第60話『イベント後編!?』
イベント参加VTuber一覧
⚪︎紫波ユリス(九能シオン)
⚫︎翠月アリア(二茅ミドリ)
⚪︎山吹セツナ(五宝コガネ)
⚫︎浅葱コスモ(六合ミャータ)
⚪︎銀城ユイラ(四宮ナマリ)
⚫︎撫子ミア(一条モモハ)
⚪︎榛摺キノミ(八橋カレハ)
シオンが準備のために姿を消した後、アオイは控え室で立ち尽くしていた。心臓が胸を突き破りそうなほど鼓動し、頭の中はぐるぐると混乱の渦に飲み込まれていた。
だが、迷っている時間はない。『Heart of Resolve』の優雅な旋律が終わりを迎え、ミドリ、モモハ、ミャータが汗を拭いながら戻ってくる。彼女たちの息づかいが空気に混じり、アオイの耳に届いた。ミドリが彼の動揺した表情を捉え、西園寺に視線を投げかけた。
「どうしたんですか?」
西園寺が軽い調子で、しかし簡潔に事情を説明した。
「カレハちゃんの代わりに、表見くんにダンスだけでもお願いしようと思ってね」
ミドリが心配そうにアオイを見つめる。その視線に温かさと不安が混じっていた。すると、モモハが明るい声で割って入った。
「表見さんはこの前のグループ対抗戦でも、私のこと助けてくれました。表見さんならできると思います!」
「ぼくもそう思うで。マネージャーなのに、自分のことみたいに熱意持ってるしな」
ミャータがニヤリと笑みを浮かべ、からかうような口調で付け加えた。ミドリが再びアオイに目を向け、今度は真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「わたしも……表見さんならって思います!」
「ミドリさん……」
その一言が、アオイの心に静かな波紋を広げた。仲間たちの信頼が熱い糸となって胸に絡みつき、迷いを焼き払っていく。彼は意を決し、西園寺に向き直った。
「俺……やってみます!」
西園寺の目が見開かれ、次の瞬間、満面の笑みが弾けた。
「そうこなくっちゃ! じゃあ急いで準備するから、こっち来て!」
アオイは西園寺に引っ張られるように動き出し、スタッフの手を借りてモーションキャプチャースーツに着替えた。緊張から指先が微かに震え、冷や汗が背中を伝った。準備を終えた彼は、シオンが待つ待機スペースへ急いだ。足音がコンクリートの床に反響し、彼の焦りを増幅させる。
「お兄ちゃんなら来てくれるって思ってたわ」
シオンが柔らかな笑みを浮かべて出迎えた。アオイは力なく苦笑いを返す。
「いやー、脚が震えるよ……」
本当に脚がガクガクしているのを自覚しつつ、彼は笑顔でごまかそうとした。だが、シオンが静かに言葉を重ねる。
「お兄ちゃん、手出して」
「えっ?」
一瞬戸惑ったが、反射的に右手を差し出した。シオンがその手を両手で包み込む。温かい感触が伝わり、アオイはドキッとして半歩後ずさった。そして――
「がんばれ! お兄ちゃん!」
彼女のその真っ直ぐな声に、アオイの動きが一瞬止まった。
脳裏に、『Music Is My Weapon』の収録時の記憶が浮かぶ。あの時、シャウトの練習に苦戦する彼女を励ましたのは自分だった。今は立場が逆転している。アオイは小さく微笑んだ。
「あの時とは逆ですね」
シオンも微笑みを返し、二人の間に穏やかな空気が漂った。
その時、『クラッシュ・キャンディー』のエネルギッシュなビートが終わり、コガネとナマリが息を切らしてこちらに近づいてきた。
「なんで師匠がいるのー?」
「あはは、カレハさんの代わりに踊ることになってさ……」
アオイが苦笑いを浮かべると、コガネは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに弾けるような笑顔を見せた。
「ウチの師匠ならできるよー! 頑張れ師匠!」
コガネが跳ねるように言うと、ナマリが少し緊張した声で続けた。
「アッ、アオにいファイト!」
アオイは二人に頷き、シオンと共にバックステージの中央へと進んだ。足を踏み出すたび、緊張が全身を締め付けた。
◆◆◆
スクリーン越しに、4000人の視線を感じる。アオイの心臓は喉から飛び出しそうになり、耳鳴りが現実を遠ざけた。だが、『Music Is My Weapon』のイントロが流れ出すと、彼は深呼吸し、覚悟を決めた。
そしてシオンの隣でステップを踏み始める。激しいビートに合わせ、腕を鋭く振り、足を細かく動かした。隣のシオンの動きは水のように滑らかで、その美しさに一瞬息を呑む。スピーカーから響くカレハの歌声が会場を包み、観客の熱気が空気を震わせた。アオイは彼女の声を背中に感じながら、全身でリズムを刻んだ。
――みんなが信じてくれてるんだから、やり遂げるしかない!
