第63話『男二人酒!?』
ミカンとの動画撮影から一週間が経ったその日、アオイはイベントの結果報告会を終え、西園寺と会社の最寄り駅で待ち合わせていた。先に改札近くのベンチに腰を下ろし、スマホを手にぼんやりと待つ。夕暮れの雑踏がざわめく中、少し遅れて西園寺が軽い足取りで現れた。
「お待たせ〜、やっと終わったよ〜。じゃあ行こっか!」
西園寺が明るく声をかけ、アオイは立ち上がって小さく頷いた。二人は駅前の喧騒を抜け、懐かしい雰囲気の居酒屋へと向かった。
――この居酒屋、懐かしいな
店先に吊るされた赤提灯と、煤けた木製の看板を見上げ、アオイの胸に懐かしさが込み上げた。大学生時代によく通った場所で、仲間と笑い合った記憶が鮮やかに蘇る。店に入ると、焼き鳥の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、彼の腹を鳴らした。
「ここの焼き鳥、特につくねが美味しいんですよ〜」
アオイがそう言うと、西園寺が目を細めて笑った。
「知ってるよ〜。つくねの軟骨の割合が絶妙なんだよね〜」
「来たことありましたか?」
「昔ちょくちょくね〜。懐かしいなぁ〜」
店員に案内され、二人は奥の座敷に腰を下ろした。使い込まれた木のテーブルには細かな傷が刻まれ、アオイの指先がその感触を懐かしくなぞった。
「なんだかんだで、表見くんと二人っきりで食事って初めてだよね〜」
西園寺がビールジョッキを手に持つと、アオイは少し照れ臭そうに答えた。
「そうですね。急にすいません」
「いやいや、むしろ嬉しいよ。今日は帰さないからね〜」
西園寺が冗談っぽくニヤニヤすると、アオイは苦笑いを浮かべた。
「やめてくださいよ」
「あはは、ノリ悪いな〜。でも、どうしたの? 急に『二人で飲み行きませんか』なんてさ」
「イベントの打ち上げとかしてなかったんで……」
「おおー! 気がきくねー!」
西園寺が嬉しそうに目を輝かせ、アオイは肩をすくめた。二人はたわいない話をしながら、焼き鳥をつまみ、ビールを傾けた。つくねのジューシーな味わいと、冷えたビールの爽快感が疲れを癒していく。
「それより、二人で歌ったのをミカンちゃんのチャンネルで上げるんでしょ?」
西園寺が串を手に持ったまま尋ねると、アオイは少し緊張した声で答えた。
「そうです……。事務所的に問題ないですかね?」
「全然おっけー! うちはそういうの寛大よ〜。知ってるでしょ?」
「はい……」
「みんなの可能性を、VTuberをしてることで制限したくないからね。もちろん、表見くんもね」
「はぁ……」
西園寺の言葉に、アオイは不思議そうに首をかしげた。その後も二人は会話を続け、ビールが進むにつれて心地よい酔いが広がった。話題はいつしか紅音ウララのルーツへと移った。
「その女性の声が忘れられなくてね〜。その声からイメージして作ったのが紅音ウララなんだよ」
西園寺が懐かしそうに語ると、アオイは酔った頭でぼんやりと相槌を打った。
「はぇ〜。そんな裏話が……」
「そういえば、その女性に会ったのもこの居酒……」
西園寺が何か呟いたが、アオイは酔いが回りすぎて言葉を聞き取れなかった。視界がぼやけ、頭が重くなり、意識が遠のいていく。
***
アオイが目を覚ますと、柔らかいソファに横になっていた。頭がガンガンする中、目の前に西園寺の顔が現れ、彼は思わず飛び起きた。
「すっ、すいません! 俺、酔っ払っちゃって!」
「おっ、目覚めたかい? 大丈夫だよ。とりあえず水でも飲んでさ」
西園寺がグラスを差し出すと、アオイはそれを受け取り、一気に飲み干した。冷たい水が喉を潤し、ようやく周囲を見回す余裕ができた。そこは見知らぬマンションの一室で、高級感のある革張りのソファと、大きな窓から見える夜景が目を引いた。部屋には洗練された雰囲気が漂い、アオイの普段の生活とはかけ離れた空間に感じられた。
「ここって……」
「僕のマンションだよ〜。言ったでしょ? 今日は帰さないよって……」
西園寺が意味深に笑いながら近づいてくると、アオイは目を丸くした。
「はっ!? えっ、ちょっと!」
焦るアオイの目の前で、西園寺がゲームのコントローラーを手に持って見せてきた。
「できる? 大乱戦クラッシュシスターズ」
「……へ?」
***
二人はソファに座り、大きなテレビ画面の前で対戦ゲームに興じていた。西園寺がコントローラーを握り、軽快に操作する。
「いや〜、懐かしい話してたら、当時やってたゲームがやりたくなってね〜。明日休みだしちょうどいいかなって、よっと!」
カチャカチャとボタンを押す音が響き、アオイは不満げに言いながらもコントローラーを操作した。
「最初から言ってくださいよ……おりゃ」
カチャカチャとボタンを連打しつつぼやくと、西園寺が笑い声を上げた。
「サプライズだよ〜、よいしょー!」
「そんなサプライズいらないですっ、うわっ!」
アオイのキャラクターが吹っ飛び、西園寺が勝利のポーズを取った。
「僕の勝ち〜!」
「西園寺さんってゲーム上手なんですね……。自分でVTuberやったほうがいいんじゃないですか……」
アオイが嫌味っぽく言うと、西園寺は爆笑した後、軽やかに答えた。
「僕は裏方が似合ってるよ〜」
西園寺のいつも通りの軽い口調に、アオイは悔しさが込み上げた。
「もう一戦やりましょう!」
彼が不満げに言い返すと、西園寺が軽い調子で応じた。
「望むところだよ」
二人は夜通しゲームに没頭し、笑い声とボタンの音が部屋に響き続けた。
***
アオイが次に目を覚ました時、頭がまだ少し重かった。ソファに寝転がったまま、ぼんやりと天井を見つめる。どうやら朝までゲームをやってそのまま寝落ちしたらしい。時計を見ると、すでに午後1時を回っていた。隣を見ると、西園寺が床に転がり、膝を曲げた奇妙な姿勢でイビキをかいている。その様子に、アオイは思わず笑いそうになった。
すると、ふと頭に浮かんだのは今日の予定だった。
――そういえば、今日はミカンちゃんのライブだ!
慌てて起き上がり、西園寺の肩を揺すった。
「西園寺さん、起きてください!」
「うーん……んぁ?」
西園寺が寝ぼけた声で目をこすりながら起き上がった。
「すいません、俺、今日ミカンちゃんのライブに誘われてて……今から行かないと間に合わないんです!」
「あはは、なら急いで行きなよ。片付けとかはいいからさ」
西園寺が眠そうに笑うと、アオイは感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「ありがとうございます! 行ってきます!」
アオイは急いで靴を履き、西園寺のマンションを飛び出した。外に出ると、柔らかな陽光が眩しく、慌ててスマホのマップを開きながら駅までの道のりを調べた。足早に歩きながら、昨夜のことを思い出す。西園寺とのたわいない会話、ゲームでの熱戦、そして笑い声。
――いい時間だったな……
アオイは電車に揺られながら、一人で小さく笑った。
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また『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




