第62話『二人は裏表!?』
翌朝、アオイはベッドの中でスマホを手に取った。まだ眠気が抜けきらない目をこすりながら、SNSを何気なく開く。すると、タイムラインに飛び込んできた動画に思わず息を呑んだ。そこには、昨日の路上ライブでミカンと並んで歌う自分の姿が映し出されていた。タイトルは『三浦ミカン&謎の男性が駅前で熱唱!』と大仰に書かれ、再生回数はすでに万単位に達している。アオイは慌てて飛び起き、コメント欄をスクロールした。
「うわっ、いつのまにこんなことに!?」
驚きと困惑が混じった声が部屋に響き渡る。リプライには「ミカンちゃんの声に鳥肌が立った!」「隣の男の人も上手い!」「これって琥珀リリカの中の人だよね?」と、感動や興奮の声が溢れていた。しかし、中には「リリカちゃんの隣で歌うとか調子乗ってんな」と辛辣な一言もちらほら。アオイは眉を寄せつつも、大半が好意的な反応に少し安堵した。
その時、スマホが震え、ミカンからの着信が表示された。アオイは急いで通話ボタンを押した。
「もしもし、ミカンちゃん?」
「表見さん……」
ミカンの声は沈んでいた。
「どうしたの?」
「昨日の路上ライブ、誰かが録画してSNSに上げたみたいで……場所もバレちゃったし、もうできないかも……」
「俺もさっき見たよ。有名になったってことだし、路上ライブは控えたほうがいいかもね。それに、俺に文句言ってる人がいてびっくりしたよ。」
「えっ、表見さんに文句!?」
ミカンが驚いたような声を上げると、アオイは苦笑いを浮かべた。
「『リリカの隣で歌うなんて調子乗ってる』とか。でもそんなの少数で、大半は好意的なコメントが書いてあったよ」
「なんかご迷惑おかけしちゃいましたね……」
ミカンの声がしょんぼりと落ち、アオイは慌ててフォローした。
「迷惑なんて全然だよ。それに、路上ライブができなくても、別の形で歌えばいいんじゃない?」
「そうですね……あっ、そうだ!」
ミカンの声が急に明るくなり、アオイは少し身構えた。
「表見さん、わたしのチャンネルで一緒に歌って撮りませんか?」
「琥珀リリカのチャンネルで?」
アオイが聞き返すと、ミカンが楽しそうに続けた。
「違います! わたし、個人でやってるチャンネルがあるんですよ! フェスと琥珀リリカがバレた影響で、元々600人しかいなかったのが、今15万人まで増えてて……」
「15万人!?」
アオイが驚愕の声を上げると、ミカンが勢いよく畳み掛けてきた。
「だから、一緒に歌ってみた動画撮りましょう!」
「いや、俺は……」
乗り気でない気持ちを正直に漏らすと、ミカンが強引に押し切ってきた。
「えーっ! せっかく表見さんの素晴らしさがバレ始めたんですから、この際一緒に撮りましょう! それに、動画内でマネージャーとして紹介すれば、変なこと言われることもなくなるんじゃないですかね」
「うっ……確かに」
彼女の勢いと妙に納得感のある理屈に押され、アオイは渋々頷いた。完全に押し切られた。
その日の午後、アオイは西園寺に許可をもらい、ミカンと一緒に事務所で撮影することになった。西園寺は「面白くなりそうだね」と笑いながら快諾してくれた。
***
アオイは駅でミカンと待ち合わせし、二人で事務所へと向かった。道すがら、ミカンはギターケースを肩にかけ、どこか楽しげに鼻歌を口ずさんでいる。アオイは彼女の横を歩きながら、その軽やかな様子に少しだけ安心した。
事務所に着くと、二人は軽く喉の調子を整えた。
「調子良さそうだね」
アオイがそう言うと、ミカンは笑顔でこちらに振り返った。
「表見さんこそ!」
彼女の言葉に笑顔で頷くと、カメラをセッティングし、二人はその前に立った。そして選んだ曲は、昨日二人で歌った風間ソウタの『小さな約束』。
「じゃあ、始めますよ」
ミカンがギターのイントロを弾き始め、アオイはそのメロディーに乗せて歌い出した。少し掠れた彼の声が、静かな部屋に柔らかく響き渡る。ミカンがその後を継ぎ、芯のある優しい歌声が重なった。二人の声が絡み合い、穏やかなハーモニーを紡ぎ出す。アオイは目を閉じ、懐かしい旋律に身を委ねた。ミカンの声が耳に届くたび、胸の奥で何かがざわつく。理由はわからない。ただ、彼女がこの曲を歌う姿に、切なさと温かさが混じった不思議な感情が湧き上がる。
そして曲が終わり、二人は顔を見合わせた。ミカンが小さく微笑み、アオイも自然と笑みがこぼれた。
「いい感じに撮れましたね!」
「うん、この曲とミカンちゃんの声、よく合ってるよ」
彼女が照れたように目を伏せると、小さく呟いた。
「じゃあこれ、家で編集してから上げますね」
「うーん……今更だけど、紅音ウララじゃなくて、表見アオイとして歌ったのがネットに上がるのって、なんか緊張するなぁ」
アオイが正直な気持ちを漏らすと、ミカンが目を輝かせて言った。
「大丈夫ですよ! 表見さんの歌は本当に最高なんです! わたしが保証します!」
「あはは……ありがとう」
ミカンの熱い言葉に、アオイは苦笑いを浮かべた。彼女がなぜそこまで自分の歌を高く評価してくれるのか、未だに不思議でならなかった。確かに歌うのは好きだし、昔から仲間内で多少褒められることはあった。でも、ミカンのその確信に満ちた口調には、フォークシンガー時代からずっと引っかかっていた。
「それより、せっかくならユニット名でもつけましょうよ!」
ミカンが急に提案し、アオイは疑いの目を向けた。
「それが狙いか〜?」
半分冗談めかして睨むと、ミカンが口を尖らせて反論した。
「ちっ、違いますよー! せっかくならって思っただけですー!」
その拗ねた表情に、アオイは思わずクスッと笑った。
「うーん、じゃあ……三浦と表見で裏表だから『リバース』なんてどう?」
「……なんか安直じゃないですか?」
ミカンがニヤニヤしながら言うと、アオイは即座にツッコんだ。
「そういうミカンちゃんは何か案はあるのかよー!」
「ぎくっ!」
ミカンがわざとらしく肩を跳ねさせ、大げさに驚いた仕草を見せた。
「ないんかーい!」
アオイがさらにツッコむと、ミカンが敬礼するように手を上げた。
「りっ、リバースいいと思います!」
「調子いいんだから……」
アオイは呆れたように呟きつつ、彼女のその軽快なノリに引き込まれるように笑った。二人は顔を見合わせ、どちらともなく声を上げて笑い合った。事務所の小さな部屋に、二人の笑い声が響き合い、心地よい時間が流れた。
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