ありません! ご迷惑をおかけしたなら!」
ベッドの上で土下座せんばかりに頭を下げるアオイ。すると、北大路はクスクスと笑い出し、やがて堪えきれなくなったのか、大きく吹き出した。
「あははっ、冗談よ冗談! 何もなかったから安心して」
「そ、それなら良かったです……」
げっそりとした顔で胸を撫で下ろすアオイ。しかし、北大路の笑顔にはどこか含みがあるようにも見えた。
「でも、表見くんのことをたくさん知ることができたわ。これでいい歌詞が書けそうよ」
その言葉にアオイは顔を上げ、少し真剣な表情になった。
「正直、昨夜のことはほとんど覚えていないんですが、少しでも役に立てたなら良かったです」
「まじめねぇ、表見くん」
北大路は満足げな表情を浮かべると、伸びをしながら立ち上がる。
「じゃあ私は仕事に取り掛かるから、表見くんはシャワーでも浴びて会社に行く準備しなさい。着てきた服は洗って乾かしといたから。あとアイロンも」
「えっ、何から何まですみません!」
アオイは恐縮しながらバスルームへ向かった。シャワーの温かい水が頭を流れると、昨夜の断片的な記憶が少しずつ蘇ってくる。
――北大路の優しい笑顔
――自分が語った過去の夢
――真剣に耳を傾ける北大路の姿
北大路先生って、なんだかお姉ちゃんみたいだな。そんなことをぼんやりと思いながら、シャワーを浴び終える。リビングに戻ると、北大路が微笑みながら菓子パンを手渡してきた。
「これ持って行きなさい。出勤前に食べてね」
「ほんと、至れり尽くせりですみません…」
アオイは礼を言い、支度を済ませて北大路のマンションを後にした。
エレベーターに乗り込み、ふと着ている服の香りに気づく。
「服からいい匂いがする……って、んん?」
違和感を覚え、北大路の言葉を思い返す。
――『着てきた服は洗って』って……
「ファッ!?」
マンションを出た後、アオイの脳内はしばらくパニック状態だった。
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