汗が額を伝い、息が乱れる。シオンと視線が交わり、彼女が小さく頷いた。その瞬間、二人の動きが完璧にシンクロする。観客席から歓声が沸き上がり、アオイの胸に熱い波が押し寄せた。曲がクライマックスに差し掛かり、カレハの歌声がより一層と力強く響く。アオイは最後の力を振り絞り、シオンと共にポーズを決めた。
曲が終わり、会場が一瞬静寂に包まれる。そして次の瞬間、4000人の大歓声と拍手が雪崩のように降り注いだ。
――終わった……
アオイの目が熱くなり、胸が震えた。観客の熱狂が身体を貫き、達成感と感動が混ざり合って涙腺を刺激する。彼はシオンと並んで舞台を後にした。
◆◆◆
舞台袖に戻った瞬間、西園寺が勢いよく飛びついてきた。
「お疲れ様ー! 最高だったよ!」
「うわっ!」
その勢いに押され、アオイは膝から崩れ落ちた。全身の力が抜け、膝が笑う。
「めっちゃ緊張しました……」
ミドリが静かに近づき、冷たいペットボトルを差し出した。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
アオイが受け取り、一口飲むと、冷たさが喉を潤し、熱くなった身体を落ち着かせた。コガネが弾んだ声で叫ぶ。
「やっぱりウチの師匠は最高だー!」
彼女の隣にいるナマリも、繰り返し頷いていた。
「たいしたもんやで、ほんま」
ミャータが肩を叩き、モモハが目を輝かせて言った。
「さすが私のライバルのマネージャーです!」
「あはは……」
アオイは苦笑いで応え、シオンに視線を移した。
「シオンさん、ありがとね」
シオンが軽く微笑み、小さく頷く。その時、スタッフに肩を借りたカレハが現れた。
「表見さん、本当にありがとうございます……」
目に涙を浮かべる彼女に、アオイは慌てて手を振った。
「気にしないでください。 それより、足首大丈夫ですか?」
「なんとか……しばらくは安静にします……」
「そうしてくださいね」
アオイが笑顔で返すと、カレハが頬を赤らめて呟いた。
「はい……」
こうしてイベントは無事に終わりを迎えた。アオイは疲れ果てていたが、深い満足感が心を満たしていた。
***
翌朝、電話の着信音がアオイを眠りから引きずり出した。画面にはミカンの名前。寝ぼけ眼で電話を取ると、彼女の震えた声が耳に飛び込んできた。
「表見さん……どうしよ……」
「えっ!? どうしたの!?」
一気に目が覚め、アオイはベッドから跳ね起きた。ミカンの声が続く。
「わたしが琥珀リリカだって、ばれちゃいました……」
「ええ!?」
「昨日のフェスが原因で……」
ミカンが事情を説明し始めた。昨日の野外フェスで彼女が歌った際、観客がその様子を撮影し、SNSで拡散。琥珀リリカの声と酷似していると話題になり、一夜にして正体が暴かれたのだ。アオイは通話しながらスマホを手に取り、SNSを覗いた。『人気VTuber琥珀リリカの中の人は三浦ミカン』という投稿が溢れ、比較動画までアップされている。
「うわぁ……」
「どうしよう……」
ミカンの声が小さく震え、アオイは急いで言葉をかけた。
「でも、西園寺さんも言ってたけど、中の人を公表しても構わないって!」
「そうですけど、わたしは自分の力で頑張りたかったんです……」
その言葉に、アオイは一瞬言葉を失った。彼女のプライドが胸に刺さる。だが、すぐに気持ちを切り替えた。
「とっ、とりあえず西園寺さんに連絡するから、今から事務所に来れる!?」
「わかりました……ありがとうございます」
ミカンとの通話を終え、アオイは西園寺に電話をかけた。数コール後、西園寺の声が響く。
「もしもしー?」
「西園寺さん、緊急です! ミカンが琥珀リリカだってSNSでバレちゃって、今めっちゃ焦ってます!」
「あー、もう知ってるよ。朝から話題になってるからね」
西園寺の落ち着いた声に、アオイは少し安堵した。
「とりあえず今からミカンに事務所に来てもらおうと思うんですけど」
「おっけー! 僕も今から行くよー」
電話を切り、アオイはベッドから飛び降りた。急いで服を着替え、顔を洗いながら頭の中で状況を整理するが、中々まとまらない。そして迷いを抱えたまま彼は家を出た。
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また『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




