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第69話『彼女は魅惑の執事様!?』




 落ち着いた照明が柔らかく空間を包み、執事服に身を包んだスタッフたちが優雅に立ち働いている。ミャータはその中でもひときわ目を引く存在だった。普段の彼女からは想像もつかない、流れるような所作と凛とした佇まいで、女性客たちに接客している。アオイはその姿を感心しながら眺めた。


 ミャータがテキパキと注文を取り、トレイを手に軽やかに移動する姿は、まるで舞台の上の役者のようだ。


「普段のミャータくんと全然違いますね……」


 ミドリの言葉に、アオイは小さく頷いた。


「ですね……」


 彼女がミャータをじっと見つめながら、ふと呟いた。


「美形で中性的な顔だし、女性人気凄そう」


 アオイは店内を見渡した。すると、自分以外に男性客がいないことに気づき、胸の内に微かな気まずさが広がる。テーブルを埋めるのは女性ばかりで、彼女たちの視線がミャータをはじめとするスタッフに注がれているのが分かった。アオイはそっと目を伏せ、椅子の上で少し身を縮めた。


 そこへミャータが近づいてきた。彼女はミドリに向かって優雅に一礼し、執事らしい口調で話し始めた。


「お嬢様、本日はどのようなお飲み物をお持ちいたしましょうか」


 ミドリは一瞬驚いたように目を丸くし、やがて頬を染めて小さく笑った。


「まっ、マスカットティーで!」


「かしこまりました」


「なんか、女の子ってわかってても、少しドキッとしちゃいますね!」


 彼女の声には楽しそうな響きが混じり、アオイはその様子を横目で見ながら、ミドリの無邪気さにほっとした。そして、ミャータの視線がアオイへと移った。


「ご主人様はお飲み物いかがいたしますか」


 彼女のいつもと違う丁寧な言葉に、アオイは思わず背筋を伸ばした。ミャータの涼やかな目がこちらを見つめ、柔らかな微笑みが向けられる。アオイは喉が詰まるような感覚を覚え、頬に熱が上るのを感じた。


「ピッ、ピーチティーで……」


「かしこまりました」


 ――こういうの慣れてないから恥ずかしい……


 するとミャータが一歩近づき、アオイの耳元で囁いた。


「おや、頬が赤いですよ」


 その声は低く、吐息が首筋をかすめる。アオイはビクッと肩を震わせ、目を見開いたまま固まった。顔が一気に熱くなり、心臓が早鐘を打つ。慌ててミドリの方を向くと、彼女の口元が緩み、普段は見せないようなニヤけた表情でこちらを見ている。


「すっ、すいませんつい!」


 ミドリが慌てて弁解すると、アオイは苦笑いを浮かべた。気まずさを振り払うように小さく咳払いし、ミャータに視線を戻す。すると彼女はすでに次の接客へと移っており、アオイはその背中を眺めながら胸を撫で下ろした。


 ほどなくして別のスタッフが紅茶を運んできて、丁寧に説明を始めた。


「ピーチティーは、厳選された桃の果実を乾燥させ、香り高い紅茶葉とブレンドしたものです。甘やかな風味が特徴でございます。マスカットティーは、新鮮なマスカットの果汁を加え、爽やかな後味をお楽しみいただけます」


 トレイに置かれたティーカップは、白磁に金の縁取りが施された上品なものだった。スプーンやソーサーも同様に精緻で、アオイは手に持つたびにその重厚感に驚いた。紅茶を口に含むと、ピーチの甘い香りが鼻腔をくすぐり、ほのかな渋みが舌に残る。ミドリも満足げにカップを傾け、二人で穏やかな時間を過ごした。


 その静けさを破るように、突然、女性の大きな声が店内に響き渡った。アオイは思わずそちらへ目をやった。20代後半と思しき女性客が、ミャータに詰め寄っている。彼女の声は甲高く、店内の空気を切り裂くようだった。


「ミャータ〜、もう何回も来てるんだから、連絡先くらい教えてよ〜」


 ミャータは困ったように眉を寄せ、穏やかに答えた。


「それはできません。お店のルールです」


 だが、女性客は納得せず、声を荒げた。


「週に4回も通ってるし、いっぱいお金も使ったじゃない! 執事ならご主人様の言うこと聞け!」


 彼女がミャータの腕を掴むと、その突然の行動にミャータは後退り、怯えた表情を浮かべた。周囲のスタッフも困惑した様子で立ち尽くしている。


「たっ、大変ですよ!」


 ミドリが慌てた声で呟き、アオイは反射的に立ち上がった。足早にミャータのもとへ向かい、女性客の腕をしっかりと掴む。


「これ以上は警察に通報しますよ」


 女性客が驚いたように振り向き、アオイを睨みつけた。


「なっ、何よあんた! 話しなさいよっ!」


 彼女はアオイの腕を振り解き、舌打ちをすると、さらに声を張り上げた。


「もういいわよ! 二度とこないわこんな店!」


 そう叫ぶと、彼女は手にしていたティーカップをミャータに向かって振りかぶった。アオイは咄嗟にミャータを抱きしめるように庇い、紅茶が彼女にかかるのを防いだ。


「熱っ!」


 熱い液体が服越しに肌を刺し、アオイは小さく声を上げた。ミドリが勢いよく立ち上がり、女性客に詰め寄った。


「いい加減にしてください! 本当に警察呼びますよ!」


 ミドリの迫力に、女性は怯んだように顔を歪め、慌てて店を出て行った。ドアが勢いよく閉まる音が響き、アオイはようやくミャータを離した。


「あっ、アオイさん、ほんまごめんな……大丈夫やった?」


 ミャータが心配そうに声をかける。動揺してるのか、いつもの関西弁に戻っている。アオイは背中の熱さに顔をしかめながらも、なんとか笑顔を絞り出した。


「大丈夫。ミャータくんが謝ることじゃないよ。それより、関西弁に戻ってない?」


 ミャータの顔が一瞬にして赤く染まり、彼女は慌てたように目を伏せた。


「もっ、申し訳ございません。火傷の可能性があるので、念の為こちらで冷やしましょう」


 執事らしい口調に戻り、ミャータはアオイとミドリをカフェのバックルームへと案内した。アオイはその落ち着いた態度に少し安心しながら、彼女の後についていった。


 バックルームに入ると、アオイは用意された椅子に腰を下ろした。ミャータがいつもの調子に戻り、関西弁でまくし立ててくる。


「アオイさん、服めくって背中見せてや!」

「ええっ!? べっ、別に自分でやるよ!」


 アオイが慌てて拒むと、ミャータは目を吊り上げて迫った。


「いいから!」


 その気迫に押され、アオイは渋々ミャータの方に背を向け、服をたくし上げた。背中の皮膚が熱を持っているのが自分でも分かる。


「結構赤くなってますね……」


 ミドリが心配そうに呟き、アオイは肩をすくめた。

ミャータは素早く水で濡らした冷たいタオルを用意し、そっと背中に当ててきた。冷たさが熱を和らげ、アオイは小さく息をついた。


「痛いとこない? 我慢せんで言うてな」


「うん、大丈夫。だいぶ楽になったよ」


 ミャータは黙々と手当てを続け、やがてタオルを外した。アオイは服を下ろし、ミャータの方を振り返った。


「ミャータくん、ありがとう」


「礼を言うのはこっちやで」


 ミャータは少し照れたように目を細め、アオイはその表情を不思議そうに見つめた。すると、彼女は頬を赤くしたまま、ふっと笑顔を見せた。


「アオイさんって、意外と男前やな」


「“意外”は余計だけどね」


 アオイが苦笑すると、ミドリが突然クスクスと笑い出した。彼女の笑い声に釣られ、アオイとミャータも顔を見合わせ、やがて三人で笑い合った。バックルームに響く笑い声は、さっきの騒動を忘れさせるほど軽やかだった。




お読みいただきありがとうございます。

もし楽しんでいただけましたら「ブクマ」や「いいね」だけでもいただけると励みになります!

また、誤字脱字や気になる点がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。


また『30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。

最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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